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 第0話  シャダイ・エル・カイ  (上)

第0話  シャダイ・エル・カイ  (上)


 夜の神宿(シンジュク)は静止していた。

 (つね)喧噪(けんそう)は消え失せ、それどころか、落ち葉一つ

すら動きを見せようとしなかった。

 人々や車は凍ったかのように不自然にその動きを途中で

止めていた。


 そんな中、黒いスーツを着た者達が銃を片手に

周囲を警戒しながら歩みを進めていた。

 銃刀法の存在する日本(ヤマト)において、それはあり得ない光景

と言えた。

 しかし、そもそも何もかもが壊れた時計の中のように

停止している状態で、それは大した問題とも言えなかった

だろう。


 すると、黒いスーツの者達の前に、ローブを着た男が

煙のように現れた。それに対し、スーツの者達は銃口を

条件反射的に一斉(いっせい)に向けるのだった。

 それに対し、ローブの男は降参のポーズをして、

敵意が無い事を示した。

「やぁ。協会のエージェントさん達」

 と、ローブの男は銃などものともせずに、平然と

言うのだった。

「ファントム・・・・・・」

 とスーツを着たエージェントの女性が(まゆ)をひそめて

その名を口に出した。


「やれやれ、嫌われたものだ。確かに僕は不正なる

《コード使い》ではあるが、人の道をかろうじて踏み

外さずに(とど)まっている自負(じふ)はあるんだがね」

 そうファントムと呼ばれたローブの男は答えるの

だった。

 すると、エージェントの女性は口を開いた。

「ともかく、何が起きたか説明しなさい」

 それに対し、ファントムは肩をすくめた。

「もう少し頼み方ってのがあると思うが、まぁいいさ。

君は新人で多めに見る必要がある」

 とのファントムの言葉に女性は露骨(ろこつ)に顔をしかめたが、

あえて何も言い返さなかった。

 それを見て、ファントムは満足そうにした。


「さて、僕は全てを見届けた。その結末も。

だが、あえてその詳細を語ろうとは思わない。

そう嫌そうな顔をするなよ。僕の記憶だって

完全では無いんだ。特に量子化された亜空間

での出来事を推測で不用意に確定化させたい

とは思わない」

 と言い、ファントムは言葉を区切った。

「ただ、残った事実を語る事は出来る。結論から

言おうか?邪神ミロスは再び消滅していった。

復活には時間を要するだろう。まぁ、今回で

完全に消滅した可能性も無きにしもあらず

だけど、それは期待しない方が良いだろう」

 との言葉に、エージェント達は弱冠(じゃっかん)安堵(あんど)

