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天使の仮面舞踏会  作者: 橘 伊津姫
プロローグ
20/26

見えてくる真実

俺、自分の事しか見えてなかった。

あいつだって、自分を責めていたっていうのに。

「真実」こそが、最も見えてこないものなんだな。

ディーガ、お前の真実も探してやる。

だからもうこれ以上、罪を重ねるのはやめるんだ。


 病院を出た俺達は、車を置くために一度自宅アパートへ向かっていた。ハンドルを握る俺の心は軽い。一人の意識が戻った事を、美緒の笑顔を、喜べる自分が嬉しかった。二人のこれから先の幸せを、祈れる自分が嬉しかった。

「ところでさ、シェラ。一人はディーガに襲われた時、あのマイナスの波動に当たらなかったのかねぇ? さっき見た限りでは、変わった様子はなかったけど」

 自宅までの最後のカーブを曲がりながら、俺は疑問に感じていた事を尋ねてみた。

「俺もそれは気になって、倉田さんの様子を伺っていたんだがな。大丈夫みたいだ」

 助手席に座っているシェラが、窓枠に肘を付きながら言った。

「そんな事って、ありえるのか?」

 駐車場が見えてきた。縦列駐車、割と苦手なんだよね。

「考えられる理由は、いくつかあるな。その中でも、特に大きい理由は二つ。一つは本橋さんの想いだ。彼女の想いが、まるでベールのように彼を覆っていた。彼女の彼を愛する想いである正のエネルギーが、ディーガの負のエネルギーから倉田さんを守っているんだ」

 駐車スペースに収まった車から降りながら、聞こえたシェラの言葉に俺は振り向いた。

「美緒の一人への愛が、ディーガの負のエネルギーより勝ったって事か」

 助手席のドアを閉め、上着を羽織ながらシェラが続けた。

「そう。そして、彼が負の波動を受けなかったもう一つの理由。それは、わざわざディーガが増大させるまでもなく、倉田さんが大きな負の感情を抱えていたからだ」

 車の鍵をかけると、先を歩いているシェリ・ルーを追いかけた。

「大きな負の感情?」

「ああ。彼が常に抱いていた、大きなマイナスの感情。それは伊津留、お前に対する罪悪感だ」

 シェリ・ルーを追う足が止まる。

「俺に対する──罪悪感?」

 ニ・三歩先に立つ相棒が、不思議な表情で俺を見返す。

「倉田さんが病室で言っただろう。伊津留の気持ちを知ってたって。倉田さんは、お前から本橋さんを奪ってしまったんじゃないか、そのせいで伊津留が身を引いたんじゃないかって、ずっと感じてたんだよ」

 一人が。そんな事を考えていたのか。美緒との結婚を控えた、この期に及んでまで。

「──馬鹿だな。俺も、一人も」

 俺一人が損をしたような気持ちになっていた。一人がそんなに悩んでいたとは。

「でも今回の件で、倉田さんも気持ちに区切りがついたみたいだね。帰り際の倉田さん、いい顔してたよ」

「ああ、そうだな。俺も、二人の結婚式には笑顔で出席できそうだ」

 ようやく俺は、新しい一歩を踏み出した。


**


 カロン、カロロロン──

 妙に懐かしい響きのカウベルに迎えられて、俺とシェリ・ルーは「仮面舞踏会」のドアをくぐった。

「いらっしゃいませ。匠君、来てますよ」

 夕暮れ色に彩られた店内は、ここが異空間である事を、すんなりと受け入れさせる。そんな雰囲気があった。昼の名残と夜の訪れの入り混じった空間に、俺達を呼び出した張本人が座っていた。

「こっちです。わざわざ済みません」

 真砂にコーヒーを二つ頼むと、彼のいるテーブルに着いた。

「予定も聞かずに呼び出したりして、大丈夫でしたか?」

「気にすんな。締め切りの後だったから、ちょうど暇だったし」

「良かったぁ。勢いで電話しちゃったけど、気になっちゃって」

 カシカシと頭を掻きながら、匠は人懐っこい笑顔を見せた。それにしても、あれは大した勢いの電話だったぞ、確かに。

「それで、早速なんだけど、妙な事が判ったって?」

「そうそう、そうなんですよ」

 シェラの問いに、横にあいてあったカバンの中から一冊のノートを取り出し、おもむろにテーブルの上に広げて見せた。

「新聞でちょっと調べてみたんですけどね。ディーガが起因していると考えられる事件は、○月○日を境に始まっているんですよ。その日以前には、それらしい事件は見つかりませんでした」

 ノートには、思いのほか几帳面な文字で事件の起こった日時と場所、概要が記入してある。事の始まりは、俺が新聞記事を見つけたあの日。

「ヤツが行動を始めたのは、割と最近だという事なんです。なので、このあたりを中心に何かなかったかと思って色々と探してみたんですが……」

 ページをめくると、始まりの日以前の新聞の切り抜きと、簡単なメモ。

「かなり頑張って調べてくれたんだ」

 俺の言葉に照れ臭そうにしていた匠は、ふと真顔になって答えた。

「世界の基準の外側にいる者の気持ちは、俺たちが一番知っています。でも、ヤツはやり過ぎた。例えどんな理由があるにせよ、もうこれ以上は駄目だ。止められる奴が止めてやらなきゃ」

