魔王
玉座に深く凭れ、私は遠くの山嶺を越えてくる「光」を眺めていた。
人間どもが勇者と呼び、希望と崇める四つの小さな命。その足取りは、若さ特有の熱に浮かされ、ひどく危うい。
(……またか。また、あの男は『供物』を寄越したのか)
私を「魔王」と名付け、世界の敵に仕立て上げたのは、あの白亜の城に住む男だ。
彼にとって、私は統治を安定させるための「便利な重石」に過ぎない。民の不満が溜まれば私を指差し、王権を誇示したければ勇者を差し向ける。平和が続けば退屈する民衆に、最高の娯楽として「聖戦」を与える。
かつて、この玉座の前に辿り着いた勇者がいた。
彼はボロボロの剣を杖代わりに、私にこう問うた。
『なぜ、こんな悲劇を繰り返すのか』と。
私は答えず、ただ彼が道中で飲まされてきた「王の毒」を指し示した。彼は魔王である私に殺されたのではない。自分が守ろうとした王が、自分の死を前提に戦後計画を立てていたという「真実」に絶望し、自ら心を壊したのだ。
いま、こちらに向かっている若者たちも同じだ。
彼らは自分たちが「正義」だと信じている。だが、彼らが一歩踏み出すごとに、あの王の懐には金が入り、権力は盤石になる。彼らの流す血は、王の椅子を磨くための最高級の油だ。
「……気の毒にな。お前たちの主は、お前たちが私を討つことなど、これっぽっちも願ってはいないというのに」
王が流したあの涙。
あれは、若者を慈しむ涙ではない。
「これでまた数年は、自分の地位が安泰だ」という、醜悪な歓喜が溢れ出した汁だ。
私はゆっくりと立ち上がる。
彼らを迎え撃つ準備をしよう。殺すためではない。彼らが信じている「光」がいかに薄汚れ、自分たちが「捨て駒」に過ぎないかという、逃れようのない現実を突きつけるために。
「おいで、救世主たちよ。お前たちの本当の敵は、この暗い城にいる私ではない。お前たちを笑顔で見送った、あの眩しい光の中にいるのだから」
漆黒の帳が下りる。
それは、人間の王が作り上げた「美談」という名の嘘を、静かに塗り潰していくようだった。