表情を見せた。


「とはいえ、その犠牲も少なくは無かった。

エージェントのほぼ全員が強い傷害を()った。

もはや、彼らに協会のエージェントを続行する

事は不可能だろう。

そう、ロータ。シオン。ウィル。

さらに、サイクとエリーの夫妻も」

 その説明に、エージェント達はざわつくので

あった。

「・・・・・・彼らは今、どこに?」

「僕の部下が治療を(ほどこ)している。ただし、記憶操作など

はそちらがするんだね」

「案内しなさい」

 との女性の命令口調に、ファントムは辟易(へきえき)とした表情を

見せた。

 次の瞬間、ファントムの姿は消え、女性の背後に出現

した。

 エージェント達はそれに全く反応できなかった。

 しかし、一瞬遅れて、背後に居るファントムに対し

銃を向けるのだった。

 それをファントムは冷たく見据(みす)えた。


「あまり調子に乗るなよ、ガキが。正義感ばかり前に来て、

いざ決戦となると後方で待機していたくせに。言っておく

が、僕はロータの協力者であって、お前達の手助けをする

義理は(まった)く無いのだぞ」

 そう告げるファントムの全身からは殺意の霊気が

(ただよ)っており、エージェント達は身と心を震わせるの

であった。


「まぁいい。さぁ、進むが良い。この先に扉がある。

結末を知りたいならば、だがね」

 そう言い残し、ファントムはエージェント達の間を

通り抜け去って行こうとした。

「待て・・・・・・」

「なんだい?僕も(いそが)しい。逃げた裏切り者を殺さねば

ならない。その罪は何に増して重い」

 そう答えるファントムの瞳は、死の魔眼に

染まっていた。

 その姿はこれより一方的な殺戮(さつりく)が始まるのだと、

エージェント達に予感させた。

「・・・・・・分かった。協力、感謝する」

 そして、エージェントの女性は敬礼を(おこな)った。

 一拍-遅れて他のエージェント達もその意に反する形

ではあるが、ファントムに敬礼を送るのであった。

 それに対し、ファントムは軽い敬礼を返し、

()けるように虚空(こくう)へ消えていった。


 それを見届け、緊張の糸が切れたかのように

エージェントの女性はホッと息を吐いた。

 しかし、すぐに任務を思いだし、先を進むのだった。

 すると、交番の横に奇妙な扉が存在していた。

 それはステンド・グラスのように区分された半透明の色彩を

発していた。

 明らかに、その扉は周囲に浮いており、場違いとも言えた。

 とはいえ逆に言えば、これこそがファントムの言っていた

扉なのだと予想できた。

「これか・・・・・・」

 そう(つぶや)き、エージェントの女性はその扉に手を掛け、

ゆっくりと開いた。

 次の瞬間、中から五色(ごしき)の光があふれ出し、エージェント達を

回廊(かいろう)へと転送した。

 

 

 そこは白と黒に(いろど)られた対照的な空間であった。

 エージェント達は腰を(なか)ばかがめて銃を構え、周囲を

逐一(ちくいち)警戒しながら先を進んで行った。

 すると、回廊は開け、広大な空間単位が出現した。

 重力と時が歪みを見せる中、エージェント達は自身の周囲に

数列の魔術式、それすなわち《コード》と称される存在を展開し、

回廊の(ふち)より一気に飛び立っていくのだった。

 

 着地した先は都市全体の(かなめ)となる荘厳(そうごん)たる

城郭(じょうかく)が広がっていた。

 しかし、その天守閣(てんしゅかく)は斜めに砕け、その他の(さま)

からも激しい戦闘が繰り広げられた事が(うかが)えた。

 そこは穢土城(エドジョウ)、幕末に穢土(エド)の城下の全てが

炎上した(のち)に補強・再建された難攻不落の要塞(ようさい)

あった。


 とはいえ厳密に言えば、ここの領域は現実世界では無く、

一種の裏の世界であり、回廊と同じく黒白(こくびゃく)に染まって

いた。

 星の情報を元に構成された《記憶世界》、その影とも言える

世界に、今、エージェント達は足を踏み入れたのであった。

 

 その時、(きし)んだ音がどこからともなく響いた。

 さらに、空間が突如として砕け、その中から銀色の人影が

出現してきた。

 次の瞬間、エージェント達は《コード》により構成された

銃弾を銀色の影に、容赦(ようしゃ)なく撃ち込むのだった。

 そして、大きな風穴がいくつも重なる程に()き、

銀の影は虚空に散っていった。

「・・・・・・《ノイズ》。まだ邪神の眷属(けんぞく)は残って居るのか」

 と、女性エージェントは硝煙(しょうえん)-(ただよ)う中に

(つぶや)いた。

「引き続き、生存者の救出に向かう。気を引き締めて

かかれ」

 との女性エージェントの命令に、部下達は「了解」と

簡潔に答えるのだった。

 そして、エージェント達は黒と白に(いろど)られた城下町を

警戒しつつ進むのであった。


 それからエージェント達は時折-出現する大小の銀色の影、

すなわち《ノイズ》とよばれる狂った情報思念体を、次々と

破壊しながら先へ急ぐのであった。

 すると、一台の武装-指揮車両が道路に止まっていた。

 そして、そこには協会のシンボルである(じゅう)(かま)

