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天使の仮面舞踏会  作者: 橘 伊津姫
プロローグ
14/26

眠れぬ夜の不思議な話

シェリ・ルーの爆弾発言から一週間。

つかの間の平和は、これから来る嵐の前の静けさなのか?

「うーみゅ……」

 東の空が、わずかに色を変え始める時刻。アパートの周辺も、部屋の中も、まだ静かである。

 時計の針は、午前四時五十分を指している。

 くそっ! いつもなら、こんな時間、布団に包まって夢ん中だぜぇ、ちくしょーっ!! 何が悲しくてこんな時間まで起きとかなあかんのやあぁぁ!

 腹の中で雄叫びをあげている俺は(さすがに、本当に叫ぶ勇気はない)、別に突発性不眠症になって、眠れぬ夜を悶々と過ごしている訳ではない。

 机の上に頬杖をつきながら、コーヒーの飲み過ぎでタポタポの腹と、万有引力の法則に従がって落ちてくる目蓋まぶたと闘いながら、無常に時を刻み続ける時計に急かされてパソコン・モニターとにらみ合っているのだ。

──眠れない事に関しては、不眠症と似たようなモンか……。いや、やっぱ違うか……。

 どうも締め切り間近になると、俺の理性は荷物まとめて、トンズラこくらしい。

 締め切りは刻一刻と迫っているのに、パソコンのモニターに映し出された文章は、夕辺打ち始めた時から比べて、進歩を見せた後がない。

 まずい……ひっじょう~~~~に、マズイ!

 アップは明日の十時だぞ(本当は、今日の十時だった)。担当さん拝み倒して、せっかく延ばしてもらったのに、意味がないぃぃ! ヒィィィ!!

 机の上に放り出してあったキャビンの箱を引き寄せると、一本抜き出す。を? 最後の一本だ。しゃーねーなぁ。

 煙草に火を点けると、パソコンの電源をOFFにして立ち上がる(いっぺん、電源を入れたまま出掛けたら、しこたま怒られた)。どうせ、座ってても何も出てこないんだ。気分転換を兼ねて、煙草を買いに行ってこよう。椅子に引っ掛けてあったジャケットを片手に、玄関へ向う。少しばかり立て付けの悪いドアを、なるべく静かに開けて外へ出る。しーっ、うるさいよ、ドア。もちろん、眠っているシェラを起こさないようにとの、心配りからだ。

 ちなみに俺が徹夜で仕事をする時は、奴は俺の代わりにロフトで眠る。普段はリビングのソファーベッドで寝ているのだが、俺が無理やりに移らせた。いくらなんでも、夜っぴいて灯っているスタンドと、神経を逆なでするキーボードのクリック音の傍らで眠らせるのは気が引ける。これでも同居人には気を使っているのだ。

 ドアに鍵を掛け、まだまだ暗い通りへ出た俺は、ブルッと体を震わせた。表は結構冷えている。せっかく外へ出たんだ。予定変更。自販機やめて、コンビニにしよう。おっ買い物、お買い物~♪

 自己主張を続ける自販機を無視して、近所のコンビニへと足を向ける。

「はーう。平和だねぇ」

 煙草の煙を吐き出しながら、ぼつりと呟いてみる。声は静かな通りに吸い込まれていった。

 衝撃の事実!

『俺って、実は天使なの!』発言をシェリ・ルーがブチかましてから、早くも一週間が経過した。

 目の前に広げられた翼は四葉、いずれも鮮やかな紅。

──この色は、俺に下された罪の色だ。

 シェラはそう言って、顔を伏せた。どうやら本人は、気に入っていないらしい。

──ふぅん。綺麗じゃん。

 俺は珍しく、漢字で発音してやった。

──キ……レイ? この翼が?

