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桜色の涙  作者: 柴咲遥
11/18

8日遅れのホワイトディ

17日の午後、自転車で家を出る、頬にあたる春風がとても気持ちいい。

駅までの下り坂を風を切って一気に駆け抜ける、これが中学生の頃から私が大好きな瞬間。

(この瞬間もあと何回・・・)

そう思うとこの瞬間を、心に刻み付けていこうと思ったりする。

震災でガラガラになった通勤電車に乗って横浜駅に着く、いつものようにバスに乗る、いつも通っているこの風景も今日は少し灰色に染まって見える。

「桜、もう3分咲きなのに」

そしてまた、診察室の待合室の椅子に腰掛けて、名前を呼ばれるのをひたすら待つ。

「このまま名前なんて、呼ばれなきゃいいのに・・・」

なんて思っていると不意に自分の名前が呼ばれ我に返る。

「柴咲さん、柴咲亜美さん、1番診察室へお入りください」

(今日は1番か・・・)

私は返事もしないで、無言で立ち上がる。

「こんにちは」

「こんにちは、柴咲さん、ごめんなさいね、予定変更させちゃって、今回の震災でうちの病院からも何人かドクターが派遣されそうなのよ東北の方へ 」

「そうなんですか」

「地震、すごかったわね、私病院だったから結構平気だったけど、柴咲さんは?」

「私は会社で」

「そぉ、じゃあ帰り大変だったわね」

「・・・はい」

今日の鈴木先生はなぜか?すごくおしゃべりだ。

先生はPCの画面を見て話始める。

「柴咲さん、腫瘍マーカーの数値も上昇しているから、骨転移には放射線治療、あとホルモン治療もすぐに始めた方がいいと思うの。」

「先生、 私、治療始めるのもう少し待ってもらえますか?」

「え?どうして」

「桜・・・ 桜が散る4月中旬まで、ダメですか?お願いします」

「治療は、少しでも早いほうがいいの解ってるでしょ?」

「解かってます、わかってるけど・・・でも、お願い、します」

先生は私の顔をしばらくじっと見つめて。

「わかった、そうしましょう」

そう呟いた。

「じゃあ、何かあったら、うぅ~ん体調・・・とか、少しでもおかしいなって思ったら私に直接連絡ちょうだいね、携帯の番号知ってるわよね」

「は・・・い」

「よし、じゃあ、今日は、あと血液検査だけね」

「先生、ムリ言って・・・ありがとうございます」

「いいのよ、あなたがいろいろ考えて出した結論でしょ?」

「はい・・・」

「それを尊重するは」

病院を出てから深田さんに来週から出社することを伝える。

鎌倉への帰りの電車は普段ならラッシュの時間帯なのに、空席が目立つ異様な光景で、私も空席を見つけ座ってフェイスブックを開く。

「あっ、また書き込み・・・」

<震災の当日、私はお土産に 石巻 白謙の「笹かまぼこ」をお土産にしていました、あの日帰れなくなって、避難所にいる皆さんと、かまぼこ皆で分けて食べました。またいつか仙台に出張する時には白謙の「笹かまぼこ」お土産にしますね>

「なんだか、堤さんらしい」

私はひとりその文面を読んで微笑んでいた。

「でも・・・どれだけフェイスブックで言葉を尽くしても、たったひとつの想いを伝いきれない、逢いたいよ・・・今すぐ」

自転車での帰り道、鎌倉の桜も5分咲きくらいかな?

私はこの想いを伝いえよう、伝えなきゃきっと後悔してしまう、そう思いはじめていた。

<堤部長 ご心配おかけしてごめんなさい(。-人-。)震災後少し体調崩しちゃって、でももう大丈夫です“ヘ( ̄∇ ̄ ) 出張キャンセルになったのなら少し休んでくださいね、では火曜日 おやすみなさいzzz >

21日春分の日、私は髪を切りに行った、その帰り横浜でかわいいピアスを見つける。

「明日はこの新しいピアスをつけて行こう」

22日 10日ぶりの会社、すごく長い時間が過ぎ去ったような気がする。

「おはようございます」

オフィスに入ると、堤部長はいつものようにデスクでテイクアウトしたスタバのコーヒーを飲んでいた。

私はコンプラのスタッフに挨拶すると、堤部長の方へゆっくりと歩き出す。

「堤部長、ご心配おかけしました・・・今日からまたよろしくお願いします」

「あっぁ大丈夫?」

「はいもう・・・」

私は笑顔でそう答える、でも、もう、それ以上言葉が出てこない・・・

時計は17時20分を回っている、クレーム対応に思った以上に時間がかかって定時には帰れそうになかった、18時が過ぎてオフィスには数人の姿しか見えなかった。

少しトラブル絡みの、折り返しの連絡を待っていると堤部長が私の方へ近づいてくる。

「何か・・・問題でも?」

「いえ、大丈夫です、あと10分くらいで処理出来ますから」

危うく堤部長の口癖「大丈夫です 問題ない」って答えそうになって、笑うのを我慢する。

「そぉ、・・・ちょ・・・ちょっと待ってて」

そう言い残し堤部長は、オフィスを出て行った。

同時にクレーム処理の確認の連絡が入りホッとする、PCをシャットダウンすると堤部長が戻ってきた。

「これ、ホワイトディ・・・もうだいぶ過ぎちゃったけど・・・14日渡せなかったから」

そう言って真っ白な手提げ袋を私の前に差し出した。

「えっ、私に?いいんですか?」

私は少し躊躇してその手提げ袋を受け取った。(やだ、私また)

