第十四話 レンゲルドの見過ごし
后候補を呼んではみたものの、俺自身がその者たちの前に現れることはほとんどなかった。
大臣には押し負けたが、本来ならばこのような催しに反対だった俺にしてみれば、なぜわざわざ貴重な時間を割いてやらねばならないということだ。
まだ、戦争が終わった直後でなければ、いちおう各国の主賓として王自らもう少し丁重に扱っただろうが、戦争の事後処理に追われている今、そのような余裕はない。
今回の催しは后を見つけるというよりは、様々な国とのつながりを薄くでもいいからつけるといった意味合いが俺のなかでは強い。
それが、たとえ周囲の思惑とは違っていようと、俺にはまったくもって后など興味がわかなかった。
それは、偶然居合わせた后候補に擦り寄られたり、色仕掛けで迫られてもまったくもって変わらず、そのことを屈辱的と捉えた后候補たちが、王と密会をしたなどとホラ話をすることで溜飲を下げるようになるのだが、それもまあ、俺にとってみれば好きにやってくれという気持ちである。
------------------------------------------------------
この状態に対してやきもきしているのはなにも后候補のみではなかった。
周囲の大臣たちもまた、まったく女たちにかまおうともしない王に対して歯がゆい気持ちでいっぱいであった。
レンゲルドが急に、王になるための勉強を本気でしだしたのを見たときには思わずホッとしたのだが、それと同時にレンゲルドの女遊びはピタリと止んでしまった。
そこも本当ならばホッとするところであろう。どこの出かもわからない女を孕ませてしまうようなリスクがなくなったのだから。
しかし、それにも限度があるだろうと、大臣一同は思う。
レンゲルドがルドヴィリー殿下にあった日、つまり14歳から今まで、レンゲルドはずっと女を抱いていないのである。
思春期真っ盛りな時期を、清廉潔白に過ごしたレンゲルドに対して大臣たちは逆に別の心配をしなければならなくなった。
レンゲルドにとっては、自分が后にしたいと願う彼女以外は欲情もしないし、抱こうとも思わなかったためになんら不思議ではないのだが、大臣たちにとってみれば、世継ぎ問題に発展する大問題。
この機会にぜひとも后を娶ってもらい、ゆくゆくは世継ぎを!と考えているのだが、そのような切実なる願いをレンゲルドはまったくもって察知していなかった。
-----------------------------------------------------
誰か俺の気をひくような女はいないのか、と大臣が王宮で働く者たちにきいたのは、后候補がこの城に来てから一週間は経過した頃だった。
騎士や次女たちが様々な后候補の話を俺の前でするのだが、俺自身はまったく興味がないために書類処理を淡々と行なっているという有様。
そんなとき、王都騎士団の中でも上の位置に属するシィーリィーが俺を訪ねてきた。
相変わらずのきなくさい笑顔に、ルドヴィリー殿下と同じ臭いを感じると俺は密かに思ったのだが、顔は無表情のまま、受け答えをする。
「お前が来るとは思わなかった。」
俺のその言葉に対してますます笑顔を深めるシィーリィー。
「昨日面白いお方を見つけまして。」
「お前が興味を引くほどか?」
思わず、俺は書類から目を離して、シィーリィーを見てしまう。
このシィーリィーという男を俺自身あまりよく知らずにいる。
有名な貴族の名を受け継ぎ、騎士としても優秀、しかし出世欲はなく、自分への評価に対してあまり関心を持っていない。
同僚との諍いなども軽く受け流すために問題を起こすことなく、部下からの信頼も厚い。
だからこそ自分の妹の護衛につかせているのだが、一方で俺を恐れてるような態度は一切なく、なにを考えているのかいまいちわからないといった不気味さも兼ね添えている。
決して自ら目立とうとしないシィーリィーが今回、王に后候補の女を紹介するということは、今までの態度からみても少々違和感を感じるのだが、それが逆に、その女への興味を強くする。
「それで?どこの令嬢でどんな人なんだ?」
「それがだれなのかわからなくって。とにかく、剣術が強いんですよね。あの剣さばきには惚れ惚れしました。鍛錬しにいく途中だったみたいなんで訓練所に行くよう誘って、一緒に鍛錬しました。一応后候補であることは伏せて訓練所に行きましたんで、その時居合わせたものたちは、彼女が后候補であることに気づいてはいないようです」
「ちょっとまて。」
一体なんの話をしているのだと頭を抱えたくなった。后候補の話だったのにどうして、名前はわからないが剣術が強いとかいう話になる。
だいたいなぜ訓練所に誘った。
いろいろと突っ込みたいのをおさえ、俺は一番したい質問をいう。
「本当に后候補なのかその者は?」
「はい、後宮の方からドレス姿で侍女と歩いてました。一般的な茶色の長い髪で、綺麗な方でした。」
なんと不可解な話だろうか。女性が剣術を学んでいることにたいしては、この国に女性の護衛兵もいるため特に驚くことではない。しかし、シィーリィーがすごいというならば本当に剣術は強いのだろう。
ある意味俺はその女に少しだけ興味を持ったが、いかんせん名前すらわからない。
本気で調べようとするのならすぐにみつかるであろうが、あいにくそこまでの興味はなかった。
ただ、面白い女性もいるものだ、と頭の片隅においたのは確かだ。
その様子にニヤリ、と笑みをますます深めたシィーリィーを、書類処理にもどった俺が気づくことはなかった。