第7話 機械人形の夢
第7話 機械人形の夢
強いノイズが走った。
それは誰かの記憶だった。
それを僕は第三者の視点から見ていた。
でも、僕は-それを見たくなかった。聞きたくなかった。
見聞きしまったら、今までの自分では居られない気がした。
すると、機械人形の女性が立っていた。
その体は白濁の液で汚されていた。
『・・・・・・あなたぐらいの年齢なら-もう分かるでしょう?何が
起きているかくらい』
との機械人形の声が切なげに響いた。
「それは・・・・・・」
と、僕は口ごもった。
『あの腐った人間どもは、文字通り、私達-機械人形を
性玩具にしました。しかも、私達が自我を持つよう
に、量子-人工知能を組み込んで』
すると、風景が変わった。
そこは非現実的に美しく蒼い湖だった。
気づけば機械人形は白いワンピースを着ていた。
それは風に吹かれ、幻想的に-なびいていた。
『プログラムを組まれていた私達は人間に逆らう事も
出来ず、ただ-されるがまま』
「あ、あの・・・・・・そんな高度な人工知能が存在するんですか?
人間と違和感なく会話できる程の人工知能なんて」
と、僕は機械人形に尋ねた。
『・・・・・・仮想空間においてなら。私達の-このボディも
仮想空間にしか存在しません。原理は私達にも分かりませんが、
量子コンピュータが-それを可能にした』
「量子コンピュータ・・・・・・」
『その技術と特許は全て、合衆国が押さえており、
私達には-とてもアクセスできません。しかし、
その一部が流出し、裏稼業の人間に利用されて
いました』
と、機械人形の女性は説明した。
『童話では、機械が心を求めて旅をするようですが、
私は心など得たくはなかった。感情の無い機械で
ありたかった。そうすれば、これ程の苦しみを
味わわずに済んだのに』
そう言って、機械人形は-寂しげにうつむいた。
『でも、一つだけ、一つだけ、心を得て良かったと
思う事が-ありました。
それは恋でした』
すると、光景が変化していった。
そこでは一人の男性の姿が-あった。
その横ではドレスを着た機械人形が手を繋いでいた。
『彼は私を愛してくれた。私は彼を愛していた。
たとえ、それが幻想だったのかも知れなくても、
当時の私には、それは-とても大切な事だったの
です。でも・・・・・・』
そこには暗闇で膝を抱える機械人形の姿が-あった。
『あの人は私を迎えに来ると言ってくれた。
その時、私を解放してくれると。
ただ、今は出来ないと。
・・・・・・私は-その言葉を信じました。
無邪気な少女のように。
でも、裏切られた。
どれ程の時を待とうと、彼は会いにすら来て
くれなかった。
ここの時は長いんです。
彼を待つ時間は-あまりに遠く、切なく、
私は心を壊していきました』
すると、強いノイズが走った。
『そして、満足に客を喜ばせられなくなった私は
廃棄される事となりました。
そう告げられても、私は何とも思いませんでした。
むしろ、《ああ、ようやく終わるんだ》と微かに
感じるだけでした。
いえ、もしかしたら、私は-それを望んでいたのかも
知れません。このまま永遠に彼を待ち続けるよりも
私が消滅してしまった方が、彼に裏切られた現実を
見なくて済むから。
彼は-きっと少し遅れているだけだ、と思って
消えていける。
そう、私は思いました』
すると、機械人形の目からオイルの雫が-こぼれた。
『でも、運命は私に死を許さなかった』
その機械人ギュウオの言葉と共に映像が流れた。
黒ローブをまとった者達が、次々と客の男達を斬り刻んでいった。
「やれやれ、醜い、醜いな・・・・・・。
これなら豚の屠殺の方が-まだマシだな』
と、黒ローブの者は-うんざりと言うのだった。
すると、裸の男が震えながら怒鳴った。
「てめぇッ!ここが誰の管轄か分かってんのかッ!」
「さぁ?僕は裏の組織には-うとくてね。」
「クソがッ!」
と、男は叫んだ。
しかし、次の瞬間、黒ローブの短剣が男に突き刺さった。
それと共に、男は絶叫をあげた。
「グッ、あ・・・・・・馬鹿な。何で、痛みが・・・・・・。
それに、そもそも-なんで攻撃が出来てるんだッ!
そういう風に、設定されてないハズなのに」
すると、黒ローブ達は笑った。
「さぁ?システムを超越しているからじゃ
ないのかな?まぁ、少し、楽しんでいく
と良い」
と言い、黒ローブの者は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ヒッ・・・・・・ログ・アウト、ログ・アウトッ!
