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天使の仮面舞踏会  作者: 橘 伊津姫
プロローグ
8/26

『神』についての考察

「神」とは何ぞや? 俺の疑問に誰も答えてはくれなかったんだ。

「どうもー。ありがとうございましたぁ!」

 締め切り二日遅れの原稿を抱え、ホッとした表所で帰っていく担当者を見送った後、徹夜明けの頭をカシカシと掻きながら、クッションに腰を降ろす。

「伊津留、お疲れさん」

 シェリ・ルーがねぎらいの言葉をかけながら、半分使い物にならない俺の前に昼食を並べていく。

 正体不明の俺の同居人、シェリ・ルー。以前はどこで何をしていたのか知らんけど、作る料理は激ウマ! いつの間にか、我が家のおさんどん《・・・・・》と化している。

 しかし、テーブルに並んだ皿の数にも関わらず、俺の仏頂面が直らないのに気がつくと、

「い~づ~る~。消化に悪いから、メシ時に新聞読むのやめとけよ。それでなくても、この二日間まともに食事してないんだから」

「んー。ゴメンなさい」

 新聞を床の上に放り出すと、クッションにもたれながら卵焼きをひと切れ頬張る。ホコホコと湯気を立てている味噌汁をすすりながら、テレビのスイッチを入れてみる。

 どうにも気になって、落ち着いてメシも食えねぇ。

 シェラが何か言いたそうに口を開くが、俺に無視されて諦める。

『──謎の大型獣について、動物園などから逃げ出したオオカミやライオンなどではないかという声も挙がっていますが、これまでに、いずれの動物園からもそのような届けは出されておりません。警察からは夜間パトロールと大型獣の捜索をより一層強化する方針ですが、市民の方々も、夜間の外出は極力控えて欲しいというコメントが発表されました』

 画面の中で綺麗に着飾ってすまし顔の女子アナが、淡々とニュースを読み上げる。

 ったくよぉ。「私には関係ないわ」ってな顔しやがって。う゛ー。ムカムカ……。腹が立つからチャンネル替えてやる。

 くわえ箸でリモコンを操作する俺を見て

「おーい、伊津留。お行儀、おぎょーぎ」

 ……こいつ、変なトコにうっさいんだよなぁ。妙にババ臭かったりするのだ。

「ヘイヘイ」

 箸を置こうとした瞬間、CMを流していたチャンネルから、パッと画面が替わった。

『これが送られてきた映像です』

 嫌味なくらいカッチリと髪を分けた男性アナウンサーが、カメラに向かってそう言うと同時に、VTRに切り替わる。

「う、わ……」

「ひで……」

 俺とシェラ、同時に呟いてしまった。

 画面上に映し出されたのは、以前から不穏ふおんな噂の絶えなかった某国の映像だ。あちこちで鳴り渡る爆音。破壊し尽くされた街並み。瓦礫がれきの下から運び出される怪我人と、それを見つめる生気のない瞳をした人々。罪もなく傷付けられていく子供達の横で、誇らしげに機関銃を抱える少年兵。

 実家にいる俺の弟とたいして変わらないくらいだ。そう考えたら、見てんのが堪らなく辛くなってきた。

 プッ──ツン

 テレビをOFFにすると、漬物を口に放り込んで必要以上に大きな音を立てて噛み締めた。

「なあ、シェリ・ルー。お前、考えた事ねえか?」

「何を?」

 熱めのお茶を入れながら、シェリ・ルーが応える。俺は食べ終えた食器を重ねて下げると、湯呑みを受け取りながら続ける。

「俺はずーっと考えてたんだ。もしも『人間』を造ったのが、聖書にある通り“神”なんだとしたら。そしてその神が、本当に全知全能なんだとしたら。どうして“神”は人間に『争い』なんてモノを与えたのかってな。そもそも戦争の大半は、宗教が原因じゃねえか」

 シェラは湯呑みを両手でくるんで、何事か考え込んでいる。俺はひと口お茶をすすると、

「第一さ、人間ってのは“神”の似姿なんだろ? だったらさ、“神”の分身ともいえる人間にだぜ? 何で『争い』とか『憎しみ』なんて心があんだよ。わかんねーんだよなぁ」

