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天使の仮面舞踏会  作者: 橘 伊津姫
プロローグ
12/26

日常の崩壊……寸前?

俺の頭は理解能力を超えた出来事の連続にパンク寸前!

誰か、俺を助けてくれ~い!!

「シェラッ! お前、怪我──」

 側に膝をついた俺を見て、シェラが怒声を上げる。

「馬鹿っ! 何で戻ってきたんだよっ!? お前だけでも逃げてくれりゃあ良かったのに」

 むっ。おめぇ、また俺の事、馬鹿呼ばわりしやがったな?

「人の事だと思って、馬鹿馬鹿言ってんじゃねーぞ、この馬鹿! 見えねえ壁があって、その向こうにゃ行けねえんだよ!」

 思わず、シェラの胸倉を掴みそうになっていた両手を握り締めると、ジリジリと近づいてくる奴をにらみつける。

「もしも何もなくったってな、友達置いて俺一人だけで逃げるなんて、出来るはずねえだろうがっ!」

「──悪い。サンキュ」

 しかし、この状況を何とか打開しなければ、話が先へ進まない。

 唾液と唸り声をこぼしながら、一歩一歩近づいてくる“死”の姿。くっそー。せっかく生き返ったんだ。こんなトコロで死んで堪るか!

「おお。死んでなんかやるもんか」

 そう言葉に出した途端、バクバクいってる心臓とは別に、自分の内部で脈打つモノが生まれた。

 死ぬもんか、死ぬもんか、死ぬもんか──。感情と共に、圧力が高まっていく。

「ふざけるな! 貴様みたいな、訳の分からねえ奴に、くれてやる生命はねぇっ!」

 限界点まで達した圧力は、純粋な「力」となって暴れ狂う。俺をぶち壊して飛び出そうと、熱を持って高まる圧力は膨れ上がり、とどまる気配はない。ふらついて思わず体を支えようとした手が、シェラの体に触れた。その瞬間、まるで電流のように、俺の心を得体の知れない痺れが疾走った。

 一気に背骨に沿って駆け上がり、額の一転に集中する。あの、ナンとかチャクラ、「第三の眼」のある部分だ。凄まじい勢いの「力」と「熱」が、俺の額に集まっている。

 負けたくない。死にたくないと繰り返す心が、奴をにらみつける目の前が、真っ白に弾け飛んだ。

 ああ。もう駄目だ。抑え切れねえ。

「う、おおぉぉぉぉ──」

 喉が張り裂ける程の叫びがほとばしる。「力」と「熱」の奔流が、額を突き破って溢れ出る。

 白く霞んだ俺の視界に、自由になった「力の矢」が真っ直ぐ伸び上がり、空中の壁を貫いて飛び去るのが見えた。壁は貫かれた部分から亀裂を生じ、粉々に砕けて消滅する。

「見えない壁」──であるにも関わらず、それが消え去ったのを感じる事ができた。なぜか俺には、感じ取ることが出来たのである。

「──結界が、開いた」

 シェラの内部から何かが俺に流れ込んできたのと同じように、俺の内部からも何かがシェラに流れ込んだのだろう。シェラの髪と瞳が、本来の色を取り戻して輝いている。

 この路地一体を閉じていたはずの結界が破れた事により、己の不利を悟ったのだろう。怒りで体毛を逆立てながら、ダッと地面を蹴り付け、妖獣が迫ってくる。

 立ち上がろうとした膝が、情けなくも砕けた。ゲッ! どうすんだよぉ。もぉ、体が動かねぇじゃねぇか~~!

 不意にシェラが動いた。左肩の怪我を押さえていた右手を離すと、目の前で何かの形を描く。血まみれの右手が動いた跡に、ほの蒼い光の残像が灯る。

「ふっ!」

 鋭く、短く息を吐くと、人差し指に中指を揃えた右手を突き出す。空中に描かれた印がシェラの指の軌跡を辿り、妖獣に絡みついた。

「ぎゃおんっ!!」

 網のように広がった輝く模様が、妖獣の身体を捕縛している。

「ぐるるる……」

 狂ったように頭を振り回し、何とか自由になろうともがく獣を、俺は呆然と見ていた。

 ──んだ? 一体、今、何が起こったんだ? どうしたんだ?

 シェリ・ルーは銀の髪を振り立て、金の瞳を天に向けて叫んだ。

「真砂ぉ! 聞こえてるんなら、来てくれ! 俺達はここだ!」

 俺は一瞬、怪我のせいかなんかで、シェラがおかしくなったのかと思った。悪いけど、マジでそう思ってしまったのだ。いくら近いとは言っても、声が届く距離じゃない事は確かだ。しかし、俺にはそれ以上のことを考えている暇はなかった。なぜならば──。

 奴がシェラの戒めを解いちまったからだ。こいつ──スゴすぎだぜ。

「伊津留! 手を伸ばしてっ! 上です!」

 頭上から、どうしたわけか真砂の声が降ってくる。深く考える以前に、身体が言葉に勝手に反応した。虚空へ向かって伸ばした腕を、誰かの力強い腕が掴んだ。体を引き上げられる、ぐんっ、という上昇感。

