気付けばそこは……
どうして俺が、シェラと出会ったのか? その理由……。
気が付くと俺は、温く澱んだ闇の中に漂っていた。ホンワカしていて、気持ちがイイ。
このまま沈み込んで、ドロのように 眠ってしまいたくなる。膝を抱えて丸くなる。トロトロと意識を溶かして、周囲の闇と同化してしまいたい──。
“死ぬぞ、お前”
──そう。死んでしま……まっ……、まっ、待てぇい! 俺は、まだ死にたかぁねーぞ!まだまだ遊びてぇし、女の子とだってお付き合いしてーんだ! 冗談じゃねーぞぉ!
バチッと目を開けると、まとわりつく柔らかい闇を掻き分け、全力で抗う。
“そんな事したって、無駄だよ。お前、深い場まで来すぎたんだ”
また声がした。さっき、俺の意識を目覚めさせてくれた、あの声だ。声のした方に目をやると、真っ暗な闇の中にポカリと光が浮か んでいる。その光が、スイーッと近寄ってきた。どうやら光の中に、誰かがいるようだ。
“よお”
光の中の人物が、片手を挙げて笑いかけてくる。いやに馴れ馴れしい。
“随分と元気そうじゃないかよ。死に掛けたにしては”
呆れ気味に苦笑し、腕を組んで俺を見ている人物は、銀の髪に金の瞳の超美形。男か女か、一見、判断しがたい中性的な顔立ち。
胡坐をかいて座り、頬杖をついているその態度から、恐らくは男なんだろうが……見た目で判断は出来ん。何てったって飲み屋で 声かけた「女」が「男」だったっていう、苦ーい経験の持ち主だかんなぁ、俺って奴は……。
“何、ボーッとしてんだよ、オメーはさ。死に掛けてんのに、随分とまあ余裕だな”
男は(果たして男なのか?)ニヤッと笑う。おぉ。男の俺がゾクッとする。あ、あぶねー。
“なあ。お前、名前教えてくれよ”
俺が動揺してんのを、表情から見事に読み取ったらしい。ニヤニヤ笑いが深くなる。
──伊津留だよ、いづる。萌木伊津留だ。職業は、鳴かず飛ばずの作家業。血液型はお人好しのO型で、生年月日は昭和 46年3月15日。星座は魚座。干支は亥年。現在、恋人募集中とくらぁ。どうよ!”
俺はヤケクソになって自己紹介を披露する。相手はプカプカと浮いたまま問いかけてきた。
“ふぅん。伊津留。お前、このまま死んでみる?”
──ふっざけんなぁ! やりたい事、やってねぇ事が山ほどあんだ!
“ならさ、俺と取り引きしようぜ”
取り引きぃ──? 本当に、一体何モンなのよ、こいつ?
胡乱気に相手を眺めて
──何をだよ?
“生き返らせてやるよ、俺が。そのかわり、しばらくの間、お前と一緒に居させてくれればいいんだ”
──生き返らせるって、お前、そんな事出来んのかよ? マジで、何モンなんだ?
奴はフフンと鼻で笑うと、
“俺はシェリ・ルー。シェラって呼んでくれ。ちょっとばかし事情があって、人間界に降りてきた『アズラエル』だ”
アズラエル、アズラエル──。何か、どっかで聞いた事あんだけど、なんだっけかなぁ? でも人間界に降りてきた? なら、こいつは人間じゃねーのか? む゛ー。
“どうする? 信用するんか?”
──信用するも何も、理解不能状態なんだよ、俺はよぉ。
“まあまあ、そう言うなよ”
──本当に、生き返らせてくれるんだろうなぁ。ぬか喜びは嫌だかんな。
“任せとけよ。大丈夫だって”
──とか何とか言ってよぉ、実は、死神だった。なぁんてんじゃねーだろうなぁ?
“疑り深い奴だな、こいつは”
奴の手が軽く俺の肩を押した。
“安心して流れて行けよ。次に気がつく時は、自分の身体の中だ。心配すんな。じゃあな”
闇の中、そこだけ明るい光の中で、シェリ・ルーはヒラヒラと手を振っている。
吸い寄せられるように闇の中を流れ、そして──ブラック・アウト……。