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天使の仮面舞踏会  作者: 橘 伊津姫
プロローグ
4/26

シェラと真砂と顔のいい奴ら

シェラといい、真砂といい、何で……。グッスン。

「──ほぁ?」

 前髪をバサッとかきあげ、空を見上げてから

「夢だと思って死ぬならまだしも、伊津留ってば、生きてんじゃん。それって何でだろうなぁ?」

 眼を細めてニマッと笑うシェリ・ルーの顔が、スッゲー面白いイタズラを思いついた時のガキ大将の顔に見える。

「そ、そんな。大体よぉ、生き返らせただの、ケガを治しただの、どうやってやったんだよ? お前がやったっていう何か証拠でもあんのかよ。ええっ?」

 俺の先を歩いていたシェリ・ルーが、クルリと振り返り、人差し指を俺の顔の前に突き出してひと言。

「企業秘密です」

 目が点になった。何か、足元からスーッと力が抜けた感じだわ。

「わかった。もー、何も言わんでいい」

 無性に煙草が吸いたかった。ポケットの中の煙草の箱を手で押さえながら、大きなため息を吐き出した。

「ハアァァァ──」

 そのまま深呼吸して、腹に力を入れる。

「んじゃ、伊津留のところに行ってもいいのか? あ、もしかして家族と一緒? 一人?」

 ──? ここまで来て、何かシェリ・ルーが慌て始める。んだ?

「アパートに一人暮らしだけど?」

「エ? あ、いや。家族と一緒だったりすると、やっぱりマズイかなぁ、とか思ってさ」

「別にマズかぁねえよ。俺以外に誰かが住んでるわけでもなし」

 流れる車の列を見ながら目を眇める。

 むー。やっぱり眼鏡がないとキツイかも。

 普段の俺は眼鏡がないと日常生活に支障をきたす。細かい作業が好きなのと凝り性が祟って(単に姿勢が悪いとの噂あり)、俺の視力はかなり低下している。まったく見えない訳ではないが、見えにくい事に変わりはないのでイライラする。

「なぁなぁ、伊津留。本当にいいのか? すっげー迷惑なら俺、無理言わないぞ」

 隣ではシェリ・ルーが、いまだにゴチャゴチャ言っている。

「そんなら聞くけど、俺がお前の事『すっげー迷惑』っつったらどうすんの? まず今夜の寝床。どっか、行くアテでもある訳? なあ?」

 自分でも意地が悪いと思うよ。さっきまでやり込められていた、その反動なのだ。大人気ない事に──。

 シェラはグッと言葉に詰まると、ボソッと呟いた。

「別にいくアテなんてないよ」

 だろーと思ったよ。ったく。これを聞いてシェラを放り出せる程、俺は無慈悲にはできていない。

「はぁふ。来いよ。構わないよ、一人くらい増えたって」

 捨てられた仔犬みたいな瞳で俺の事を見ていたシェリ・ルーに、右手の親指を立てて言う。

「ん。頼むわ、伊津留」

 そう。余計な事はウダウダ言わない方がいい。

 ニパニパと笑顔を振りまくシェリ・ルーを連れて自分ん家の近くまで歩いてきた時、俺は妙な事に気が付いた。眼鏡がないので、多少ボンヤリと霞んで見える街の風景。いつも見慣れているはずの風景の中に、ハッキリと見えるモノが混じっている。

 例えば──。

 行き交う人々の足元をかすめる黒い影。5・6メートル離れた店の前にたたずむ、若い女性の表情。走ってくる子供にダブって見える奇怪な生物。地面からウネウネと這い出てくるデロデロ等々。

 それらは街の風景に溶け込む事なく、俺の視界に暴力的に飛び込んでくる。目をこすったり、まばたきしたりするくらいでは、それらは消えそうにもない。

「なあ、シェラよ」

 多分、俺の声は、みっともない程うわずっていたに違いない。

「なんか俺さ、変なモンが見えてんだけど」

「変なモン?」

 お、おおっ! 今、俺の前を横切った奴! オメー、何でシッポ生えてんだよぉ!

