第十五話 レンゲルドの答え
彼がくる。
宰相にその情報を教えられたとき、俺は思わず身震いしてしまった。
彼はいった。
「シュバルティ帝国の貴族の誰かが、違う国と婚約を結ぶことによる混乱を考えたことはあるか」と。「その意味を理解したと思う頃に、またこの国を訪れる」とも言われたのだが、彼がこの国にくるということは、頃合がきたということだ。
この何年もの間、ひたすら彼女のことを考えて、がむしゃらにやってきた。
そう、全ては彼女のため、そして彼女との橋をもつ彼に己とこの国を認めさせるため。
今回の訪問で、全てが決まる。
俺は妙な確信をもっていた。そしてそれは見事に当たっていたのだが、結局は全て彼―――――ルドヴィリー殿下によって巧妙に仕掛けられていたのだと気づくのは、そう遠くない未来のことであった。
今宵は后候補のための最大の夜会が開かれる。彼女らはあと三日もすれば帰ることになるのだが、そのことに対して十分焦っているらしい。
結局ほぼすべての后候補が、あまり王に接近できず、親しくなる機会もないままにきてしまったため、今日に賭ける情熱は各々素晴らしいモノがあった。
どこもかしこもキラキラとしていて、逆に煩わしい印象を受けるが、后候補たちがいるのもあと三日。その三日を乗り切れば、またあの懐かしき静けさが戻ってくる。
そしてなにより、俺は夜会よりも重要な謁見があったために、正直あまり夜会を気にする余裕などない。
というかわざわざ忙しい夜会当日の、しかも夜にルドヴィリー殿下はおとずれるというので、周囲のものたちはその準備に追われ、城の中は騒々しいものとなっている。
ルドヴィリー殿下が訪れるという情報が、どこからか漏れたために、今回の夜会で今だ独身であるルドヴィリー殿下の目にとまろうとする者たちもいるようだ。
しかし、そんなことはどうだっていい。
今夜が、勝負だ。
「やぁ、久しぶり。今夜は夜会だって?忙しいときにすまないね。」
まったくそんなことを思っていないかのように軽やかに笑い、くだけた言葉で話す彼。
「いえ、ルドヴィリー殿下には、わざわざ越しいただき、お話を承ることに関して、大変光栄に思っております。」
「君の父上は元気にしているかい?病気が回復にむかってきているようだと聞いたのだけれど。」
「はい。ここ数年静養していたことが幸をそうしたのか、徐々に回復に向かっており、私としても安心をしております。」
なかなか本題にはいかない。しかし、焦ってはいけないと自分に言い聞かせる。
あの時のような失態は犯したくない。そう思った矢先に、いきなり爆弾はきた。
「で、まだ彼女のことは好きなの?」
顔はさっきと変わらず笑顔のまま、彼は問い詰める。
いきなりの言葉に、一瞬口を紡ぐが黙っているわけにはいかないと、俺は口を開いた。
「はい。俺は彼女以外を后にするつもりはありません。」
今回の催しに関しての俺の意思を伝えるためにも、この言葉は言わなければならないと思っていた。
今回后候補を集めたことで、彼女を諦めたのだと思われてはたまらない。
「君は、シュバルティ帝国の貴族が、この国の王と婚約を結ぶことによる混乱をどう抑える?」
ああ、ついにきた。
この言葉は長い間俺を縛り付けてきた。
この言葉は俺が外の世界へと視野を広げるきっかけとなったもので、俺自身と、この国、ヴィングリー国を見直すきっかけとなった言葉。
戦争に勝てたのも今のおれがいるのも全てはこの言葉から始まったのだとしみじみと思う。
このときのために、俺はいままでがむしゃらにやってこれたのだ。
今までの努力が後押しをするかのように俺は自信をもって答えた。
「俺の全人脈と、他の国とのつながり、そして俺自身とこのヴィングリー国全てをもって彼女を守ります。」
「・・・・・それはそれは、大きいことをいったねぇ。」
目を軽く開きながら笑顔は消え、真剣な表情へと変わっていくルドヴィリー殿下。
重苦しい威圧感が殿下から醸し出されるが、俺はひるむことなく殿下を見つめ続ける。
「彼女を守る、か。それは混乱よりも彼女を優先するということなのか?最悪ルドヴィリー国に陰ながら襲撃をする国も出てくるかもしれない。そんなとき、シュバルティ国は彼女を優先に助け出す。平等の名のもとに我が国はこの国を見捨てるかもしれない。それなのに彼女を優先的に考えていいのか?」
たしかにそうかもしれない。
シュバルティ国は偏ってはいけない平等の国。身内ならば全力で助けるが、それ以外はけっして贔屓できないのだ。
しかし、俺の信念の中心にいるのはこの国ではない。彼女だ。
もちろん、この国は好きだ。家族も、この国の民も守りたいとは思う。
しかし、どうしても彼女は特別なのだ。そう、この国よりも。だからこそ、俺はどちらも守れるように国をつくりかえてきたのだ。
「・・・この国は、彼女を守れるように私が今までたくさんの事業、自衛を手がけてきました。彼女を守るための国に、俺がしたのです。だから、彼女を守ることのできるこの国を俺は守る。彼女がこの国で安心して暮らせるよう、この国の敵はこの俺自身が全力で相手をする。この国を危機に陥れなど、させない。」
思わず、熱が入りすぎたのか、敬語も忘れ、自分のことも俺などと、ルドヴィリー殿下の前で言ってしまった。
殿下は真剣な表情で俺を見る。
沈黙があたりを包むが、これが、俺が数年をかけて導き出した答えだ。