私は目の奥が熱くなって、涙がこぼれるのを必死に抑える。

「私、わたし・・・あの~私」

「ん?どうした?」

「いえ、ありがとう、ございます」

私はうつむきながら、そう応えるのがやっとだった。

堤部長はそのままデスクに戻ってPC画面を見ていた、私はデスクで一度大きく深呼吸をして部長のデスクの脇を通り抜ける。

「堤部長、お疲れ様でした」

私は出来るだけ笑顔で挨拶してオフィスを後にする、部長はチラッと私を見て右手を上げた。

私は頂いた真っ白な手提げ袋が横にならないように慎重に電車に乗り込んで、鎌倉駅からは自転車の籠に入れてゆっくりと家に向かった。

「ただいまぁ~」

「おかえりなさい~少し遅かったのねぇ」

キッチンには夕食のお皿が並べられていた。

「うん、休んでいた分ちょっとね」

「そぉよね~お疲れさま、あれっ、あっそれ堤さんからでしょ~もしかしてちょっと遅いホワイトディとかぁ」

「・・・」

「やっぱりぃ そうなんだ・・・」

母は得意げに笑ってそう言った、いつもながら神がかり的直感。

「着替えてくる・・・」

私は否定も肯定もせず2階へ上がる。

リビングに戻ると母が手提げ袋の前に座って待っていた。

「何かしらねぇ~やっぱりクッキーとか?ありきたりよね~」

「もぉ、お母さん何やってんのよぉ」

「だって気になるじゃない、早く開けてみましょうよ」

真っ赤な箱にはシルバーのリボンがかかっていて箱を開けるとパステルカラーのマカロンがキレイに並んでいた。

「わぁ~キレイねぇ~どれも美味しそう、亜美がマカロン大好きってよくわかったわね」

「偶然よぉ・・・でもキレイだね、このマカロン」

「1個食べてみようよ」

「えぇ~まだ夕ご飯・・・」

「いいじゃない、1個だけ、ね」

そう言って母は箱の中をジッと見つめた。

「私・・・これ」

「え?」

「じゃあ私これにする・・・ってなんでお母さんが先に選ぶのよ~」

母は笑って黄色いマカロンをつまんで口に入れた。

「うぅ~ン美味しい、サクサクしてレモンクリームが合ってる」

「うん、このカラメルクリームも美味しいねぇ」

もう1つ食べたい気持ちを押し込んで私たちは夕食にする。

食後はお気に入りのティカップに紅茶を入れて、母とふたり8日遅れのホワイトディを楽しむ。

母はもう堤部長との仲を訊くことはなかった。

ただ優しく、応援してくれているような、そんな気がしていた。

深夜なかなか寝付けない・・・ベッドでマカロンのお礼を伝える。

<マカロン私大好きなんです♪なんで知ってるんですか ありがとうございます=*^-^*= ホワイトディ 震災ですっかり忘れていました、今夜お気に入りのティカップに紅茶を入れて頂きました☆堤部長って意外とかわいいもの選ぶんですね♪>

さっき撮ったティカップとマカロンの写真を添えて送る。

そしてまた続ける・・・

<まだ寒い日もありますが、鎌倉の桜も咲き始めました。鶴岡八幡宮 段葛の桜並木はとてもキレイで私の大好きな場所です(o^-')b >

鎌倉の桜、一緒になんて・・・そんな想いを伝える勇気は未だ今の私にはなかった。

思いがけずすぐに返信が届く。

<マカロン実は私も大好きです♪鎌倉の桜はさぞかしキレイなんだろうなぁって思います。桜を見ると故郷を思い出します、仕事あまり無理しないで>

「マカロン 部長も好きなんだ~意外」

共通点があったことに少しテンションが上がる、そしてすぐにまた返信する。

<故郷ですか、いいですね^^堤部長って、どんなお子さんだったんですか?私は、すごくお転婆で(今でもですけど)テヘ(*゜ー゜)> 小学生の頃は 男の子をよく泣かせていました"(/へ\*)"))ウゥ あの頃に戻りたいなぁ♪>

<私は、友達と山や川で毎日夕方まで遊んで帰る ガキ大将?かなぁ>

<あぁ~何だかそんなイメージありますよね 堤部長のことだからみんなをいざという時、守ってくれる 頼もしくて優しいガキ大将だったんでしょうねその頃の堤部長に逢ってみたいな>

<どうだろう?でもあの頃は毎日が楽しかったなぁ>

深夜のフェイスブックで、また少しふたりの距離が近くなった、そう思いたかった。

< お(^○^)や(~o~)す(゜o゜)みぃ(- -)。0O >

ベッドに入って目を閉じると部長の顔が浮かんでくる、なんだかそれだけで幸せで、明日になるのが待ち遠しかった。


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