「今晩は。いい月だね、伊津留」

 真砂がいる……空中に……浮いている……俺の目の前に……ちなみに、俺も。

 俺も? 余計な事を考えてしまった俺は、ヒョイと下を見てしまった。

「ど──っ、ああああっ!」

「駄目ですよ、暴れないで! あいつの鼻先に落としちゃうかもしれませんよ」

 もちろん「あいつ」とは例の妖獣の事だ。真砂の腕にヒシッとしがみつくと、涙目で首を縦に振って見せた。

「よし。今のうちに、店の方へ避難しましょう」

 バサッ。ピンと張った布を振ったような、風を叩く音がすぐ側で聞こえる。

 再度、俺は真砂を見上げて目を剥いた。

「ま、真砂──」

「はい、なんでしょう?」

 バサッ、バフッ。

 規則正しく夜空を打ち付けているのは……。

「あんた、それ──。翼……なのか?」

「ええ、そうですよ」

 もしもし? ニッコリと笑っている場合か? なんでしょうじゃないだろ? そうですよぢゃねぇだろ??

 広がる夜空の闇よりもなお深い。漆黒の翼、蝙蝠こうもりの羽。力強く羽ばたく巨大な翼は、俺達二人分の体重をしっかりと支えている。

 何か言いたそうに口を開いた俺を見て、

「質問は後で。今は問答している場合ではないと思っているんですが」

「……はい。その通りです」

 不承不承ではあったが、口を閉じる。確かに、そんな場合じゃないですね。何といっても空の上だし。奴の上だし。

 しかし、何かが──。えっとぉ──何だっけか?──おあっ!

「まさごまさご、真砂!」

「一回呼べば、分かりますよ。何ですか?」

 真砂に抱きかかえられた、かなりカッコ悪い姿で俺は喚く。

「シェラは? あいつはどーすんだ?」

 雄雄しく上下する翼が大気を打つたびに、グンッと体が前進する。

「大丈夫ですよ。後からちゃんと来ますから。それにいくら何でも、二人抱えては飛べません」

 黒のスラックスと白いドレスシャツ、アスコット・タイの美青年が空を飛ぶ。長めの髪を風に流し、闇より黒い蝙蝠の翼で。

「だって、あいつ怪我して──」

「大丈夫ですから。よっぽどの怪我じゃない限り、ちゃんと店まで来ます」

 そこまで言い切られちゃうと、後が続かないよなぁ……。

 やっと口をつぐんだ俺を連れて、真砂は空を急ぐ。どこをどう辿ったのか、よく覚えていない。俺ってば、気が動転してたしね。気付いた時には店の前だった。勧められるままに店内へ入り、カウンターへ座ると、奥でコーヒーを淹れ始めた真砂の手元をボーっと見ていた。思考がまとまらない。

 カチャ……ン。

 ただ消費する事を目的としているかのように、何本目かの煙草をくわえた俺の目の前に、真砂がカフェ・オ・レのカップを置いた。

「あ。サンキュ」

 火の点いていない煙草を灰皿に置き、カップに口をつける。いつもより甘めだ。

 昼間はほとんど客の入らない喫茶店だが、夜ともなれば話は違ってくるようだ。奥のテーブルから順に埋まっていくのか、店には結構な客がいた。特に騒ぐでもなく、静かに酒を飲んでいる客の姿が、この「仮面舞踏会」という店にふさわしい。

「伊津留?」

「ん?」

 再度、煙草の消費を開始した俺に、真砂が声をかけてくる。質問したいことは山ほどあった。けど、何から聞いていいのか、よく分からん。

「んな、真砂」

 カウンターを回って、隣のストゥールへ腰掛けた真砂に声をかける。

「この店ってばさ、“どこに”あるんだろう?」

とりあえずは、無難なトコから攻めていこう。いきなり本題には入りづらい……。

 自分はウィスキーの入ったグラスを片手に、“ジョーカー”に火を点けた真砂は、深いため息と一緒に煙を吐く。

 私の店は『こちら』と『あちら』の狭間。どこでもあり、どこでもない場所に存在しているんですよ」

 はい? 何ですか? 聞かなきゃ良かった。俺の顔を見て、ちっとも理解できていないのを察した真砂が、噛み砕いてくれる。

「つまりね。伊津留が普段、日常生活をしている空間と、この店のある空間は別々なんです。縦横に広がる無限のパラレル・ワールドの全部に存在し、それと同時に、全部に属さない所なんですよ、ここは──」

「だって、初めて来た時に、女の子が来たじゃん。あれは?」

「彼女が、この店の存在を望んだから。心をなぐさめる場所が必要だったからです」

 ──楽しい時、満たされている時には見つからない。でも悲しい時、寂しい時にはすぐに見つかる。そういう店なんです──。

 あの時に真砂が言った言葉の意味がやっと、俺にも分かった気がした。

「でも、俺とシェラは何でもないのに来れてるぞ?」

 それでも食い下がる。しつこいのだけが、取り得なんだから。……でも、嫌われるんだよなぁ、コレ。

「それはシェラがいたからですよ」

 うっ。気がついてはいたけど、こうはっきりと言われちゃうと、ちっとショックだいね。

「なら、普通の『人間』は来れない訳?」

「ええ。特別な時以外は」

「俺も普通なんですけど?」

「伊津留は大丈夫ですよ。安心してください」

 安心ねぇ……。俺は店の奥をクイッと右手の親指で示した。

「んじゃ、あっちの客は? 普通じゃない訳?」


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