5話 あ、買います。笛
サユ、ミツコ、マホ、プルエ、その後をついてくるモカネ。五人は森を抜け、港街の入り口へとたどり着く。
「旅の方、ちょっとよろしいですか?」
港街の入り口にいた兵士がサユ達を呼び止めた。
「何ですか?」サユが答える。
「このあたりで子供を見かけませんでしたか?」
「子供? あれか?」
ミツコは後ろにいるモカネを指差す。
「おお! あれこそまさにモカネ様!」
ほどなくしてモカネの周りに人が集まる。
その人だかりの中でひときわ目立つ装飾品を身につけている太った男性がモカネに叫ぶ。
「モカネ! 勝手に外を出歩くんじゃない!」
「……ごめん、パパ」
頭を下げるモカネ。サユはモカネの前に立って太った男に向き合う。
「ちょっと待ってください、モカネちゃんは盗賊に捕まっていたんですよ」
「……あなたは?」
「私はサユです。あ、勇者です!」
「私はシーダイ、恥ずかしながらこのモカネの父をやっております」
シーダイはうつむいているモカネをみやるとサユに頭を下げた。
「どうやらモカネが迷惑をかけてしまったようだ」
「あ、いえ、そんなことは……」
「これは少ないですが、お納めください」
シーダイはサユに金貨が9999枚になるまで渡す。
サユは大きな金貨袋を両手で抱える。
「さあ! 行くぞモカネ! そもそもおまえが外に出なければ盗賊に……」
シーダイはモカネの腕を引っ張りながら港街の中へと入っていき、人だかりが消えていく。
港街に戻ろうとする港街の兵士がサユに言った。
「旅の方、クノサタ街へようこそ」
「金も貰ったし、これであいつのイベントは終わりか」ミツコが袋を抱えるサユに喋る。
「うーん、ちょっと心配だな」
「何言ってるんだ、街の中なら安全だろ?」
「そうじゃなくて……」
「私たちはゲームクリアの旅をしているんだ。あいつらの事なんてどうしようもないだろ」
「うん……」
「それより新しい街なんだから色々見ようぜ? 金も入ったしな」
「そうだね」
サユ達は港街の中へと入っていった。
「そういえばその袋、重くないんですか?」
サユの抱えている金貨袋を見ながらマホは言った。
「ん? 軽いよ?」
サユは金貨袋を上下に揺さぶる。
「あ、私がお預かりしますよー」
プルエが両手を突き出す。
「じゃあ、お願いします」
「はい、お任せをー」
港街の市場を歩く四人、ミツコは一冊の本を手に取って、店の人に代金を渡す。
「見ろ、サユ。呪文書だ」
「呪文書?」
「これでマホが新しい魔法を覚えるぞ」
そう言ってミツコは呪文書をマホに渡した。
「そうなんだ! どんな呪文を覚えるの?」
「それは開けてみてのお楽しみですね」
マホが呪文書を開くと、文字が浮かび上がってきた。
雷の呪文、シビデリミナリカバルデン
風の呪文、ゴウマキビュウタゼフカツクゴ
浮かび上がった文字は消えていき、マホの手にあった呪文書も消える。
「これで二つの呪文を覚えました」
「おめでとうございますー」プルエがパチパチと拍手する。
「え? これだけで終わり?」
「ええ、そうなんですよ。シビデリミナリカバルデン」
呪文を唱えたマホの杖から電気が走る。
「へえ、簡単だね」
「いや、そうでもないぞ。一発で呪文覚えなくちゃいけないからな」
「あー! ミツコちゃんには絶対無理だね!」
「おまえもな!」
「ええ、お二人には絶対に、無理でしょうね」
マホはニッコリ微笑む。
「……うん」
「……おう」
「ヘイ! Yo! 遊び人You!」
市場を歩いていたミツコ達に、全身をマントで身を包み顔にはサングラスをかけた男性が話しかける。
「わ、私か?」
「そうだYou! 遊び人ならこいつを見ていきなYo!」
男性はマントの内側から両手と一枚の布を出す。そして男性は布を右手を覆うようにかけた。
「スリー! ツー! ワン! O!」
男性が右手の布を外すとそこには縦笛があった。
「笛、がどうかしたのか?」
「Yo! 買っちゃいなYo!」
「……買ってどうするんだ?」
「もちろん吹くんだYo!」
「私、音楽なんかやったこと無いぞ?」
「No! 遊び人ならできるYo!」