マークが(ほどこ)されていた。


 それを見て、エージェント達は顔を見合わせ(うなず)いた。

「罠の危険性もある。セイバー2、セイバー3は私と共に

内部の調査を、残りは対象-指揮車両を半弧(はんこ)に囲み警戒せよ。

万一の時は私達ごと撃って構わない」

 との指示に、部下達は了承するのだった。

 そして、女性エージェントは二人の部下を連れ、

指揮車へと一気に近づいた。

 それから手信号で二名の部下達に合図をし、

女性エージェントは一気に、指揮車の内部へ

扉を開き突入した。


 次の瞬間、女性エージェントの脳天にアサルト・ライフル

のレーザー・ポイントが赤々と付けられた。

 それを受け、女性エージェントは動きを止めざるを

得なかった。しかし、銃を構えているのが味方だと

気づき、ホッと安堵(あんど)の表情を見せた。


「ご無事なようで何よりです。エージェント・エリー」

 と、女性エージェントは目の前の恰幅(かっぷく)のよい女性に対し、

言うのだった。

 エリーは全身を強化(きょうか)-装甲服(そうこうふく)で無理に

覆っており、その隙間(すきま)からは《データ片》が散っていた。

「そんな・・・・・・」

 女性エージェントは狼狽(ろうばい)を隠せなかった。

 それはエリーの体が崩壊し掛かっているという事象を

意味していた。

 すると、エリーが安らかな微笑(ほほえ)みを浮かべ、口を開いた。

「ミーシャ。大丈夫よ。私には時隠(ときかく)しの能力が

(そな)わっているわ。どれくらいかは分からないけど、

あと数年程度なら確実に生命を維持できる」

と告げるエリーに、女性エージェントのミーシャは

(うれ)いを(たた)え、答えるのだった。

「残念です・・・・・・」と。

 

