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天使の仮面舞踏会  作者: 橘 伊津姫
プロローグ
3/26

シェリ・ルーというヤツ

目が覚めたとき、俺は確かに生きていた。よかったぁ。

 ガヤガヤと周囲がやかましい。

「──んー。ぬ?」

 意識が徐々に引っ張られ、感覚が戻ってくる。

「うにゅー?」

 ゆっくりと目を開く。つわー、眩しい。締め切りがずれ込み、地獄のような徹夜の後、何日か振りに太陽を見た時みたいだ。

 眩しさが過ぎると、まず、白い天井が見えてくる。そして窓と、外の景色。

 んー。どうやら俺は生き返ったらしい。常識で考えれば噴飯ふんぱんものの話しだが、今の俺にはこれしか言いようがない。ベッドの中で手足をワキャワキャ動かしてみる。うむ。大丈夫だ。ちゃんと動く。上半身を起こして思いっきりノビをする。

 お、お、生きとる、生きとる。ワハハハハ。

 一人でニマニマしていると、突然、声を掛けられた。

「気色悪い奴だナ、さっきっから」

 声のした方を見ると、椅子に腰掛けて俺の事を呆れ気味に見ている男がいる。

「──だっ、誰だよ、お前!」

 慌てた俺は、何を思ったのかシーツをしっかりと引き上げ、枕を抱きしめて問いただした。

「はーあぁ──」

 男は大げさにため息をついてみせる。

 あ、何か、見た事あんぞ、コイツ。

「お前、死ぬほど鈍い奴だな。っとにさぁ。命の恩人の顔くらい覚えとけよ」

 そう言って、茶色の長髪をかきあげた。はて、どこで見たんだったかいの? えぇーっと。

「ああ──っ! お、お前はぁぁ!?」

 思わず指差して叫んじまったよ。

 ああ、そうだ。こいつの薄茶色の髪を銀にして、色素の薄い瞳を金にしたら、夢ん中の奴だ。夢の──夢?

「五日間も眠ってたんだぜ、お前。あんまり暇だったから、あちこち治しちまうなんてサービス付だ」

 確かに手足に傷はなく、動いてみても痛みはまったく感じられない。

「看護師の姉ちゃんが言ってたぞ。気がつき次第検査して、異常がなければ退院してもいいんだとさ」

 おお、ラッキー! 昔から病院て嫌いなんだよなぁ、俺って。

 タイミング良くやってきた白衣のお姉さまに案内されて、検査のフルコース。結果を見ながら不思議だと首をひねり、頭を悩ませている医者共を尻目に、後日、会計金額を持ってくる事を了承してもらって退院。あのまま病院にいたら、生体実験されかねんぞ。

 街へ出る。おおぉ! シャバだ、シャバ! やっぱり外が一番だな! 歩きながら、買ったばかりの煙草に火を点けようとした。

「歩き煙草はまずいでしょう、やっぱり」

 横からスッと伸ばされた白い手が、俺の唇から煙草を奪っていった。

「お行儀、悪いよ」

 微笑を浮かべて囁く奴に、俺は本能的に頷いてしまった。仕方なく、煙草を箱に戻すと、服のポケットにしまう。

 俺の着ていた服は事故のお陰で雑巾以下となり果て、今はシェラの用意してくれた新品のスーツを着ている。

 少し余裕のある黒のスーツ。ちなみにシェリ・ルーことシェラは、ダーク・グレーのスーツ。しかし、何でスーツなんだ? 他にも安い服はあっただろうに?

 別にスーツが嫌いな訳じゃない。どちらかというと、好きな方だ。しかし、この生地の手触り、この仕立ての良さ……値が張るぞ、これ。まぁ、そろえてもらったんだから、あんまし文句も言えんが。

「──お前さんが、俺の夢ん中に出てきたシェリ・ルーと同一人物っていうのは、五十歩譲って本当としよう。けど、何で俺の後を ついてくるんだ?」

伊津留(いづる)、約束しただろう?」

「約束?」

 シェラは俺に人差し指を突きつけると、額にかかる髪をかきあげながら言った。

「ん。お前さんを生き返らせてやったら、いさせてくれるってよ。まさか、忘れたんじゃないよな?」

 ──ヘヘッ。キレーサッパリ、忘れてたよーんだ。しかし、そんな約束したのかぁ?

 俺は腕を組んで空を見上げて考えた。……約束……。したようーな、してないよーな……。

「あーっ! 思い出したっ!」

 確かにシェラはそんなような事、言ってたよ。しかしねぇ、俺は“約束”をした覚えはないぜ。って、ちょっと卑怯?

「はあぁ。本当に、忘れたんね」

 シェラは盛大にため息を吐くと、少し腰をかがめ前髪越しに俺の顔を見る。

 ううっ。そういう目付きで見るのはヤメてくれぇぇ。反則だぁぁ。

 シェリ・ルーの身長は、一六五センチの俺より十センチばかし高い。その長身と服装から、パッと見た目には“男”に見える。が、薄茶色のサラサラ・ストレートの長髪に、抜けるように白い肌。加えて中性的な顔立ちとくれば……。

 うわぁぁっ! 流し目を送るな! ヘタな女よりも色っポイんだよ、オメーはよっ!

「約束、破る気なのかよ?」

「お、あ、だって、お前──」

 何を言っていいかわからん。頭ん中がパニクっている。

「生き返らせてもらって、傷まで治してもらっといて」

 シェラが言い募る。い、いかん。少しは反撃せねば。シェラの色香に迷っとる場合ではないぞ、俺。ガッツだ、俺。ファイトだ、俺。

「だってお前よぉ。『生き返らせてやる』なぁんて言われて、素直に信用するか、普通? まず『夢だった』と思うぜ。聞いた奴らはさ」

 そうそう。頭っから信用するような、オメデたい奴はいないだろう。……恐らくね。

 必死の反撃に出た俺を見て、シェラは深いため息を吐く。

「でも、生きてんじゃんよ」


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