第5話 幻惑の森
第5話 幻惑の森
それは縁日だった。
太鼓や笛の音が、どこからともなく響き渡った。
「ここは・・・・・・なんで?さっきまで《アルカナ》の
世界に居たハズなのに」
と、僕は呟いた。
そして、僕は辺りを注意深く見回した。
しかし、やはり、そこは日本のお祭りの風景に見えた。
とはいえ、ヒトの気配とざわめき声は感じるのに、僕には
誰も見えなかった。
「なんだ、これ・・・・・・。すごく嫌な感じがする」
すると、屋台から提灯の明かりがボウッと
点くのだった。
「う・・・・・・」
よく見たら、そこには人影が浮かび上がって居た。
人型の影が、いつの間にか周囲に現れ、まるで人間のように
お祭りを楽しんでいたのだった。
僕は妙な疎外感と畏れを抱いた。
「そうだ、アリス、アリスは?」
しかし、アリスの姿は-どこにも見当たらなかった。
すると、一つの屋台の店主が声を掛けてきた。
『坊ちゃん・・・・・・。食べてきなさい』
と影の店主は言い、リンゴ飴を差し出した。
それは-とても甘美そうで、それ故、
怖ろしい誘惑だった。
「え?ぼ、僕ですか?」
と、僕は声を震わせながら答えた。
『そう、あなた-です。人間のあなた』
との店主の言葉に、僕はギョッとした。
なら、彼らは人間じゃないのか・・・・・・?
すると、いつの間にか、僕は影達に取り囲まれていた。
『喰え、喰え・・・・・・』
と、影達は低い声で連呼してきた。
頭にノイズが走った。
「ううッ、うわぁぁぁぁッ!」
と、叫び、僕は影を押しのけ、駆けだした。
すると、影達は『逃がすなッ!』と言い、僕を追って来た。
怖かった、こんな怖いこと、生まれて初めてだった。
「アリスッ!アリスッ!助けてッ!」
と僕は叫ぶも返事は無かった。
すると、後ろから影の手が僕を掴んできた。
その手は異様に冷たくて、僕は背筋が凍るのを感じた。
しかし、条件反射的に-僕は抜刀し、剣技を発動した。
すると、影達の悲鳴が聞こえた。
「来いッ!」
僕は剣に思念を通し、そう影達に告げた。
不思議と剣さえ抜いてしまえば怖くなかった。
すると、影達は恨めしそうに、黒い歯をカタカタと
鳴らした。
そして、いつの間にか出た霧の中へと、去って行った。
僕は脱力して、地面に-へたりこんだ。
「うぅ・・・・・・姉さん、怖いよぅ・・・・・・」
と、僕は泣き言を呟くのだった。
すると、鈴の音が聞こえた。
それと共に、草むらが揺れ、一人の少女が出てきた。
その少女は影ではなく、狐のお面をかぶってる普通の子に
見えた。
「あの・・・・・・君は?」
しかし、少女は何も答えず、手招きして、森の中に
去ってしまった。
「こっちに来いって事?・・・・・・行ってみよう」
他に手がかりも無いし、僕は少女を追って-森の中へと進んで
いった。
それから、しばらく進むと少女は現れては、また去って行く
を繰り返した。
(これって、ゲームみたいだ。進む方向を教えてくれる
キャラクターって感じだ)
と、僕は感じていた。
あの少女は良く思い返してみると、やはり人間離れした
雰囲気をたたえていた。
しかし、悪意は感じなかったので、僕は彼女を信じて
進み続けるのだった。
すると、視界が開け、神社に出た。
少女の気配は感じなかった
その時、僕は息を飲んだ。
神社の石畳の中央に、着物をまとった一人の女性
が立っていた。
僕は-その人を知っていた。
誰よりも良く知っていた。
「姉さん・・・・・・?」
と、僕は声をかけた。
すると、姉さんは-こちらに体を向けた。
しかし、顔をうつむけている上に、辺りは薄暗かったので、
その表情までは分からなかった。
「姉さん・・・・・・なんだよね?」
