第四話 ついにきたる今日
そして今日、とうとう側室候補としてヴィングリー国に入った。
準備はあっという間だったというか、主に叔父と母がノリノリで進めていくため、なされるがままだった。
戸籍を偽って他国の側室候補になるなど、普通の国なら許されないだろう。
ただ、この国は、なんというか、許される・・・というわけではないんだが・・・なんといっていいのやら。
まあとにかく、鍛錬する暇もなく礼儀作法を見直し、地味なドレスをつくるために採寸をし(なにか違うような)、新たに戸籍がつくられた貴族の設定を頭にたたきこみ、父からなにやら細々といわれ(嫌になったらすぐに帰ってこい。すぐに跡形もなく消してやるから。などと)薄ら寒いことをいわれたので、絶対に父には報告などできないなと思いつつ、今日がきた。
今日会える。
やっと会える。
ちょっと型の古い馬車に乗り(わざわざ作らせたらしい・・・・)、王城前の門をくぐる。
私の国からヴィングリー国まで二日かかり、その間、緊張にどくどくと熱くなる体を抑えきれず馬車をとめて休憩している間、森にて居合切りをして、気持ちを落ち着かせた。
これから側室候補となる女がすることではないと分かっているが、これが一番落ち着くのだ。
そして門を抜け、馬車を降りてから、大部屋に案内されるとそこには
女性の大群がまっていた。
顔が思わず引き攣る。
みんなきれいに着飾っていることからどうやら側室候補として集まったらしい女性たちだとわかる。
それぞれ顔見知り同士でグループが出来ているものの、笑っている顔から想像もできないほど辛辣な言葉が行き交っている。
ここはすでに戦場なのだ。
けれど王はどこに?
と周りを見渡すと、ふいに視線を四方から感じた。
視線があった方を振り返ると、そこには女の人たちの、差別剥き出しの表情があった。
「なにこの地味なドレス。流行遅れどころじゃないわよね。」
「いかにも身分が低い貴族が、精一杯背伸びしましたーって感じ。」
すごい、母のこのドレスのコンセプトを言い当てている。
なにやら、蔑まれているのは感じるが、いかんせんなにも感じないのはいけないのだろうか。
いつも荒くれ共と鍛錬しているせいか、そういう女たちの嫌味などが通じないというか、初めて言われたので逆にすごいと思ってしまう。
こういう経験はやはりしないといけないと思わず感じてしまった。
上に立つ者はまず、どんな立場をも知り、その立場に立って考えるのだと父は常日頃話していたのだがそういうことなのだと考える。
やはり、今回の母の提案はよかったのかもしれない。
そう思っていると、いきなり、女たちのおしゃべりが静まった。
なんだ?と思って振り返ると、部屋の中で一段高く作られているところに、誰かが座っていた。
あ、れは
ぶわっと鳥肌がたつかと思った。
彼がいた。
8年という年月を経て、たくましく、とてもかっこよくなった彼が・・・。
王としての存在感があり、彼がいるだけで空気が重くのしかかる。
あぁ、あの男の子はこんなにもすばらしく成長したのか。
あまりにも長い一瞬だった。
「よくぞまいった。側室候補の方々。ごゆるりとすごされよ。」
その声は、低いバリトンで、聴くだけで体がぞくぞくとしてくる。
何ども想像した男の子の声は、成長した男の声にたちまちかき消される。
ここからでは小さくしかみえない王はそれだけいうと、さっと立ち上がり、ふうっとため息をついて部屋からでていった。
やがて、女たちはそれぞれの部屋に侍女たちと向かう。
「そろそろ行きましょうか。」
と同行してくれたアンナがほどこすために部屋へと案内されるままに進む。
この気持ちは一体何だろう?
頭がぼぅっとする。
恋に落ちたとき、鼓動はどくどく音を立てていた。
今は成長した彼を思うたびに、とくんっと大きく胸が鼓動をうつ。
会えるだけでよかった。
8年も会うことなく、ただぼんやりと初恋の人として思い続けた。
会えたらなにか、このしがらみともいえるものから開放されると思った。
なのに、
もっとしがらみが、からみついたかのように思えるのはなぜだろうか。