ナポリタンと小説家
今回はクリスマスのお話です。
「クリスマスケーキ、いかがですか~? まだ在庫がありま~す!」
サンタクロース風の衣装を着た女の人の声が聞こえる。そう、今日はクリスマスイヴ。だけど、私、早瀬真冬には何の予定も無い。塾帰りに、こうやって暗くなった街を歩くだけ。
でも、それでいい。私は、いっぱい勉強して、いい会社に就職して、いっぱい稼いで、お母さんに楽をさせてあげるんだ。
女手一つで私を育ててくれたお母さん。お父さんとは、私が四歳くらいの時に離婚したらしい。だから私は、お父さんの顔を覚えていない。
お母さんは看護師として仕事をしていて堅実な性格。でも、お父さんはのほほんとした性格で、今でも小説家として活動しているようだ。お父さんの事を否定する気はないけれど、二人共正反対の性格。お母さんは、お父さんのどこに惚れたんだろう?
大通りを歩いていると、誰かと肩がぶつかった。
「いてっ!」
見ると、私とぶつかったのは、酔っぱらっているらしいサラリーマン。周りには、そのサラリーマンの同僚らしき人達もいる。
そのサラリーマンは、痛そうな表情で腕を摩さすって言った。
「痛いなあ、お嬢ちゃん。高校生か? お嬢ちゃんの肩だけじゃなく、カバンも当たってすごく痛いんだけど。どうしてくれんの?」
「す、すみません……」
私が戸惑いながら謝ると、サラリーマンはさらに言葉を続けた。
「しかも、このコートお気に入りだったのに、汚れちゃったんだけど。クリーニング代とか、払ってくれんの?」
見ると、サラリーマンの着ている黒いコートの腕の辺りに、白い汚れが付いている。でも、ここは私がぶつかった場所じゃないと思うんだけど……。
「なあ、どうしてくれんの?」
サラリーマンが、私の方にずいっと近寄る。この人、体格が良いから怖い。
私が、クリーニング代を払ってしまおうかと考えていると、後ろから声が聞こえた。
「あー、お巡りさん? なんかトラブってるみたいなんですけどー」
振り向くと、そこには四十代くらいの中年男性がいた。この男性がお巡りさんを呼んだのか。
ハッタリではなく、本当に道の向こう側に制服警官の姿が見える。まだ警官は私達の存在に気付いていないみたいだ。でも、私とぶつかったサラリーマンは、「やべっ」という表情をした後、仲間と共にその場を立ち去った。
私は、警官を呼んだ男性の方に向き直って頭を下げた。
「ありがとうございます、助かりました」
男性は、ヘラリと笑って手を振った。
「いや、良いんだよ。大した事してないから」
「でも……」
このままこの人と別れて良いのかな。なんとなくそんな事を思っていると、男性は考え込んだ後、ニカッと笑って私に言った。
「じゃあさ、お嬢さん。俺に礼をしたいなら――何か奢ってくんない?」
「へ?」
私は、間の抜けた声を出した。
◆ ◆ ◆
それから約ニ十分後。私と男性は、ファミレスで向かい合わせになって座っていた。
「いやー、ありがとな、お嬢さん。まさかナポリタンを奢ってくれるとは思わなかったよ」
男性は、運ばれてきたパスタを巻きながら笑顔で言う。
私は、溜め息を吐いて改めて男性を見る。ベージュっぽい色のコートを座席に置いた男性は、黒いセーターに白いスラックスを穿いていた。無精ひげが生えているものの、黒いショートヘアは整えられていて、仕草もどこか品がある。
私は、自分用に頼んだパフェを口に運びながら言った。
「……確かにおじさん……坂巻さんには感謝してますけど、まさか大の大人にナポリタンを奢る日が来るとは思いませんでしたね」
私を助けてくれた男性は、坂巻さんと言うらしい。坂巻さんは、ナポリタンを一口食べてから答える。
「ごめんねー。俺、専業作家でさー。あ、俺、小説書いてるの。最近本が出版されてなくて、金欠なんだよねー」
専業作家。小説。その言葉を聞いて、私は固まった。
「ん? どした?」
坂巻さんが顔を上げて聞く。私は、思わず聞いていた。
「……坂巻さん、ご家族は?」
坂巻さんは、困ったような顔で答えた。
「あー、今はいない……かな」
きっと、坂巻さんも私のお父さんと同じで、奥さんに愛想をつかされたのだろう。私は、少し責めるような口調になって言った。
「坂巻さん、家族の事が大事じゃなかったんですか? 家族の為に安定した仕事に就こうとは思わなかったんですか?」
その場に沈黙が流れる。坂巻さんは、少し考えた後口を開いた。
「……俺、元嫁と結婚した当時から専業作家だったんだよ。でさ、俺の元嫁さんが、俺の作品の事、『すごく素敵な作品』って言ってくれた事があったんだよ。まあ、今から考えると、突っ走り過ぎたなって分かるんだけど、当時は嬉しくてさ。彼女の笑顔を見たくてがむしゃらに小説を書いてた。……で、気が付いたら、経済的な事とか、現実が全く俺の目に入って無かった」
それに気付いた坂巻さんは、普通に就職をして働き始めた。でも、小説を書けないストレスからか、家庭がギスギスするようになった。会社と小説を両立しようともしたけれど、坂巻さんはそこまで器用では無かったらしい。
そして、坂巻さんは会社を辞めた。
「……それで、結局嫁とは別れる事になってさ。今でもその結果になるしか無かったんだろうなあって思うけど……。俺は小説を書くのが好きだ。だから今、せめて元嫁の言う『すごく素敵な作品』を書き続けられるように努力してるところ」
そう言って、坂巻さんは優しい笑みを浮かべた。
……ああ、この人は、家族を愛してないわけじゃ無いんだ。家庭を作るには、不器用なだけだったんだ。
いつの間にか、坂巻さんも私も、運ばれてきたメニューを食べ終わっていた。私達は、お会計をした後、一緒にファミレスを出る。
「じゃあ、俺はこっちだから。ナポリタン、ご馳走さん」
坂巻さんが、道を左に曲がって歩こうとする。私は、ふと思い付いて坂巻さんの背中に呼びかける。
「あの、坂巻さん。あなたのペンネームは?」
坂巻さんは、ピタリと立ち止まって振り返ると、意地悪そうに笑って言った。
「俺のペンネームは、坂巻信介」
そして、坂巻さんは私に背を向け、片手を振りながら去って行った。
私は、呆然とその場に佇んでいた。坂巻信介?……それって、私のお父さんのペンネームじゃ……!
そう言えば、私はお父さんの顔を覚えていない。あの人が、私のお父さんだったのか……!
考えすぎかもしれないけど、私がいつもあの道を通って塾から帰るって分かってたからお父さんはあそこにいたの……?
やられた。お父さんだと、今の今まで気付かなかった。わざと本名じゃなくペンネームを名乗ったな。
ふと、私の鼻の頭に冷たいものが触れた。空を見上げると、暗い夜空から真っ白な雪がチラホラと舞い降りている。
私は、フッと笑った。まあいいか。お父さんが私達をどう思っているかは分かったし。
私は、雪が舞い降りる中、すぐ側のバス停に向かって歩き始めた。
今回で完結です!
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