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天使の仮面舞踏会  作者: 橘 伊津姫
プロローグ
10/26

闖入者もしくは敵対者

招かれざる闖入者、もしくは敵対者。何モンだよ、お前。

腹立つなぁ~!

 相変わらず、相棒に注がれる店内の視線は熱い。が、ソレを無視するコツも掴めた。

 ところがっ! ところがなのだっ!

「──!」

 不意に緊張した俺を見て、シェラが不思議そうに眉を引き上げる。

「何? どうかした?」

「あ、いや、何でもない。うん。気のせいだった」

 なるべく軽薄そうな返事をするが、神経はある方向に集中している。皿の中身はあらかた片付いている。食後のコーヒーをすすりながら、煙草の箱を引き寄せた。

ん? やけに軽い。にょろろ──ナーイス。空だぜ。

「っと、煙草買ってくるわ」

 あることが気になっている俺は、レジカウンター奥の自販機スペースへ急ぐ。小銭をスリットに落とし、銘柄のボタンをプッシュする。煙草を取り出し口から取ろうと身をかがめながら、全神経は背後に集中している。

「何か言いたい事があんなら、サッサとしゃべって、どっかに行っちまってくれよ」

 振り向きながら、かなり不機嫌な声になるのを抑えられない。抑えるつもりもない。それもそのはず。俺の後ろで腕を組んで立っているには、先程の本屋で思いっきりガン飛ばしてくれた、あの派手兄ちゃんだ。人がメシ食ってるのに、視界に入りにくい隅のテーブルで、またまた俺達にガンくれてんだわ。

 あーったく。尋ねてんのは俺なのに、どうしてだか相手の方が態度がデカイ。なまじ顔がいいだけに、むしょうに腹が立つ。

「何だよ。用がねぇんなら行くからな」

 イライラと口を開いたとき、相手がようやく声を発した。

「あそこにいるのは、お前の連れか?」

 すっげーエラソーに言う。んだ、しゃべれんじゃん。日本語わかんねぇのかと思って、一瞬心配してソンしたぞ。

「俺の連れだよ。それがどうした?」

 そもそも連れでなければ、一緒のテーブルにいるはずがないだろう。俺、相席嫌いだし。 金髪兄ちゃんは緑色の目を細め、ジロジロと俺の事を見ている。──否、これは「見る」なんてモンじゃないわ。「ねめつける」と言った方がより正確だ。無遠慮に視線が突き刺さる。

「ふん。何を好き好んで、このような下賤げせんやからと──」

 思いっ切り人を見下した言葉に、俺の頭は瞬間湯沸かし器になる(簡単に言えば、ブッチギレそうになったという事よ)。怒りの余り声も出ない俺を鼻先で嘲笑すると、またまたエラソーにそっくり返り、高飛車に言い放った。

「いいか、良く聞け。やつは災厄を振り撒く者だ。側にいる者全てに、不幸が舞い降りるだろう。今のうちに縁を切ることだな。まあ、貴様の生命など、どうなったところで気にもならんがな」

 ──超ムカつく野郎だなぁ。

 プッツンしそうになる自分を抑え、深呼吸する。ここで相手が思っている通りの行動なんて、意地でもとってやるもんか。

「おい──」

 言うだけ言った金髪兄ちゃんは、俺に背を向けて歩き出そうとしている。その足を止めさせたくて、言ってみる。

「ご忠告、ありがとよ。けどな、どこの馬の骨か分かりもしない他人に『あなたは不幸になりますから、相棒と別れた方がいいですよ』とか言われて、『はい、そうします。ありがとうございました』なんて奴は、いないんじゃないのかねぇ?」

 手の中の煙草の箱をポンと弾ませる。

「災厄? 不幸? 結構なこっちゃねぇか。平々凡々な生活は、こっちからお断りだ。そんなんであいつと一緒にいられんならよ」

「愚かな。すでに魅入られていたか」

 片頬を歪めて憎憎しげに嘲笑うのを見ながら、こちらも不敵に笑ってやる。

「そっからよ。あんたがいくらギャンギャン吠えても、せいぜい、女を取られた男が嫌がらせしてるようにしか見えないぜ。無愛想な金髪兄ちゃんよ。シェラの方がよっぽど、いい男だね」

 左手の中指を立てて、舌を出してやる。うーん、我ながら低次元な……。良い子の皆は、真似しないようにね。

 しかし、その低次元さゆえに相手のプライドに効いたらしい。不遜な光を浮かべていた瞳が、馬鹿にされたとわかった途端、怒りにギラッと燃えた。体ごと俺の方へ向き直ると、右手の人差し指を突きつけ、

「口を慎め、異端者が! そこまで言うのならば、覚悟は出来ておるのだろう。その身に父なる神の怒りを受けるが良い!」

 そう吐き捨てると、くるりときびすを返し、自販機スペースを出て行った。何だよ「父なる神の怒り」って。ディープなカルト関係者か?

