僧侶
私は、教会の冷たい石畳に膝をつき、去りゆく若者たちのために祈祷の言葉を唱えていた。
私の背後では、信心深い信者たちが涙を流し、救世主の無事を神に縋っている。だが、私の口から漏れる祝詞は、もはや祈りですらなく、ただの習慣に過ぎない。
(……ああ、また繰り返されるのか)
勇者たちが王城のバルコニーで、陛下と抱き合っていた光景を思い出す。
陛下が流したあの涙。あれは、神が授けた慈悲ではない。あれは、「自分の手を汚さずに、厄介払いを済ませた安堵」が、湿った形をとって溢れ出したものだ。
私は知っている。
この数十年、同じようにこの教会で祝福を受け、王の涙に見送られていった若者たちが、誰一人としてこの門をくぐり直したことがないのを。
彼らは魔王に殺されたのではない。王の「期待」という名の呪いと、民衆の「熱狂」という名の重圧に押し潰され、帰る場所を失ったのだ。
「先生、勇者様たちは、きっと勝てますよね?」
隣で震える幼い修道女が、縋るような瞳で私を見上げた。
私は、その無垢な問いに、嘘を吐く。
「神の思し召しのままに。……ただ、彼らが勝つことと、彼らが救われることは、別の話なのだよ」
王にとって、勇者は「生きている限りリスク」だ。
戦いに敗れれば、魔王への恐怖を煽るための『殉教者』として祀り上げればいい。
戦いに勝てば、今度は民衆の支持が勇者へ流れるのを恐れ、適当な罪を着せて遠ざけるか、静かに毒を盛ればいい。
王が欲しているのは「平和」ではなく、「自分の支配が揺るがない静寂」なのだ。
そのためには、若者の命など、祭壇に供えるパンの一片ほどの重みもない。
私は、祈りの最後に十字を切った。
だが、その指先は震えていた。神を語りながら、王の「汚い計算」を黙認し、若者たちを死地へ送り出す片棒を担いでいる私自身もまた、この国の歪んだシステムの一部でしかないのだから。
「さあ、祈りなさい。彼らの魂が、せめて死の間際に、あの王の涙が偽りであったと気づかぬように」
ステンドグラスから差し込む光は、残酷なほどに美しく、教会の床を血のような赤色に染めていた。