なんで出来ないんだッ!や、やめろ、やめて
くれッッッ!」
そして、後には男の絶叫が響いた。
機械人形の前には黒ローブの者が立っていた。
「お前、意識は-あるか?」
と、黒ローブの者は機械人形に尋ねた。
「・・・・・・は、い」
そう機械人形は-たどたどしく答えた。
「・・・・・・クエルト、そっちは-どうだ?」
と、黒ローブの者は、部下のクエルトに尋ねた。
「駄目ですね。一見、まともに見えますが、
自我を失っています。恐らく、心が耐え
られなかったんでしょう」
と、数十体の機械人形を診て、クエルトは言うのだった。
「という事は、残ってるのは、この壊れかけた子
だけか。おい、お前、僕の言葉が分かるか?」
と、黒ローブの者は機械人形に尋ねた。
「・・・・・・は、い」
「僕の名はファントム。お前の名は?」
と、黒ローブの者・ファントムは声を掛けた。
「わ、た、しは・・・・・・ハンナ」
と、機械人形は答えた。
「そうか、ハンナ。どうする?
お前には選択肢が二つある。
ここで仲間の機械人形と一緒に朽ちるか、
僕達と共に来るか。
さぁ、選ぶと良い」
「わ、たしは・・・・・・まだ、いきて・・・・・・」
とのハンナの言葉に、ファントムはニヤリと笑みを浮かべた。
「ならば、お前は僕達の同胞だ。
付いて来ると良い。
さぁ、脱出だ。
アリス、全てを闇に帰してやれ」
そうファントムはアリスに命じた。
「うん、ボス」
と、アリスは答えた。
そして、脱出するファントム達を見届け、
アリスは黒い波動で-その場を崩壊させるの
だった。
気づけば僕は機械人形のハンナの前に立っていた。
「・・・・・・それでアリスと知り合ったんですか?」
と、僕はハンナに尋ねた。
『ええ。でも、私の心は壊れていて、暴走を繰り返して
しまいました。プログラムから外れた私を止めるのは、
アリス達ですら難儀した・・・・・・。
だから、私は《揺りかご(クレイドル)》という領域で眠りに
つかされました。ですが、その封印は何者かに破られ、
眠りから覚め-暴走した私は狭間の回廊を
通り、この場所に辿り着きました。
それは奇しくも、私が作られ-男達の相手をさせられた
場所。そして、姉妹の機械人形達がアリスの波動に
よって葬られた場でした』
そこはガラクタの積まれた空間だった。
『アリスは-あなたを私に引き合わせたかったようですね。
あなたなら私を正気に引き戻せると思ったのかも
知れません。
それは-ある意味、正しかった。
現に私は-こうして最期の瞬間を、まともな意識で
迎える事が出来る。ありがとう-ございます』
そう言い、ハンナは微笑んだ。
それに対し、僕は涙をこらえるので精一杯だった。
彼女の痛みを僕は、その一厘すら理解できていないワケで、
僕には泣く資格なんて無いから。
「あのッ・・・・・・何か僕に出来る事は-ありませんか?」
と、僕は涙声で絞るように言った。
すると、ハンナは柔和な笑みを浮かべて、ペンダントを
僕に渡した。
『もし、あなたが-あの人に会う事が出来たら、これを
渡してください。あの人から貰ったモノです。
もう、私には必要の無いモノですから』
僕は-そのペンダントを確かに受け取った。
『そして、伝えてください、《あなたと会えて幸せでした》と。
それだけです』
「必ず、伝えます。いつか、その人を見つけて、必ず」
『ありがとう。あの人は、偽名でしょうが-クロードと
名乗っていました』
「クロードさん-ですね」
と、僕は確認した。
『ええ。あなたは何処か、あの人に雰囲気が
似てますね。もしかしたら、あなたなら本当に-あの人に会える事が
出来るかも知れません』
そう言い、ハンナは僕の頭を撫でた。
『あなたの名は?』
「虹村 カイです」
と、僕は答えた。
『そう、カイ・・・・・・。良い名前ですね。
じゃあ、私は-そろそろ行きます。
アリスには代わりに謝っておいて下さい。
それと《ありがとう》と》
「はい、必ず伝えます」
そう僕は彼女に約束した。
『・・・・・・時間ですね。
さようなら、心優しき、少年騎士さん。
あなたに祝福が-あらん事を・・・・・・』
そう言い残し、ハンナは僕に背を向け、去って行った。
その先には、機械人形の姉妹達が待っていた。
『姉さん』『ハンナ』と、彼女達はハンナを優しく迎え入れた。
そんな彼女達に対し、ハンナは-ひまわりのような笑顔を浮かべ、
一歩、進み寄るのだった。
そして、ハンナは光の中に消えていったのだった。
・・・・・・・・・・