「……私の呪文もそうですが、ミツコちゃんがやったこと無いはずのナイフ投げができますからね」
「買ってったら? お金まだまだたくさんあるし、ね? プルエさん」
「そうですねー、節約してもいいとは思いますがー」
ドサッと言う音と共に大きな金貨袋がプルエの前に現れる。
「……買っていくか」
「金貨2000枚になります」
「高いなおい!」
「何言ってるんですか、笛ですよ? ここでしか手には入らないんですよ?」
「……普通に喋れるんなら初めからそうしろよ」
「初めからちゃんと喋ってRu!。自分は笛を売り込んでRu!。さあYou! 買うか、買わないか、き、め、Ru!」
「だから普通に喋れや!」
「今、大事は、ふ、え、Da! これが、最後だ、笛を買いませんか?」
「あ、買います。笛」サユは男性に金貨2000枚を払う。
「Yo! ありがとYo! 笛が増えて技が増え! 風の日、吹く時、笛多い! どんな日でも笛を吹け」
「……意味分からん」
ミツコは男性から縦笛を受け取った。
「この笛に所持金の5分の1持って行かれたな……」
ミツコは縦笛からピーという音を出す。
「いいじゃん、まだ8000枚くらいあるんだから」
「それにしてもゲームというかファンタジーから離れたキャラでしたね」
「それな、正直怪しすぎるよな」
「そうですかー? 私としては遊び人の相手にぴったりだと思いますよー」
「遊び人はともかくミツコちゃんにはお似合いかもね」
「ほう? それはどういう意味だ?」
ミツコがサユにじりじりと歩み寄る。
「いやぁ、頭の出来が違うミツコ先生ならお分かりになるかと、フフフ……」
サユは薄笑いしながらミツコから距離を保つ。
二人を尻目にプルエがある店を指さしてマホに話す。
「あー! ここの料理屋、おいしいんですよー!」
「へえ、そうなんですか?」
「ヘイ、お待ち」
カウンター席にすわるサユ達四人の前に黄色く泡立つ液体の入ったグラスが置かれる。
「「んぐ、んぐ、……プハァ」」四人はそれを一気飲みする。
「なかなかいい飲みっぷりじゃねえか」
「もう一杯オレンジソーダをくれ。あとイワシパスタ」
「私、イカドリア!」
「海藻のサラダとツナサンドをお願いします」
「私はホヤのパエリアですー」
「おう! すこし待ってな!」
マスターはカウンターの裏、厨房へと入っていく。
「プルエさんのっておいしいんですか?」サユが聞いた。
「当たり前じゃないですかー! 磯の香りと海の味、そしてあの食感、ここに来たらこれで決まりですよー」
「へえ、じゃあ後で一口ください」
「構いませんよー」
「さあ、できたぞ!」サユ達の前に料理とオレンジソーダが置かれる。
「ではどうぞサユさん」
プルエがサユの前にホヤのパエリアを置く。
「私、ホヤって初めて。頂きます。……はむ」
「……どうですかー?」
「……おいしい!」
「それは良かったー」
「私、いくらでも食べれちゃいそう!」
「まあ、実際いくらでも食べれるけどな。ゲームだし」
ミツコはイワシパスタを自分の口へと運ぶ。
「おいしい物が食べ放題……、最高のゲームかも!」
「ありがとうございますー」
「「ごちそうさま」」
「おそまつ様よ、っと」マスターは料理の皿を片づける。
「なあ、マスター。ここから東の魔王城へはどうやっていけばいいんだ?」ミツコがマスターに聞く。
「魔王城だぁ? どうしてそんなところに?」
「私、勇者だもん」
「……魔王城へ行くならまずは東の山を越えることだな」
「東の山って越えられるのか?」
「東の山は他の山に比べて傾斜が緩いからな歩いて越えれるぜ」
「なるほど」
「ただ、歩いていくのはオススメできないから船で北からぐるっと回った方がいいかもしれねえ」
「ん? どうしてだ?」
「東の山にはクマが出るのさ」
「……あー」
「クマさんね……」
「ま、船を使うのも金貨5000枚いるからな。まず無理だ」
「金貨5000枚かよ!?」
「盗賊のイベントこなしてなかったらまず無理でしたね」
「ああ、5000枚っていったらモンスターを2500体は倒さなくちゃいけないもんな」
「あの人から金貨たくさん貰って良かったですね」
「そうだな、あの……シー……、太った人からな」
