8話 あのイカ危ないもんね
「私はサユ、勇者です!」
サユは老人に言った。
「勇者? 海賊ではないと言うのか?」
「はい! 勇者です」
「失礼、ご老人。私はシーダイ。商売を営んでいる者だが……」
「なにぃ! 商人か!」
「ええ、実は私の商船……」
「儂の大事なグランタートルを狩ろうというのだな! まだ子供だというのに! このド悪党め!」
老人は銛を振り上げる。
「落ち着いてください! 違いますから!」
「儂をなめるな! グランタートルの甲羅が船の材料になることくらい良く知っとるわ!」
「ですから! 私たちはここに漂着しただけで、グランタートルは関係ありませんから」
「なにぃ!? 漂着しただと!?」
「ええ、私の船をイカに沈められてしまいまして……」
「……まさか、最近住み着いたあのでかいイカのことではないだろうな?」
「知っているのですか、ならば話は早い。今日はここで休みますが、明日になれば出て行きますよ」
「……ふん、まあいいだろう。だが、嘘だった場合は容赦はせん!」
老人は海にぽつんと建っている小屋へと向かう。
海に浮かんでいたグランタートルの子供は砂浜に上がり、老人の後について行った。
太陽が海に沈み、辺りが暗くなる。シーダイ達は火を起こし休憩していた。
「シーダイさん達はこれからどうするんですか?」
マホがシーダイに尋ねる。
「日が昇れば目的地の街まで行く事にする。商品は海の底に消えてしまったがな……」
「そうですか……」
「おまえ達はどうする? 目的の山越えはできたぞ?」
「私たちも一緒について行きます。次の街で情報を集めますので」
「では街までは一緒だな」
「はい、お願いします」
「気分はどう? ミツコちゃん」
マホとシーダイから離れた火の近くでサユとモカネの二人は座りながらミツコを見ていた。
「ああ、もう大丈夫だ」
「いやあミツコちゃんが船に弱かったなんて知らなかったよ」
「私だって船に乗ったのは初めてだったからな……、もう勘弁だ」
「そうだねぇ、これからは船で旅する事になるね」
「そうだな、……ってんなわけあるか!」
「楽しいから! 絶対楽しいから!」
「それお前だけだろ! 一人で乗れ!」
「……ふふ」
モカネが伏し目がちに笑う。
「ん?」
「モカネ、どうしたの?」
「……二人はこれからどうするの?」
「そりゃあ旅を続けるに決まってんだろ」
「ミツコちゃんの言うとおりだね」
「このまま僕と一緒にいれない?」
「はあ?」
ミツコはモカネを見る。
「僕がパパに頼めばみんなの仕事や家をつくってくれるし、旅なんてしなくていいんだよ」
「……あほらし」
「え?」
ミツコが答える。
「お前とは一緒にいない、私は旅をする。それだけだ」
「……サユは?」
モカネがサユに聞く。
「私も旅をするよ。それでもっと色んな人や色んな場所、色んな事に出会うんだよ」
「そっか……」
「……それでまたモカネに会いに来るよ」
「え?」
「成長したモカネに成長した私を見せるんだよ。きっと楽しいよ」
「えっと……?」
「……その時には私も一緒にモカネの様子を見に行くか」
ミツコはしゃべりながら立ち上がる。
「……ミツコも会いに来てくれるの?」
「私の旅に一区切りついたらな……。まあその時にはお前は覚えてないだろうけどな」
「そんな事無いよ! 僕が忘れるわけ無いじゃないか!」
「……そうか」
ミツコは歩き出す。
「ミツコちゃん? どこ行くの?」
「ちょっと風に当たってくるだけだ」
そう言ってミツコは人気のない海岸の方へ歩いて行った。
「……サユは忘れないよね? 僕の事」
「うん、忘れないよ。ミツコちゃんも絶対に忘れないよ」
「うん」
「ただ、今度会う時は盗賊に捕まってる時じゃないといいね」
