第十三話 レンゲルドのため息
「后だと?」
その話は戦争が終わってあまり間がたってないころに、大臣たちによってもたらされた。
「今は戦争の事後処理で忙しいことはお前たちも重々承知しているだろう。なぜわざわざ厄介事を増やさねばならない。」
ただでさえ冷酷、無表情といわれている俺の顔がますます固くなっていくのを、冷や汗をかきながら大臣たちは見守っていた。
生唾をごくりと飲み込み、大臣の一人が勇気をもって言葉を続ける。
「はい。それはもう承知しております。しかしながら、この戦争の勝利はこの国を揺るがすほどの出来事なのであり、それを成し遂げた王の祝福を、国の者たちは今か今かと待ち望んでいるのです。もちろん、私たちもですが、この国を平和にしてくださった王に、今度は幸せになっていただきたいと国民みんなが考えているのです。」
俺にひたりと見つめられ続け、滝のように汗を流しながらも、その大臣は一歩も引くことなく、俺を説得し続ける。
「・・・今、戦争に勝った国として我が国は周囲の国から注目を浴びている。この機会に、他の国とのつながりを強くする・・・か。」
俺の抑揚がない、淡々とした声で言われた内容に、大臣の顔は青を通り越して真っ白になっていく。
周囲の大臣たちもみな一概に顔をひきつらせていく。
俺がなにを思っているのかわからない分、怖いというのもあるのだろう。
そこまで恐怖を持っていてもなお提案してきた勇気には評価したいな、と今話していることとはまったく違うことを頭の中で考える。
「ようは、俺を使って他の国を引き寄せるということだな。」
「そんな!王を使うなどと!」
王の言葉に思わずといったふうに一人の大臣が声を挙げる。
「王は、長年他の国とのつながりにこだわっておいででした。この機会にパイプをつくることはたやすく、今ならばどの国からも王妃や側室の縁談をいただけるでしょう。」
その言葉を聞いて、俺は一度、ふむ、と答える。
たしかに大臣の言葉には説得力がある。他の国とのつながりは俺個人としてもつけたい。
俺が思い続けている彼女の話を彼らにするつもりはないが、このまま縁談を破棄するとなると、たしかにこの国にとって進歩はないに等しい。
せっかくのつながりをこのまま捨てるのか?
しかし、縁談などがきていたとしても、俺は彼女以外を王妃にするつもりもないし、側室もいるだけ無駄だ。
なにより、つながりをつけてこの国のメリットを増やしたとしても、彼女を手に入れることができなければ意味がない。
そう、頭の中で考えたとき、自然と答えはでていた。
「やはり、縁談は見送る方向で考えておけ。いまは戦争の事後処理が先だ。」
彼女が俺の原動力であり、物事をするにあたっての比較対象なのである。
彼女に有益のあるもの、彼女を手に入れるために必要なものを一番に考える。それが今までの俺の行動の中心であり、今後も変えることはない、俺の信念である。
この信念は揺らぐことはない。そう、思っていたのだが・・・・
少し、甘かったらしい。
大臣たちはあの日、一度はひいたが、その後毎日のように俺のもとに訪れ、しまいには父や母、今年11歳になる弟に宰相のロンフィルまで味方につけ、俺のため、国のためにと語り続けた。
それはいつの日からか、俺への愛がどれほど強いかに話がかわってゆき、尊敬しているからこそ、幸せになってほしいなどと泣きつかれる羽目になっていった。
王である俺に忠誠を誓ってくれている手前にぞんざいに扱うこともできず、日替わりで訪れる大臣たちに俺はとうとう妥協案をだし、この騒々しい日々をなんとか終わらせたのであった。
女たちが集まったホールを見渡して、思わずため息を吐きそうになるのをグッとこらえる。
俺は一体なにをやっているんだと、頭を抱えたくなってきた。
しかし、これは大臣たちとの攻防の末に妥協した案なのだ。
そして、各国の姫たちがいる中で、我が国の心象を悪いものにしてはいけないと、身を引き締めなおす。
軽く挨拶をすると、光り輝く女たちの目。
なぜこんなにもみな捕獲者のような顔をしているのだろうか。これではひっかかるはずの獲物も逃げてしまうに決まっている。
ああ、彼女に会いたい。
ただ一言が頭をよぎり、無意識のうちにため息がでていた。
その彼女がまさか、この中にいたなんてことは露知らずに。