第4話 ミスト・ドラゴン
第4話 ミスト・ドラゴン
それから、一週間ほど、僕はアリスと共にモンスターを
狩り続けた。
さながら、僕たちはハンターと呼べたかもしれない。
「大分、慣れて来たね、カイン」
と、アリスは僕に声を掛けてきた。
「うん。毎日、結構-やってるからね」
と、僕は答えた。
「そうだね。もう、200時間は軽く-やってるもんね」
「あぁ・・・・・・そうかもしれない」
この仮想空間は現実の10倍の時間をプレイする事が出来る。
一日3時間-程度でも、一週間やれば210時間をこの仮想世界
で過ごした計算になる。
「・・・・・・カイン」
すると、アリスは急に真剣な表情で-こちらを見てきた。
「何?」
僕は少し緊張した。
アリスが-そのような顔を見せるのは初めてだった。
「頼みが-あるの。これは-あなたにしか出来ない事かも
しれない。本来、私が一人で-すべき事なんだけど」
「えぇと・・・・・・それで、僕は何をすればいいの?」
「あるクエストをクリアして欲しいの」
「クエスト?それくらいなら全然OKだよ」
クエストとはゲームにおける依頼の事だ。
それを達成する事で報酬が-もらえたりする。
すると、アリスは-うつむき口を開いた。
「このクエストは絶対に失敗できないの。
下手をすれば、現実に悪影響が出るかも
しれない」
「どういう事?」
「・・・・・・詳しくは言えない。でも、命が懸かっている
と言えるかもしれない。ごめんなさい。頭がおかしい
と思われるかもしれないけど・・・・・・それでも」
アリスは普段の元気を失い、その声も消え入るようだった。
それに対し、僕は微笑んだ。
「分かった。そのクエスト、受けるよ」
「ほんと?」
アリスは信じられない-という表情を浮かべた。
「うん。何か事情が-あるんでしょ?なら、あんまし深くは
聞かないよ」
「それなのに受けてくれるの?」
「まぁ、出会って一週間だけど、パーティを組んでから
短くない時を過ごしてるし。断れないよ」
「・・・・・・ありがとう、カイン」
そう言って、アリスは太陽のような笑顔を見せた。
・・・・・・・・・・
僕たちは霧の森を進んで居た。
「この奥に特殊なフィールドが-あるの。それで、
もし、その領域内で死亡すると、現実に
フィード・バックが-はね返る可能性が
あるの」
と、アリスは説明した。
「フィード・バック?」
聞き慣れない単語だった。
「うん。この仮想空間の意識は現実と繋がっている。
そうでないと、ログアウトしても目を覚ませなく
なってしまうから」
「それは-そうだろうね」
「でも、この仮想世界で受けた傷は時折、現実世界へと
持ち帰ってしまう事があるの。その精神に」
「え?そんな馬鹿な・・・・・・だとしたら、すごい危険じゃ
ないか。ゲームで死んだら、精神に障害を負うって事?」
「・・・・・・普通のフィールドじゃ-それはまず起きないわ。
でも、今から行く所は、それが起こりうる。
もちろん、そこで死亡しても何も起きないかも
しれない。ただ、もし、これ以上-進むなら、覚悟を
しておいて欲しいの」
そう言って、アリスは立ち止まった。
僕は即答は出来なかった。
もし、アリスの話が本当なら、これは思ったより危険な
クエストになるかもしれない。
(でも・・・・・・逆に言えば、これはチャンスなんじゃないか?