 強い視線で語る妖狐の前に、真砂がコーヒーを置いた。

「そうですね、我々のために、そしてディーガのために」

 そう。俺達、人間のためだけじゃない。真砂や匠やシェリ・ルーや、異端とされる者達の、そして何よりディーガのために。これ以上の凶行をやめさせなくては。

 改めて全員の視線が、テーブルの上のノートに注がれた。挟まれていた新聞の切り抜きを手にして、じっくりと読んでみる。さして大きくはない切り抜きは、社会面らしい。紙面の下のほうに、小さな記事が掲載されている。

“いじめを苦に自殺か? 遺体見つからず”

 そんなタイトルだった。

“○日午前七時三十分頃、××市の中学校で大量の血痕が発見された。発見したのは同校職員で、いつもより早めに出勤していた。血痕が発見されたのは校舎の裏手に辺り、普段は備品倉庫にでも行かない限り、人気はないという。保護者からの連絡により、血痕は昨夜から行方の分からなくなっている麻生美由紀さん(一六)のものではないかとして、警察も調べを進めている。しかし現場には遺体が残されておらず、麻生さんの生死も不明のままである。麻生さんが一分の同級生に「いじめ」をうけていたとの証言もあり、今後、警察では自殺も視野に入れて捜査を進める方針”

「遺体が──ない?」

「関連性はないかも知れないって思ったんですけど、それ以外に『こちら側』のニオイのする記事って、見つからないんですよ」

「匠君、この記事の続報はないんですか?」

「それがないんです。これ以上調べるのは俺では無理なんで、ちょっと協力を頼んだんですよ。もうすぐ来ると思うんですけど」

「協力って、誰に?」

 四人がそれぞれにしゃべっていると、カウベルが来客を告げて響いた。

「あー、いたいた。悪いな、遅くなっちまって」

「お待たせしてしまいましたかしら?」

 入ってきたのは、いつぞやの夜に真砂に紹介された人狼の彼とバンシーの彼女。

「貴方達の事だったんですね、匠君の協力者というのは。伊津留は、話をするのは初めてでしたっけ?」

 立ち上がった俺に、真砂は改めて紹介してくれた。

「彼はフリーライターの間壁二郎さん。種族はご存知ですよね。彼女はエベーナ・クロワ。ナイトクラブの歌姫です」

 間壁はゴッツイ右手を差し出して、ニカッと笑って見せた。

「人狼の間壁だ。満月になっても、我を忘れる事はないから安心してくれ」

「萌木伊津留です。こちらこそよろしく」

 しっかりと握手を交わす。

「真砂から話は聞いているぜ。人間にしちゃあ、なかなか根性あるみたいじゃないか」

 肩をバンバン叩かれる。痛い痛い痛い、イタタタタ……あ、肩凝り治りそう。そんな俺の姿を見て、エベーナが吹き出した。

「あ、あら。ごめんなさい。つい笑ってしまいましたわ」

 お行儀良く口元を隠しながら笑うエベーナは、灰茶色の髪をした小柄な女性だった。

「初めまして。でよろしいのかしら? エベーナ・クロワですわ。ナイトクラブで歌わせていただいております、しがないシンガーですの。よろしかったら、今度聴きにいらして下さいませね」

 白くて細い手と握手する。力を込めたら折れてしまいそうだ。

「ええ。ぜひ伺わせていただきます」

 簡単な自己紹介を終え、席に着く。

「間壁さん、写真は手に入りましたか?」

「ああ。おっ母さんから借りて来たぜ」

 抱えていた大きなカバンの中から、一枚の写真を取り出した。

「これが、麻生美由紀だ」

 その写真には、ペットであろう大きな犬を抱いた少女が笑顔で写っている。ボーイッシュなショートヘアが良く似合う、活発そうな少女である。

「記事を書かせてもらうからって、無理を言って借りて来たんだ」

 なるほど、そのための協力者か。フリーライターの間壁だからこそ、彼女の写真を手に入れることが出来たのだろう。

「こんなに明るく笑っているのに……。彼女は一体、どうしているんだろう?」

 匠の独り言のような呟きに、エベーナが悲痛な声で答えた。

「彼女は──もう亡くなっているわ」

「え? 知ってるんですか?」

 驚いて声を上げた俺に、エベーナは寂しそうに微笑んで答えた。

「いいえ。でも、私には判ってしまうの。私は、人の死を報せる妖精・バンシーだから」

「エベーナはなくなった方の持ち物や写真に触れることで、その時の記憶や風景を“視る”力を持っているんですよ」

 そうか。だから、二人目の協力者は彼女だったんだ。

「そのためにも、どうしても彼女の写真が必要だったんです。それで、間壁さんにお願いて写真を借りてきてもらったんですよ」

 匠がそう言って、テーブルの上の写真をエベーナに手渡した。彼女は写真を受け取ると、深く椅子に座り直し、そっと目を閉じた。再び開かれたエベーナの瞳は艶のない、いぶした銀色に似た灰色。光を反射しない不思議な瞳で、笑顔の少女の写真を見つめた。

 張り詰めた空気の中、エベーナは己に視える麻生美由紀の過去を語り始めた。



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