 信じられない事を聞いた、とでも言うようにシェリ・ルーは目を見開いている。

──なあ、シェラ。お前はその羽が嫌いみたいだけどな。どんなにお前が嫌がっても、そいつはお前の背中についてんだ。取っちまう訳にはいかないんだろうが? したら、諦めて認めちまった方が楽だぜ。この翼も自分の一部だって。

 何か、スッゲー恥ずかしい説教してる、俺。でも、マジでシェラの翼は綺麗だと思ったんだ。

 コンビにのドアをくぐり、かごを片手に店内を物色する。

 この一週間、例の「謎の大型獣事件」がなかったためか、こんな時間にも関わらず、チラホラと人影がある。

──かなり傷を負ったはずだから、しばらくは動けないと思う。まぁ、あくまでも希望だけどな。

 結局、相手を仕留めることは出来なかったが、しばらくの間、再起不能にするくらいは出来たという事である。あんなゴツイ奴とやりあったのだ。それだけでも、大したものだと言わねばなるまい。事実、シェラだってあれだけの傷を負ったのだ。ちょっとやそっとの事では、倒すのは難しいだろう。

──あれもケロベロスの仲間だったりするのか?

 尋ねた瞬間、両肩にズシッと重しがかかった。お、重い……。

──お前、俺にケンカ売ってんのか? あ? 買うぞ、そのケンカ。

 耳元で、ハアアァァと怒りの息遣い。

──俺達ケロベロスは、誇り高い一族だぞ。まかり間違っても、人間なんぞ喰うかっっ!

 思いっきり怒鳴られてしまい、ひたすらに謝り続けたんだ。

 せんべいにチョコレート。そういや、朝飯までまだ時間があるな。よし、おにぎり買おう、おにぎり。かごに商品を放り込むと、レジへ向う。そうそう、忘れちゃいけない。レジの横に置いてある、五箱入りのキャビンを手に取った。

「いっらしゃいませ~」

 バーコード・スキャナーを手にした、愛想のいい兄ちゃんが立っている。ジーンズの尻ポケットから財布を出していると、声をかけられた。

「あれ? 伊津留さん?」

「んぁ?」

 顔を上げると、レジの兄ちゃんと目が合った。

「やっぱ、伊津留さんだ」

 兄ちゃん、人の良さそうな顔でニパニパ笑っている。──誰だっけ? 自慢じゃないが、俺は人の顔と名前を覚えるのが苦手なのだ。

「──お、真砂んトコの」

 そーか、そーだ。『仮面舞踏会』の客で、確か狐の妖怪(あの店は、東西入り混じってんですわ)とか言ってたっけ。

「どうしたんですか、こんな時間に?」

 レジには、俺以外に客はいない。会計を済ませて、財布をしまいながら世間話なんぞしてみる。

「彼女とケンカして、部屋を追い出されたとか?」

 こらこら──。

「馬鹿者。仕事だよ、仕事。徹夜明けの買出しさ」

 妖怪が二四時間営業コンビニの深夜アルバイト。情けない話だが、これが現実。この世界で生活する者には、人間だろうが妖怪だろうが、「金」という必要不可欠なアイテムと、住むべき場所が等しく要求されるのだ。

 もはや、夜の闇に紛れて──などという、古き良き時代は去った。人間にはより快適に。それ以外の者のは、より過酷な条件を提供する。そういう世界になってしまったのだ。

 他愛のない世間話をしてから、レジを離れる。その背中に声が掛けられた。

「ああ、そうだ。シェリ・ルーに言っといてください。例の件、動き出したら知らせますからって」

 俺は右手を挙げて応えると、コンビニを後にした。買ったばかりの缶コーヒーを開けると、一口飲んで両手を暖める。

──結局のところ、『アズラエル』って何なんだよ?

 俺の問いに視線を落とし、緋色に輝く翼をたたむ。

──人間に“死”を運ぶ者。天界に居ます者にして、もっとも“魔”に近い者。もっとも忌むべき災厄の種子……。

 ものスゲー言われようだよなぁ。仮にも「天使」なんだぜ? 初めて真砂に会った時、なんで奴があんなに“天使”にこだわっていたのか、ようやく分かった。

──そんで? なんで人間界にいるんだよ? 天使なんだから、天界とやらにいるんじゃないのかよ?

 一番気になっていたのは、そこんトコだ。シェラは、俺が死にかけていた時「事情があって」と言った。その事情については、何一つ聞かされていない。

──そこまでは……。あまり深入りしないほうがいいだろう?