その外見は明らかに姉さんだったが、妙な違和感がして
僕は姉さんらしき人に-これ以上は近づけなかった。
すると、姉さんは着物に手をかけた。
そして、スッと滑るように着物が地面に落ちた。
僕は頭が真っ白になった。
突然、裸となった姉さんが、今、僕の前には居た。
その姿は-あまりに艶やかで、僕は思わず一歩、後ずさった。
「・・・・・・カイ」
そのサユリ姉さんの声にはノイズが走っており、
僕は根源的な恐怖を感じた。
しかし、僕の足は突然、地面に縫われたかのように
動かなくなった。
僕が必死に足を動かそうと-もがく中、姉さんは-どんどんと
僕に歩み寄ってきた。
その冷たすぎる手が僕の両頬に添えられ、
次第に首に移っていった。
「グ・・・・・・ァ・・・・・・・さん・・・・・・」
僕は首を絞められ、声ならぬ声をあげた。
その力は徐々に強まり、僕の体は痙攣を起こし、
ガクガクと震えだした。
本来なら意識を失っているハズなのだろうが、仮想世界だからなのか、
僕は微かに意識を保っており、それが-さらなる恐怖
を僕に与えていた。
「愛して・・・・・・愛して・・・・・・ねぇ、カイ。私を愛して」
との姉さんの切ない声が、僕には聞こえた気がした。
その時、『カイを離しなさいッ!』との叫び声が聞こえた。
すると、姉さんは僕の首から手を離し、滑るように後退した。
それは-さながらに幽霊のように思えた。
「ゴホッ、ゴホッ!」
仮想世界のハズなのに、僕は-むせこみ、必死に息を吸った。
喉には強い圧迫感が未だに残っていた。
「大丈夫、カイ?」
すると、そこには-はぐれたはずのアリスが居た。
「コホッ・・・・・・な、なんとか・・・・・・」
「ともかく、休んでて。私一人で-やってみる」
と言い、アリスは拳を構えた。
「待って・・・・・・。あれは僕の姉さんで」
「姉さん?カイン、よく見て。この世界に惑わされないで」
とのアリスの言葉と共に、辺りに薄く立ちこめていた
霧が晴れていった。
すると、僕は-その世界の本当の姿に気づいた。
そこはガラクタが積まれた廃墟だった。
そして、僕が姉さんだと思っていたのは、機械で出来た
美しい等身大の人形だった。
その姿は普通の人形と違い妖艶とでも呼ぶべきで、
全身から-男を惑わす色香を感じさせた。
「これって・・・・・・」
「ようやく目が覚めたみたいね。あの子は機械人形と
呼ばれる存在。でも、暴走してしまっている。
それを止めないといけないの。
・・・・・・たとえ、破壊してでも」
そう絞るように言うアリスからは、悲壮さが
見て取れた。
すると、機械人形はノイズ混じりの咆哮をあげた。
それと共に機械人形から白い波動のようなモノが吹き荒れた。
「ウウッ・・・・・・」
僕は-その波動を受け、思わず-よろめいた。
しかし、アリスの全身からは黒いオーラのようなモノが
出て、その波動を弾いていた。
すると、アリスは姿を消した。
そして、一瞬後には機械人形の横に移動しており、
その脇腹に拳を突き出した。
それを機械人形は-あり得ない関節の曲げ方をして、
防ぐのだった。
二人の黒と白のオーラが-ぶつかり、激しく共鳴を引き起こした。
それを僕は見ている事しか出来なかった。
あまりにレベルが違った。
正確には僕は見る事すら出来ていなかった。
二人の動きは-あまりに早く、僕の目では-その残像しか
追えなかった。
「これが上級プレイヤーの戦いなのか・・・・・・?」
と、僕は思わず呟くのだった。
だが、この時の僕は-あまりに無知で、理解して
いなかった。
アルカナの世界における真の上級プレイヤーとは、
これすらも軽く凌駕する、想像を絶する存在であると。
・・・・・・・・・・