 それから、ミーシャは部下達に(めい)じて、周囲の警戒を

あたらせた。

 一方で、ミーシャ自身はエリーから詳しい事情を聞かんと

していた。

 そして、それに答える形でエリーは説明し出すのだった。

「まず、エージェントの中で生き残ったのは私を含めて5名

だけ。私、サイク、シオン、ウィル、ロータのね」

「サージェン特務課長は」

 とのミーシャの問いに、エリーは首を横に振った。

「そんな」

「課長も覚悟はしていたはずよ。私もね。それで、シオンと

ウィルとロータは相当に重傷だけど、今、クエルトが治療を

しているから、恐らく命に別状は無いと思うわ」

「そうですか」

「ただし、彼らは邪神の波動を直接に喰らってしまった。

もう、コードを使う事は出来ないはずよ」

 とのエリーの言葉に、ミーシャは一つの疑問を感じた。

「えぇと、エージェント・サイクはどうされたんでしょうか?」

「あの人は気絶しているだけよ。でも、元々、能力の限界が

訪れていたから、もう引退させてあげて欲しいわ」

 そう言うエリーからは慈愛が(あふ)れているのだった。


「はい。それは上層部に申告させて頂きます。とはいえ、

本部の強襲の際に、ほとんどの《情報体》が失われて、

組織の今後がどうなるか分かりませんけど」

「そうね。私も出来る限りの事はしたいけど、この体じゃ

ね・・・・・・」

 その全身からは未だにデータ片が(かす)かに散っていく

のだった。

 ミーシャはそれを見て、辛そうに目を(つむ)るのだった。

「エリーさん。これから-どうなされるおつもりですか?」

「そうね。余生をどう過ごすかなんて考えた事が無かった。

でも、夫と息子と一緒に静かに暮らせたらと思うわ。幸い、

私の体も死の時限(じげん)は迫っているけど、痛みはないし、

普通に家事をするくらいなら出来るわ」

「そうですか・・・・・・」

「ミーシャ。そう悲しい顔をしないで。むしろ、生き残れた

だけ運が良かったのよ。神に感謝すべきなのでしょうね。

まだ、息子は小さくて手が掛かるから、あの人ひとりに任せておけ

ないし。ただ、夫にはエージェントとしての記憶を無くして

欲しいと思ってるの」

 とのエリーの言葉にミーシャは反応した。

「ですが、それはサイクさんとの思い出を一部、失う事に

なってしまいますよ。お二人は職場恋愛の(すえ)、結婚なされ

たんですから」

 そう言うミーシャに対し、エリーはフフッと笑みを見せた。

「それでも(きずな)は残るから」

 エリーのその言葉からは、彼女の深い愛が(うかが)えた。


「分かりました。恐らくエージェントを退職した(さい)に、

規約により記憶は消される事となるでしょうが、私も

サイクさんの記憶が上手(じょうず)に残るようにコードを組んで

みます」

「ありがとう、ミーシャ」

「いえ」

 とミーシャは自身の無力さを痛感しながら

答えるのだった。

「私の記憶も消される事になるのかしらね・・・・・・」

 とエリーは寂しげに(つぶや)くのだった。

「お嫌ですか?」

 とのミーシャの言葉に、エリーはかぶりを振った。

「嫌というより、困ったなという気持ちかしらね。

自分の寿命が残り少ない事を忘れてしまえば、

人生設計に()(つか)えが出るしね」

「お(つよ)いんですね・・・・・・」

「子供が出来れば、あなたもそうなるわよ」

「そうでしょうか」

 と、ミーシャは漫然(まんぜん)に答えた。

 彼女にとり現在こそが全てであり、未来の-そして母親

としての自分など、想像だに出来なかったのである。


「それならば形の上だけエージェントに残られては

いかがです?アドバイザーという形をとる事も出来

ると思います。いえ、通してみせます」

「なら、頼もうかしら。協会の今後も心配だしね」

「はい」

 と、ミーシャは力強く答えるのだった。


「さてと、あの人・・・・・・サイク達は、この扉の向こうで

治療を受けているわ。私はここの守護をしなければなら

ないから一緒には行けないけど」

 そう言い、エリーは指揮車両の内部にある扉を示した。

 それは先程の扉と同じく、別の空間に接続しているもの

だった。

「私の部下が警戒に当たっておりますので、どうか少し

お休みになられては?」

 しかし、エリーは首を横に振るのだった。

「万一の時はこの指揮車両ごと扉を爆発させるわ。

そして、起爆スイッチを持つのは私だけで十分

よ」

 そう言ってエリーは有線の繋がったスイッチを見せた。

「・・・・・・それ程の覚悟なのですか」

「まぁ、もう何も起きないとは思うけど。

念の為にね。無線での起爆はジャマーで

妨害されるかも知れないし。それに私の

命は元々、尽きかけていて惜しくは無い

のだから」

 とのエリーの言葉に、ミーシャは最敬礼を行うのだった。

「尊敬いたします。エージェント・ミリー。

あなたはエージェントの鏡です」

 すると、エリーは顔をほころばせた。

「さ、行きなさい。そして、誰かに話を聞くと良いわ。

あの場で何が起きたのかを。それは断片的な情報しか

聞けないと思うけど、それでもあなたがそれを聞く事

で、もしかしたら何か遠大なる運命が導かれるのやも

知れないわね」

 そう言ってエリーは敬礼を返した。

 その言葉の真意を今のミーシャは理解できなかったが、

その話を聞かねばならないという予感を得たのだった。


 ミーシャとエリーは互いに敬礼を解いていた。

「では、行って来ます」

「ええ。別に危険は無いと思うけど、気を付けてね」

「はい」

 そして、ミーシャは悠然(ゆうぜん)と扉を開くのだった。

 次の瞬間、ミーシャは別の空間へと転送されていくの

だった。



 気づけばミーシャは緑に輝き脈動する空間に居た。

 そこは無機質とも有機質ともつかぬ、それでいて不思議と

心落ち着き自然である領域であった。

「ここは・・・・・・」

 思わずミーシャは(つぶや)いていた。

「星の樹と呼ばれる場所です。全てが重なり繋がり合っている。

私やあなた、そして彼らの魂も」

 そこには一人の黒ローブの者が居た。

「クエルト・・・・・・」

 と、ミーシャはその名を告げた。

「どうも。ファントムさんとは会われましたか?」

「会ったわ。(ひど)く怒っていたみたいだけど」

 とのミーシャの言葉に、クエルトは苦笑するのだった。

「まぁ、あれは怒りたくなる気持ちも分かりますよ」

「あなたは平気みたいね」

 そう皮肉げに言うミーシャに対し、クエルトは肩を

すくめた。

「そうは言われましても、いまいち(いきどお)る気もしないん

ですよね。彼の気持ちも分からないでも無いですし。

まぁ、サギオスさんが居なくなったのは少し寂しく

はありますけど」

 と半笑いで答えるクエルトの目は、どこか(うれ)いを

(たた)えているように見えた。


「ここにロータ達が居ると聞いたのだけど」

「ああ、居ますよ。エルネラが治癒(ちゆ)(ほどこ)して

ます。ただ、彼らの意識は戻ってませんよ」

「そう。なら何が起きたか、あなたが聞かせて

くれるかしら?」

 とのミーシャの言葉に、クエルトはこくりと(うなず)くの

だった。


「しかし、あの戦いは複雑でして、私の口からは何とも。

ですが、結論なら言えますよ」

「皆、結果ばかりね」

「それは仕方ないですよ。不確定化が進んで居た世界での

話ですからね。まぁ、いずれ確定されるんじゃないですか?」

「奇妙なものね。過去なのに確定していないなんて」

 そう言いミーシャはため息を()いた。


「まぁ、未来と過去は鏡映(かがみうつ)し。過去より未来が

(つむ)がれるように、未来より過去が収束する事もあるん

ですよ」

「そう。なら、私に未来を教えて頂戴(ちょうだい)