 はあ~~~ふう~~~。その場で数回、深呼吸を繰り返す。待たせているシェラに、時間のかかった訳を何と言い繕うか?

 テーブルに戻るまでに、さりげなく店内をチェックする。思った通り、いけすかねぇ兄ちゃんの姿はない。ケッ!

「よっ。お待たせしたね」

 テーブルに頬杖をついて窓の外を眺めていたシェラが、チラッと視線を俺に戻す。

「随分、時間がかかったな」

「そ、そうなんだよ。自販機の前まで行ったら小銭が無くて、札を使おうと思ったら、デカイのしかなくてな。レジで両替してもらったらよ、お前の事をしつこく聞かれてな──」

 焦りまくりながらも、必死で言い訳する。何だか、浮気がばれそうな亭主みたいじゃねーか、これじゃ……。自分でもかなり情けなく感じている俺を見て笑ながら

「いいよ。分かったから、そろそろ行こうか。真砂んトコに寄るんだろ?」

 上着を手に取ると立ち上がる。それだけで、周囲からホウと、熱いため息が漏れる。マジかよ……。

 伝票を掴んでレジへ向かいながら、ついてくるシェリ・ルーに警告。

「先に外で待ってろよ」

「? 何で?」

 心底から不思議そうな相棒に、

「お前の顔に見惚れて、会計に時間がかかるからだ」

と、懇切丁寧に説明してやる。

 眉をヒョイと持ち上げて肩をすくめ一足先に外へ出る相棒に、店内中の羨望と憧憬の眼差しが送られる。会計のためにレジ前に残った俺には、嫉妬と疑問、猜疑の渦巻く凶悪な視線が容赦なく注がれる。ホント、人間て感情の動物やね(そりゃ、女か……)。

 財布をしまいながら、植え込みの側で煙草をくわえているシェリ・ルーに手を振る。夜の闇の中、そこだけ輝いているかのような白い美貌に、フゥッと笑みが浮く。あうっ……。これはまた、強烈な。爆走しそうになる心臓と暴走しそうになる理性をなだめつつ、ギクシャクと歩を進める。

 これまでの経緯から、何とか動きが止まって見入ってしまう事はなくなったのだが──恐るべし、シェラの微笑。

 ちょうど駐車場から歩いて来たカップルの女性が、急に胸を押さえて座り込んでしまった。病気ではない。見れば分かる。……いや、これもある意味では、一種の病気かもしれない。シェラの笑みを、まともに目撃してしまったらしい。街灯の明かりを受けて、我が相棒の顔容かんばせは妖しく光って見える。営業妨害で訴えられかねない美貌の主を、なかば引きずるようにしてその場を去る。

 今夜あの場に居合わせたカップルのうち、一体、何組が破滅の道を辿るのだろう? ご愁傷様です。──合掌。言っとくけど、俺のせいじゃないからな。

 そろそろ十時になろうかという街並みを、二人でポテポテと歩いて行く。上弦の月が、天空から地上を穏やかに照らしていた。

 しっかし、頭くんぜなぁ。マジで何モンだったんだ、あの金髪野郎。なあにが『下賤の輩』なんだよ、失礼な奴め。『貴様の生命な ど知らん』とかぬかすんなら、何しに俺の前に現れたんだよなぁ? 馬鹿じゃねえの?

 怒りに任せて自分の世界に入り込んでいた俺は、シェラがいつもの路地を通り過ぎた事に、まったく気付いていなかった。

 真砂の経営する“仮面舞踏会”へ行くのに使う薄暗い路地は、そこだけ別の世界のような雰囲気がある。どこか、この世でない、別の空間への入り口のような気がして、密かに俺のお気に入りであったりする。

 ブツブツと独りごちながら、何も考えないまま路地へ入り込もうとする。

「おい、伊津留ってばよ!」

 先程から呼びかけていたらしいシェラの声に、意識が浮上しかかる。

「うにょ?」

「──妙な返事してんなよ……。今日は、そっちじゃないんだ」

 シェラが路地から五・六歩離れた所で、俺の事を呼んでいる。

「何で? こっちの方が近いじゃんよ」

 親指で通りの奥を指して、キョトンとして答えた俺に、シェラが首を振って言う。

「変なんだよ、そっちの道。だから、こっちの道から行くんだ。わざわざ、厄介事に首を突っ込む事もないだろ?」

「ふうん。変なんだ」

「そう。変なんだよ」

 スゲー、不毛な会話。

「わあったよ」

 ポケットから手を抜き出した拍子に、中からライターが飛び出した。

「おっ──と」

 カツンと地面で硬い音を響かせ、路地の方へと跳ねていく。拾おうとして路地へ足を踏み出した俺を見て、シェラが焦って叫んだ。

「待てっ! 駄目だ、馬鹿!」



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