「そんな事、そうそう起きないよ」
「……そうだね」
「……ん?」
海岸を歩くミツコ。その先には老人を乗せていた大きな亀の姿があった。
その亀は海の方へ頭を向け、涙を流していた。
「お、おい。まさか、泣いているのか?」
ミツコは小舟のような大きさの亀に近づく。亀は涙を流しながらミツコの方へ頭を向けた。
「お前、なんで泣いているんだよ?」
ミツコは亀の鼻先をさする。
「あれか? あの頑固そうなじじいが怒ったか?」
「儂がこいつにそんな事するものか」
小屋の外で立っていた老人がミツコ達の方へと近づく。
「海水を飲んで、取りすぎた塩分を体の外に出しているに過ぎない。ウミガメの生理現象じゃ」
「へぇ、そうなのか」
「ただ……」
「ただ?」
「いや、何でもない」
「……そうか」
ミツコに鼻先をなでられていた亀は頭を海の方へと戻す。
「……なあ、こいつって子供なんだよな? 大人はもっとでかいんだろ?」
「ふん! だったらどうした?」
「親はどうしたんだ?」
「……貴様は何も知らん奴だな。親のいない卵から孵るのじゃ、親と一緒にいるわけもなかろう」
「え? そうなのか?」
「……だが、そいつにはつい先日まで兄弟がいた。たくさんの兄弟がな」
老人はカメと同じように海の方を向いて砂の上に座り込む。
「その兄弟も、もういない。全てはあのイカの仕業じゃ」
「……何があったんだ?」
「さあな、分かるのはこの辺りの海にたくさんいたグランタートルが、突然現れたあのイカによって死んでしまった。それだけじゃ……」
「そうだったのか」
「そいつは儂がなんとか守った唯一の生き残り。それ以来、夜になっては海の方を向きながら涙を流しておるよ」
ミツコは亀の方へ視線を向ける。
亀は変わらず海に頭を向けながら涙を流していた。
「儂に力があればあのイカを倒す事が出来るんじゃがな……」
海岸の向かいに面する森から太陽が昇り、周りを照らす。
「皆さんー、朝ですよー! 起きてくださいー!」
テンションの高いプルエが布の布団で寝ていたサユ達に声をかける。
「……プルエさん、おはようございます」
「では皆さん、シーダイさん達と一緒に次の街へ向かいましょう!」
「……ちょっと待て」
はりきるプルエにミツコが声を掛けた。
「どうしたの? ミツコちゃん?」
サユとマホがミツコに顔を向ける。
「次の街へ行く前にあのイカを倒すぞ」
「……どうしてでしょうか?」
「あのイカを倒せば船が襲われる事は無くなるだろ?」
「でもミツコちゃん、もう船に乗りたくないんでしょ?」
「そうですよー、それに次の街に行ってからでもいいじゃないですかー」
プルエがミツコに喋る。
「うるせえ! 私はな! でかい顔してうろつく奴は嫌いなんだよ!」
「出たー! ミツコ番長の同族嫌悪!」
「誰と誰が同族だって? 言ってみろ? あ?」
ミツコはサユの両こめかみをグリグリと拳を押しつける。
「あー、痛い痛い! ギブギブ!」
「ったく、人が真面目な話をしているときに……」
ミツコはサユの頭から拳を離す。
「おー、痛かった……。まぁでも私はミツコちゃんの言うとおりでもいいよ。あのイカ危ないもんね!」
「シーダイさん達が襲われなくなりますから、私もありだとは思いますが……。そのイカはどこにいるのでしょうか?」
「そうですよー、居場所を知る為にも次の街へ行きましょうよー」
「居場所ならあの小屋のじじいが知ってるんじゃないのか」
「何で?」
サユがミツコに聞く。
「……何となくだ」
「へえ、何となくかぁ……」
「うるせえ! 目と鼻の先にあるんだからとりあえず聞いたって時間かからねえだろ!」
「まあ、ね」
「おまえ達、準備はできたのか?」
シーダイがマホ達に声を掛ける。