 と言うミーシャに対し、クエルトは-さもおかしそうに

笑うのだった。

「あなたは本当にせっかちですね。実に生真面目(きまじめ)だ。

しかし、となると余計に話したく-なくなりますね」

「何故?」

「いや、あの子をあなたは殺すかも知れない」

「あの子?」

 と、ミーシャはいぶかしげに言うのだった。

「ええ。邪神ミロスの()(しろ)-候補の少年ですよ」

「まさか、新庄(しんじょう) カイの事?何故、私が彼を殺さねば

ならないの?彼は生後半年の赤児じゃない」

 その言葉を受け、クエルトはミーシャの周りを

歩き出した。

「追い詰められた邪神ミロスは何とカイ君に憑依(ひょうい)

したんですよ。そして、それは成功した」

「そんな・・・・・・でも、赤児に乗り移っても何も

出来ないでしょう?」

「そう私達も思ってたんですけどね。どうもカイ君は

並の赤児では無かったようですね。カイ君に憑依した

ミロスは本当に脅威(きょうい)でしたよ。あのゼオスすら一撃で

吹き飛ばされるくらいでしたからね」

 とのクエルトの言葉に、ミーシャは驚きを

禁じ得なかった。

 世界最強のコード使いと称されたゼオスを

軽くあしらうなど、しかもほんの赤児がなど

とは、正直ミーシャの常識から大きく外れて

いた。


「そ、それでどうなったの?」

 と、ミーシャは核心を(たず)ねるのだった。

「サージェン特務課長の尊い犠牲により、カイ君は

救出されました。邪神ミロスは引きはがされ、消滅

していきましたよ。それが結末です」

「・・・・・・なら何の問題も無いでしょう?