 飲み終わった缶を袋にしまいなおすと、静かにドアを開けた。シェラはまだ眠っているらしい。ガサガサとうるさいビニール袋をテーブルに置くと、お握りのパックを引っ張り出す。このビニールの音って、すっごい響くのな。あ、忘れないうちに、空き缶は捨てなくては。分別、分別。ちゃんと捨てないと、絶対、やり直しさせられるんだ。

 パソコンの脇に置いてあったカップを覗き、底の方で冷たくなっているコーヒーを飲み干すと、新しく淹れ直す。

──どうせここまで関わっちまったんだ。今さら、隠し事はなしにしようぜ。

 俺の言葉に、シェラは眉根を寄せた。まだなにやら悩んでいるらしい。その迷いを断ち切ることが出来るナイフを、おそらく俺は隠し持っている。

──なあ、シェラ。お前さぁ、金髪をここらへんで、こう(肩の辺りで手を動かし)ナナメにカットした、緑色の眼ぇした、むっちゃくちゃタカビーで、ど派手な兄ちゃん知ってるか?

 いちいち強調してやる。いきなりの事だったので、しばし戸惑うシェリ・ルー。

──え? あ、ああ。知ってる。

 ツナのお握りを頬張りながら、パソコンのスイッチをONにする。

「やっぱ、お握りにはお茶ですかねぇ?」

 ぶつぶつ言いながら、コーヒーを一口すすり、ディスプレイに目をやる。

──そいつの名前、何てーの?

 まだよく事情の飲み込めていないシェラは、不思議そうな顔をしながら答えた。

──第五天マオンの天使長サンダルフォンの部下で、権天使プリンシパリティーズのアフィエルだけど?

 何か、とってもマニアックな解答なんですけど? マオン? サンダルフォン? どっかの携帯電話会社か? プリンなんだってぇ?

 とッ散らかった資料の山を揃えなおし、ディスプレイに向う。

──あ、それはおいおい説明するけど……って、ええぇ!? 何で伊津留がアフィエルの事知ってるんだよ!?

 遅い……遅すぎるよ、シェリ・ルー君。君、反応が鈍いね。やれやれ。

──会ったんだよ。ま、正確には、脅されたんだけどね。

「よし、とにかく設定いってるトコまで、気張って書いちまおう」

 時計は五時四十分を指している。何とかせねば。

──会った? アフィエルに? 何か言われただろ? 変な事言われたろ?

 興奮しまくりのシェラを静かにさせると。

──お前、野郎の事知ってるみたいだから言うけど、俺がお前の事『何も聞いてません。ボク、何も知りません』っつって、素直に認めてくれると思うか?

 さすがに、シェラも理解したようだ。そうなのだ。そうせ信じるような奴じゃないんだから、こちらが内容を知っていた方が、動きやすい事だってあるのだ。

 やっとの事で、シェリ・ルーが口を開く。

──天から追われた時に、大天使ウリエルに半分に割かれた、俺の半身を捜しに……。

「シェラの半身か……」

 俺は呟いて、煙草に火を点けた。

 気の遠くなるほど昔、天を追われたシェリ・ルーは、自分の半身を捜し求めて地上を彷徨さまよっていた。幾度かは見つけ出したらしい。引き裂かれた己の半身を。ある時は樹木に宿り、ある時は岩に封じられ──。人として生まれていた事もあったという。

 しかし、生きている時間が違い過ぎる。シェラに、厳密な意味での「寿命」は存在しない。目の前で、自分を置いて消えていく“生命”という名の灯火。その度にこいつは、あてもなく地上を流離う。

 だがその半身の魂も、ここ数百年の間、転生していないのだという。捜し疲れて、中有(あの世とこの世の中間……だとか)で休んでいた時に、俺と出会ったらしい。

 考えてみりゃ、こいつの人生(天使生……?)淋し過ぎるかもな。

 カコッ カコカコ カカカコッ カコッ

 単調なキーボードのクリック音に乗せて、俺の思考が流れていく。


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