普通じゃありえないバグ。それにも何か意味があるはず。
それを解き明かす事が、姉さんを見つける事に繋がるんじゃな
いのか?むしろ、普通にプレイしてても、姉さん
の手がかりなんて見つかりっこない)
そう僕は思い至った。
「・・・・・・分かった。覚悟して進むよ。死ななければ-いいん
でしょ?」
との僕の言葉にアリスは頷いた。
「うん。カインは私が守るから」
「頼もしいね」
すると、アリスは堅い表情を崩した。
「でしょ、でしょ」
と、アリスは嬉しそうに言うのだった。
それから、僕とアリスは-霧に紛れて
襲い来るモンスターを撃退していった。
ここらのモンスターはステルスを備えてないので、
音と気配で手に取るように近づくのが分かった。
僕は剣で骸骨の狼を砕いた。
「やっぱり-カインは勘が良いね」
「そうかな?」
「うん。それにセンスも良い。でも、逆に心配だな。
感受性が高いと、フィード・バックでのダメージを
精神に受けやすいから」
「そんなモノ?」
と、僕はアリスに尋ねた。
「そんなモノなんだよ。はぁ、やっぱり今から引き返した方が」
そう言うアリスに対し、僕は首を横に振った。
「大丈夫だよ。それに、僕は-そのフィールドに行かなくちゃ
いけない気もするんだ。だから」
「・・・・・・うん、分かった。でも、注意してね。
そのフィールドでは本当に何が起こるか分からない
から」
「うん」
そして、僕たちは-さらに森の奥へと進んでいった。
そこには霧で出来たドラゴンが待ち構えて居た。
「こいつを倒した先に、そのフィールドの入り口が
あるの」
「了解ッ!」
そして、僕たちは-そのミスト・ドラゴンとの戦闘に入った。
強烈なブレスが襲い来る。
アリスは-それを避けて拳を放つも、どうも打撃系は
ミスト・ドラゴンに効きづらいようだった。
一方で、僕の剣撃は多少のダメージを与えられている
ように感じた。
「もっと、剣に思念を通してッ!そうしないと、奴には
効かないッ!斬り裂くイメージを強く、思い浮かべるの」
「分かった」
僕は想像した。
それは創造とも言えたかも知れない。
イメージを。
神話で語られるように、原書に描かれるように、
空と海を真っ二つにする情景を、この仮想世界に
今、再現する。
その時、僕の剣が-蒼く光り輝いた。
そして、剣技が発動した。
《虚空斬》
その無形をも斬る一撃が。
次の瞬間、ミスト・ドラゴンの体に線が走り、
左右に分かれ、散っていった。
それと共に、辺りの霧は-晴れ渡っていった。
光が-雲の切れ目から差し込んできた。
それを感じ、僕は天を仰ぐのだった。
・・・・・・・・・・
それから僕とアリスは、ミスト・ドラゴンが守っていた
魔石を入手した。
「これは-カインの物よ」
そうアリスは告げた。
「いいの?」
「当然でしょ。あいつを倒したのは、あなたなん
だから」
そう言って、アリスは魔石を手渡してきた。
「うん。じゃあ、ありがたく-もらっておくよ」
「さて・・・・・・じゃあ、いよいよ行くわよ」
と、アリスは真剣な面持ちで言った。
「その特殊なフィールドへ?」
「そう。覚悟は出来てる?」
「当然」
と、僕は答えた。
「そう、なら行きましょう」
そう言い、アリスは先を歩いて行った。
それを僕は追った。
しばらく、アリスと僕は長い通路を進んだ。
すると、アリスは壁の前で立ち止まった。
「この先に-その特殊なフィールドがあるの。
私達は-そこを亜空間と呼んでるわ」
「亜空間・・・・・・」
と、僕は呟いた。
「うん。じゃあ、アクセスするから」
そう言って、アリスは壁に手を当てた。
次の瞬間、壁に魔方陣が展開されていき、それと共に
壁を構築している空間が歪み出した。
気づけば、壁には穴が空いていて、その奥には
純粋な黒が広がっていた。
「これって・・・・・・バグか何か?」
と、僕はアリスに尋ねた。
その穴にはノイズが走っており、明らかに普通じゃ無かった。
「そんなモノよ。さ、入ろう」
「うん」
そして、僕たちは-その小さな穴に入って行った。
次の瞬間、僕の意識は闇に飲まれていくのだった。
・・・・・・・・・・