サージェン特務課長の意志でもあるわけで」

「いやいや。一度でもミロスに憑依(ひょうい)された存在は

精神が強く汚染されますからね。しかも、赤児の

段階での憑依ですから、どんな影響が出るか全く

予想がつかない。下手をしたら第二のミロスとな

りうるだけの力をカイ君は秘めているんですよ」

 とのクエルトの言葉にミーシャは考え込んだ。


「ともかく彼に会わせて頂戴(ちょうだい)。もちろん殺す気は

全く無いわ。赤児を殺すなんて冗談じゃない」

「そうですか。なら、付いて来て下さい。ただ、

覚悟はしておいてくださいね」

 しかし、ミーシャは何も答えずに、無言で

クエルトの後を進むのだった。


 そこには赤児を優しく(かか)える一人の幼い少女が立って

いた。

 少女はミーシャを見るや、警戒して後ずさろうと

した。

「待って。私は敵じゃないわ。安心してちょうだい」

 とミーシャは優しく告げるのだった。

 しかし、少女はミーシャを強く(にら)み続けるの

だった。

「なら、何しにきたの?」

 との少女の言葉には(とげ)が含まれていた。

 また、少女は幼いながらも、しっかりしている事が

(うかが)えた。


 しかし、これにはミーシャは困ってしまった。

「カイ君の様子を見させてもらいたいの。悪い病気

にかかってないかって」

「病気だったら、カイを連れて行くの?」

「そんな事ないわ。それに治療が必要だとしても、

あなたも一緒に来てくれて良いのよ」

 とのミーシャの説明に少女は黙り込んだ。

「分かった」

 そう少女は答え、抱きかかえている赤児のカイを

ミーシャにそっと渡した。

「でも、カイに(ひど)い事をしたら絶対に許さない」

 そう告げる少女の瞳は暗く燃えており、

戦士として浅からぬ経験を積んでいる

ミーシャの心すら、ざわつかせた。

「わ、分かったわ。約束する。カイ君に危害は

加えない。あなたも傍で見ててね」

 それに対し、少女はコクリと(うなず)いた。


「ミーシャさん。何をするつもりですかぁ?」

 との脳天気なクエルトの声が、うっとうしく響いた。

「カイ君の《(たい)コード》にアクセスします。万一、

邪神の思念が残って居たら、事ですので」

「なる程」

 そう意味深(いみしん)にクエルトは答えるのだった。


「じゃあ始めます」

 と告げ、ミーシャは赤児のカイに手を当てた。

 そして、自身のコードをカイに繋げ、一気に

その内部へと意識を飛ばすのだった。



 ミーシャの意識は電子的空間に訪れていた。

 そこはカイのコードの中であり、光と数列により

構成されていた。

『・・・・・・走査(そうさ)を開始する。リン、レン、ラン、来なさい』

 次の瞬間、3体の電子精霊の少女達が召喚されて来た。

 彼女達は手の平に乗るくらいの大きさで、妖精と呼んだ

方が適しているかも知れなかった。

 ミーシャは直接の戦闘能力は高いとは言えなかったが、

電子戦においては非常な力を有していた。


『マスター、何か来ます』

 と電子精霊のリンが告げた。

『ランとレンで防衛(ぼうえい)機構(きこう)-並び

隠蔽(いんぺい)結界(けっかい)を展開。リンは

引き続き、周囲の索敵(さくてき)を』

 そのミーシャの(めい)に3体の電子精霊達は了解し

それぞれのコードを構築し出すのだった。


 その時であった。

 遠方より、格子状(こうしじょう)のレーザーが迫って来た。

『敵-防衛機構による走査(そうさ)です。しかし、現状においては

敵はこちらの存在を断定していないと思われます』

 リンの報告にミーシャは同意見だった。

『回避行動を取る。補助を』

 そして、ミーシャは次々と迫るレーザーの網を

避けていった。

 一方で、レーザーは形を螺旋状(らせんじょう)や有機的な

樹状(じゅじょう)(けい)になど次々と変化していき、それを

(かわ)し続けるのは困難を(よう)した。

 とはいえ、電子精霊の補助により、レーザーに

かするだけなら《当たり》と判定されなかった。


(しかし、何なのこの異様(いよう)走査術式(そうさじゅつしき)は。

いくら邪神に憑依(ひょうい)されていたといえ、あまりに複雑な術式

だと赤児の脳に保存できるわけが無い。でも、これはウィザード級

のコードに(ひと)しいか、それ以上。どういう事?まさか、

カイ君は邪神ミロスに匹敵する力を潜在的に有していた

という事なの?)

 との考えにミーシャは回避行動を重ねながら

身を震わせた。


(危険だ。確かにこれは危険だ。カイ・・・・・・この子は

クエルトの言うとおり、神にも悪魔にもなれる存在だ。

万が一、ミロスの情報思念がカイの片隅に残っていた

場合、将来的にはカイはミロスの力を使いこなして

しまうかもしれない。そうなった時、どれ程の犠牲

が出るか。それなら・・・・・・)

 その時、ミーシャの脳裏を冷酷なる考えがよぎった。

(殺す・・・・・・?無理だ。それは出来ない。でも、現に

彼の体内に異様なコードが構築されている以上、それ

を排除せねばならない。仮に彼の魂が傷つこうと。

エージェントとして、やらねばならないッ)

 と、ミーシャは苦渋(くじゅう)の決断をするのだった。

 

 まさにその時、レーザーが次々とミーシャに直撃して

いった。そして、防衛機構はミーシャの存在を深く認識

するのだった。

『別に良いわ。もう隠れる必要も無い。リン、レン、ラン。

これより電子戦を()(おこな)う。防衛要塞-並びに、

γ(ガンマ)ウイルス群を展開』

 そして、ミーシャの周域に電子機械的な空中要塞が出現し、

ウイルス術式をばらまいていった。

 その巨大な空中要塞の(うち)にミーシャは移っていた。


 その時だった。

突如として、警戒音(アラート)が鳴り響いた。

 それはさながらに、核ミサイル発射時に鳴らされる

《国家警戒サイレン》に似ており、聞く者の心を不安

焦燥(しょうそう)に導くのだった。

 

『来ますッ!』

 とのリンの叫びと共に、功性術式(こうせいじゅつしき)が次々と

ミーシャに向かい襲いかかってきた。


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