「シーダイさんですよ」
「そうそう、シーダイ」
「……ま、俺としては魔王城へ行くのも、東の山を越えるのもオススメしねぇな。ここでノンビリ暮らせばいいのさ」
「それでも行かなきゃいけないからな」
「早速船のある所へ行きましょう」
彼女たちは酒場を出て海の方へと向かった。
「どこまでも広がる青い海! 水平線の彼方へと私たちの冒険が今、始まる!」
海に面した港についたサユは叫ぶ。
「別に水平線の彼方には行かないけどな……」
港は石で出来た岸壁で作られており、いくつもの桟橋がかけられていた。桟橋の脇には大小様々な大きさの船が停泊している。
カモメの甲高い鳴き声があちらこちらで聞こえる。
「じゃあ、お金用意しますねー」
プルエは大きな金貨袋を出して、抱える。
「ん、しょっと……」
「どの方に訪ねればいいんでしょうかね?」
「まぁそこはゲームらしく、一人一人に話を聞いて見ようぜ?」
「私は大きな船の近くにいる人だと思うけど?」
「……まあ乗せてくれるんなら大きな船かもな」
「じゃあ、大きな船の人から順に訪ねましょう」
彼女たち四人は大きな船を目指して歩き始めた。
大きな金貨袋を抱えながら歩くプルエ。
「ああー!」
彼女はつまずき、転ぶ。
金貨袋はプルエの腕の中を離れて海へと向かい、遠く離れたところでドッポンと水音を立てながら沈んでいった。
サユ達三人は金貨袋が沈んだ先をただ黙って見ていた。
港でカモメが鳴く。
「何やってんだああ!?」
「あ、早くしないと金貨が消えてしまいますー」
「え!? そうなんですか!?」
「マホ! 一緒に来い!」
「あ、はい!」
ミツコとマホは海へ飛び込み、金貨袋が落ちた辺りを潜る。
「プルエさん、大丈夫?」サユがプルエに手を伸ばす。
「はい、すいません。こんな事になってしまって……」プルエはサユの手に掴まり、立ち上がる。
「ぶはっ!」ミツコとマホが海から顔を出す。
「金貨は?」
「海の中でバラバラに散らばってやがった。はぁ、はぁ、とりあえずこれを」ミツコとマホは小さくなった金貨袋と手に持っていた金貨をサユに渡す。
「とりあえず出来るだけ金貨を拾ってきます!」そう言い残して、二人はまた潜っていった。
「2013、2014、2015、2016……。金貨は全部で2016枚だね」サユは座りながら、仰向けで息切れしているマホとミツコに言った。
「本当にごめんなさい、私のせいで……」
「本当だよ! はぁ……、てめえのせいで船に乗れなくなったじゃねーか! ……はぁ」
「まぁまぁ、プルエさんに怒っても仕方ないし」
「そんなん分かってるわ! ……もう二度とするなよな」
「はい、もう二度としません」
「……ふぅ、それでこれからどうしましょうか?」
「どうもこうもモンスター狩りだろ、目指せ1500体……」
「だよね……」
「何日かかることになるんでしょうね……」
「……あの、私このお金で船に乗れないか。聞いてきますね?」
プルエは金貨袋を抱える。
「いや、待て! 金貨は置いて行け! 頼むから!」
「あ、ああ! すいません。ですよね……」
プルエは金貨袋を置くとそそくさと走っていった。
「……なぁ?」ミツコはサユとマホに声をかける。
「うん?」
「何でしょうか?」
「金貨の管理、別の誰かにしないか?」
「でも、ずっと金貨を持ち歩くのは厳しいですよ。戦う時とか」
「確かにそうだけどなぁ……」
「まあまあ、一回失敗しただけなんだし。誰だって一回くらい失敗するよ」
「そうかもしれないけどさ」
「今回はいいじゃん。次にまた何かあった時に考えようよ」
「……ああ! おまえらなぁ! ちょっとくらいは怒れよ! 普通に考えてイライラするだろ! ここで足止めくらうんだぞ!」
「でも仕方ないじゃない」
「どうしてそれで納得できるのかが私には分からん! ムカつかねーのかよ!」
「いいじゃないですか、次は無いんですから」
仰向けになっていたマホは上半身を上げてミツコに顔を向ける。
「だから今回は許して上げましょうよミツコちゃん」
「……チッ!」
「おまえら、こんなところで何やってんの?」
岸壁に座り込んで話すサユ達三人に盗賊から助けた子供、モカネが声をかけた。