 疑問符の連発である。この疑問は俺にとって何度も繰り返され、そして解答を得られぬまま、今日を迎えている。

 そう──。誰にも解答を出す事など出来ない問いなのかも知れない。

 でも──でも、もしかしたら。こいつなら、シェラなら解答を見つけてくれるかも知れない。そんな想いがあった。

 例え見つけられなくても、俺の考えを理解してくれるはずだという、何の根拠もない確信めいたものがあった。

 だいぶぬるくなったお茶を口元に運びながら、逆にシェラが俺に問いかけてくる。

「なあ、伊津留。“天国”ってのはさ、限られた選ばれた奴にしか行けない場所だと思うか?」

 信じる者は救われる。それは俺の一番嫌いな考え方、思想だ。

 信じよ、さらば救われん──裏をかえせば、信じる者しか救わない。極端な発想かもしれないが、俺にはセコく感じられて仕方がない。

 お前は私を信じない。だから私はお前を救わない。俺の事を信じてる奴だけついて来い。それ以外の奴等は、勝手に死にやがれ。やれやれって感じだぜ。結構、自分勝手な言い草に聞こえる。本当は違う解釈があるのかもしれない。でも、俺が今まで出会ったキリスト教関係者の皆さんは、納得できる解釈を提示してくれなかった。本当は彼らも分かっていないのかも知れない。

「俺は別に無神論者って訳じゃねーし、宗教嫌いって訳でもねえ。アンチ・キリスト派を気取っているつもりもないしな。一応これでも、実家の関係で仏教徒だったりするし。けど、選ばれた者にしかってーのが、どうしても納得いかねえ。要するに、最終的には“神”の好みの問題になっちまうようでな。“天国の門”をくぐる人間を一人でも拒絶した時点で、それは“神”を名乗る資格を失うと、俺は思う。まあ、あくまでも俺個人の意見だから、クリスチャンの人間が聞いたら激怒するかもしれんけどな」

 言いたい事は言った。胡坐を組んだ膝に頬杖をつき、シェリ・ルーに眼をやる。すっかり冷めてしまったお茶を飲み干すと、シェラ は湯呑みを掌に打ち付け、ニヤッと笑う。

「うん。俺もまったく同感だ」

 おい……。それだけかよ?なんか、肩透かしくらったみたいだな。しかし、それ以上シェラは何も言う気はないらしい。ちぇっ。がっかりだ。

 テーブルの上の食器を片付け、キッチンから聞こえてくる水音を聞いていたら、ドバッと眠気が押し寄せてきた。大アクビをしながら、キッチンに向かって声を掛ける。

「ヒェア~。あふっ。お前、今日も出掛けんのか?」

「いんや。今日は出掛けないで、うちにいるよ」

 水の音にかき消されないように、少しばかり張り上げたシェリ・ルーの返事が響く。

「それじゃあよぉ。俺、ちっと寝るわ。今日は外でメシ食って、真砂んトコ行こうぜ」

 水音が止み、キッチンからシェラが顔を出した。

「ああ、OK。伊津留が寝てる間に、洗濯物終わらせとくわ。しかし、今メシ食い終わったのに、もう次のメシの話か?」

 皆さんもお気付きの事と思うが、我が家の家事というものは、今や全てシェラを中心に回っている。決して決して、俺が強制している訳ではないのだ。ぜぇーんぜん押し付けたりしている訳じゃないんだ(何で俺、言い訳してんだろ? しかも必死に)。これはあくまでも、奴が自主的にやってくれている事なのだ。ま、俺がやるよりも数段手際がいいので、任せっぱなしになってんのも、また事実である──。

 ノタクタとロフトに上がると、布団の中に潜り込む。ゴソゴソ。この布団だってシェラがこまめに干してくれているから、いつもフッカフカだ。まったく。あいつが来てからの方が、信じられないくらい経済的なのだ。すでに俺ん家は、シェリ・ルーなしではやっていけなくなっている。あぁ~。トホホ。

 洗濯機のゴウンゴウンいう音を聞いているうちに、大挙してやってきた睡魔の波に呑み込まれてしまう。

 ──おーい、シェラぁ。色物の洗濯、別々にしてなぁ……。



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