「私たちはこのままここに残ります」
「何故だ?」
「あのイカを退治してから次の街に行くんですよ!」
サユが答えた。
「あのイカを……?」
「ええ、だからさっきに次の街に行ってください」
「……そうか、わかった。では私たちは出発させてもらおう」
「ちょ、ちょっと待って!」
モカネがサユ達の前に飛び出す。
「あのイカと戦うなんて無茶だよ! 下手したら死んじゃうよ!」
「ああ、大丈夫だ。元々、危ない旅してるし、負けても棺桶だろうからな」
ミツコがそう答えた。
「意味分かんないよ!」
「私たちは死なないよ! 成長したモカネが見たいからね!」
サユが答える。
「そんなので死なないなんて言えるわけ無いだろ! 盗賊の時だって危なかったじゃないか!」
「でも大丈夫だったでしょ? だから今度も大丈夫!」
サユはモカネに親指を上げた拳を突き出す。
「でも……!」
「モカネ、彼女たちを困らせる事を言うんじゃない」
シーダイがモカネに話す。
「……分かったよ。でも次の街に来たら会いに来てよ! 絶対だからね!」
「うん、分かった!」
サユ達は海岸を出発したモカネ達を見送る。
「……じゃあ、あの小屋に行ってみようか」
「ああ、そうだな」
ミツコ達は老人の住む小屋へと向かい、コンコンとドアをノックする。
「おーい! 頑固じじい起きてるか!」
「だれが頑固じじいじゃ! この小娘どもが!」
中から老人がドアを思いっきり開けた。
「お、いたな」
「うるさくしおって。一体、何のようじゃ? 朝になったら出てくんじゃろが?」
「私たちあのイカを倒すんです!」
「なにぃ!? あのイカを倒すじゃと!?」
「はい! 勇者ですから!」
「ふん! 儂ですら倒せないイカを貴様等が倒せるものか……」
「そんな事はありませんよ」
マホが喋る。
「あのイカの弱点を知ってますし、一度追い返してますから」
「な、なにいぃぃ!? 弱点!?」
「えぇ、あのイカは火が弱点なんです」
「……そうか、火か。ならば儂が決着をつける! 貴様等はとっととどこかに行け!」
「いえ、私たちも手伝います!」
サユが話す。
「なめるな! 貴様等の手を借りるほど衰えてはおらん!」
「……何で一人でやるんだよ?」
ミツコが聞く。
「……ふん、貴様等には儂の事など関係ないであろう?」
「でも一人で行くのは危ないですよ?」
マホが首を傾げる。
「危なかろうと儂一人で充分!」
「あの亀は?」
「む?」
ミツコが老人に言う。
「万が一じじいがいなくなったら、あの亀は一人になるだろ?」
「それは……」
「私たちが行く、って言ってんだから私たちが行くんだよ。じじいなんかに任せられるか」
「……いいじゃろ。だが! 必ずあのイカを倒してくるんじゃ!」
「当たり前だろ! 言われるまでもねーよ!」
「あの、それで?」
マホが尋ねる。
「そのイカの居場所は分かるのでしょうか?」
海岸から西へ行った所にある大きな洞窟。
サユ達はそこに来ていた。
「昔あった海賊の隠れ家を住処にしてる、かぁ……。海賊に変わって船を襲うは巨大なイカ! 今、その系譜を勇者が終わらせる時!」
サユは緑の曲がった剣を振り上げる。
「ほんとに皆さん行くんですかー?」
プルエが三人に尋ねる。
「今更だな、行くに決まってんだろ」
ミツコがそう答えた。
「そうしましたら、私は戦えないのでここで待ってますねー?」
「好きにしろよ……」
「では皆さんさようならー」
そう言ってプルエは空高く飛び上がっていった。
「……やれやれ、それじゃあ行くか?」
「はい、行きましょう」
「勇者サユと呪文使いマホ、その他エキストラ。突入だー!」
「誰がエキストラだー!」
ミツコは拳を振り上げる。サユが洞窟の中へと逃げていき、ミツコは追いかける。
「ヒー!」