 一人静かにパニックに陥っている俺を見て奴は言った。

「もしかして、ウネウネとかデロデロ?」

 シェラの言葉に俺はただ、コクコクとうなずく。あ、涙目だ。

「ああ、別に大した事じゃあないさ。伊津留の傷を治したりするんで、俺の魂の一部がお前の身体ん中に入って、それが不安定なだけだ」

 なんだ、そんな事か。ってな顔だ。

「んじゃ、んじゃさ。その、お前の魂の一部とやらが安定すれば、こういうのは見えなくなんのか?」

 すがり付きたい思いで尋ねる俺に、シェラはニッコリ笑いかけると

「安心しろ。シッカリ、ハッキリ、クッキリ見えるようになる」

 あう──。

「でも俺が側にいる時は、ヤバイのは寄ってこないから。心配すんな」

 そのひと言に、俺はシェラの両手を握り締めてまくし立てた。

「来て。頼む。家賃入れろとか言わない。お願いします。一緒に住んでください」

 お目目ウルウルの俺の勢いに一瞬息を飲んでから、奴はのたまった。

「もちろん。ところで、伊津留の家って、ここから近い? まだ結構ある?」

「いや。あとちょっとだけど」

 何とか膝に力を入れ、背筋を伸ばす。

「あ、んじゃさ、ちっとばかし寄り道してもいいかな? 知り合いがこの近くに店を出してんだけど」

 クイッと目の前の路地を親指で示す。

「あんまり遠くじゃなきゃ、かまわねぇよ」

 何? 知り合い? いるの、この街に?

 シェリ・ルーの後について示された路地へ入り込む。

 ん? こんな所に道なんかあったっけか? ぬぬー。思い出せん。思い悩む俺を知らぬ気に(いや、完璧に無視して)、シェラはサクサクと進んでいく。ま、何とかなるでしょう。

 説明してもらいたい事は山ほどあった。そしてその質問のほとんど全部に、シェリ・ルーは説明する事はない。する気がない事も、同時に理解できてしまった。

 ──だが、この男とも女とも知れない美貌の持ち主。出会ってから(目覚めてから)数時間しか経っていない謎の人物「シェリ・ ルー」を信用する気になっている俺。

「ここ。この店」

 シェラの声につられて足を止めたその場所は、「仮面舞踏会マスカレード」と飾り文字の看板を出した喫茶店だった。

 ──カロン、カロロン

 ドアのカウベルが独特の音色で迎えてくれる。カウンターでグラスを磨いていたマスターらしき若い男が顔を上げ、シェリ・ルーと俺を認めると微笑んで口を開く。

「いらっしゃいませ。おや、ここんトコ姿が見えないと思ったら、本当に突然ですね」

「ご無沙汰、真砂まさご。店の方はどうよ?」

 カウンター席に腰を降ろした俺達二人の前に水のグラスとおしぼりを置き、肩をすくめて苦笑した。外人臭い仕草が様になっている。

「まあ、見ての通り。こんな店だからね」

 通りに面している窓ガラスから差し込む陽の光が、店内を柔らかく染めている。路地ひとつ入っただけで街の喧騒が遠い。まるで別の空間に入り込んだようだ。

「ご注文は?」

 真砂と呼ばれた男に声を掛けられて、俺はメニューに目を通した。ヒョイと顔を上げると、カウンターの奥の棚にズラリと並んだ酒のボトルが目に入った。俺のもの言いたげな視線に気付き、真砂はチラッとボトルに目をやり、

「残念でした。こっちは街の景色がセピア色に染まってから」

 そう言ってウインクをひとつ。ばっちり決まったそれが嫌味にならない。

「カフェ・オ・レ」

「ストロング」

 俺の事を外見で“こういう人物”と思い込んでいる奴は、一緒にコーヒーを飲みに言ったりすると必ず、

「え、萌木さんて、コーヒーに砂糖入れるんですか?」

とか言いやがる。悪かったな。俺は元々、基本的に、根本的に甘党なんだよ。

「あ、そうだ。真砂、紹介するよ。今度、俺の家主になった萌木伊津留。作家なんだぜ。そんでこっちが『仮面舞踏会』のマスターで、豪徳寺真砂ごうとくじまさご。でも豪徳寺ってな顔じゃないけどな」

 確かに古臭く、いかめしい姓にはそぐわない、色白のほっそりした青年だ。

「だから萌木さんも、真砂って呼んで下さいよ。姓の方で呼ばれると、何か自分もゴッツクないといけないような気になるから」

 俺の前にカフェ・オ・レのカップを置くと、ニコッと笑う。

 顔の造作は整っている。肩の辺りまで伸ばした髪を、根元でゆるく結わいている。

「俺の事も伊津留でいいわ。『萌木さん』とか呼ばれると、締め切りの催促にあっているみたいでさ。落ち着かんのだわ」

 しかしシェリ・ルーといい、真砂といい、何で顔のいい奴が寄ってくんだ? 腹立つなぁ~~~。

 ──ハァ。トホホ。だからって、 別に俺が不細工って訳じゃないからな。まあまあ、いい男なんだから。十人並みには男前なんだからなっ!

 負け犬の遠吠えにしか聞こえないトコロが、また悲しい。


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