プロローグ
1 プロローグ
誰にでも、一生のうちに忘れられない光景が、一つや二つはあるもんだ。そして俺も、あの日見た光景を一生忘れる事はないだろう。
そう。俺の人生を変えた光景を。
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あの日、俺は書き上げた原稿を出版社に納め、自宅へ向かってバイクを飛ばしていた。一応のとこ、小説家なんぞをやっている俺は、帰り際の担当者の言葉を思い出していた。
「じゃあ、萌木さん。次回はちびっとホラーっぽくいきましょうか。あ、ファンタジーの要素も入れてね」
なぁにが“ちびっと”だ、バカたれが。テメーは注文つけるだけだから楽だろうけど、ネタ考えんのは俺なんだぜぇ……。ぶつぶつ。
夕陽が朱い。その朱が、白い雲に映えている。まるで朱炎が揺れているようだ。
メット越しに視線を上げて、俺は息を飲み込んだ。
「え……。あの形は?」
そこに「天使」が立っていた。夕陽に背を向け、翼を広げて巨大な天使が立っていたのだ。その両腕は下界へ向けて差し伸べられ、 顔はやや俯いている。
見事な雲の芸術だ。朱く燃える夕陽をまとい降臨した天使。
「緋色の大天使──か」
ほんの一瞬、俺は雲の天使に気を取られた。ハッとした時には遅すぎた。脇から飛び出してきたダンプの荷台へ向かって、俺のバイクは特攻ぶちかましていたのだ。
脳天まで突き抜ける衝撃と、身体が吹っ飛ぶ感覚と、ああ、ヤベェ。俺の人生、これでアウトか。案外短い人生だったな……。おあ! バイクのローン──ってな自分の意識。
そして───ブラック・アウト。