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秋の旋律

今回は、少し切ない友情物語です。

 ある日曜日の昼。俺、奥山紅一おくやまこういちは、商店街の側にある広場を訪れていた。


「いやあ、あの奥山紅一君にこんな小さな商店街で演奏してもらえるなんて、嬉しいなあ」


 町内会長である中西なかにしさんが、俺の肩をバンバン叩いて言う。


「いえ、そんな……俺なんて、大した事ないですから……」


 俺が困ったような笑顔で答えると、中西さんはハッハッと笑って言った。


「何を言ってるんだ。君は十歳にして国際的なバイオリンのコンクールで銀賞を取った天才じゃないか」



 そう。俺は五歳の時からバイオリンを習い始め、メキメキと上達。十歳の時に、国際的なコンクールで賞を取った。


 でも、それも昔の話。現在二十四歳の俺は、バイオリン教室の講師をしながらたまにイベントに参加するという日々を送っている。


 今日も、広場で催される音楽イベントでバイオリンを演奏する予定だ。




 広場に運ばれた機材のチェックをするスタッフを見て、中西さんが頷く。


「うん、機材のトラブルもなさそうだな。じゃあ奥山君。まだイベント開始まで時間があるし、商工会議所でコーヒーでも飲んでいくかい?」

「ああ、では、お言葉に甘えてご馳走になります」


 そう言って俺が広場を離れようとした時、不意に背後から声が聞こえた。


「奥山君」



 聞き覚えのある声。俺がゆっくり振り返ると、そこには一人の女性がいた。ボーダーのシャツに白いジャケット、黒いスラックスを身に着けたその女性は、ポニーテールの黒髪を揺らしながら俺に微笑んだ。


「久しぶりだね、奥山君」

笹本ささもとさん……」


 俺は目を見開いて呟く。彼女は、俺が音大にいた時の同期で、初恋の人でもある笹本実夕(みゆ)さんだった。



       ◆ ◆ ◆



 それから数分後。俺と笹本さんは、商工会議所の一室にいた。中西さんが、気を遣って笹本さんもこの部屋に入れてくれたのだ。その中西さんは、今席を外している。


 パイプ椅子に座った笹本さんは、紙コップに入ったコーヒーを一口飲んで言う。


「……ねえ、奥山君。奥山君が音楽活動を続けているのは嬉しいんだけどさ。バイオリンのコンクールとか……もう出ないの?」


 俺は、紙コップを持つ手を止めて固まった。そして、自嘲気味に笑いながら言う。


「……出ないよ、コンクールには。俺には、その資格が無いから……」

「……やっぱり、上原君の事が関係してるの?」


 笹本さんのその言葉を聞いて、俺は親友だった上原綾斗うえはらあやとの事を思い出した。



       ◆ ◆ ◆



 俺は、十歳の時にコンクールで賞を取った後もバイオリンを続け、十八歳で音大に入学した。そこで出会ったのが、笹本さんと上原だった。


 笹本さんは俺と同い年だけど、バイオリンは中学に入ってから習い始めたらしい。笹本さんの演奏は、少し粗削りな所もあったけど、曲の解釈が個性的で面白かった。聴衆の印象に残る様な音楽。俺は、そんな笹本さんの音楽が好きだった。……いや、音楽だけじゃない。


 思い通りに弾けなくても頑張って練習する姿。笑顔で好きな音楽の話をする姿。そんな姿を見て、俺は笹本さんその人を好きになってしまった。


 でも、それ以上に衝撃だったのが、上原との出会いだ。


 上原は、八歳の頃からバイオリンを習っていたらしい。特にコンクール向けの練習をして来なかったせいか、上原に何か受賞したという実績は無い。


 でも、上原の演奏を最初に聞いた時、俺は雷に打たれるような感覚がした。上原は、とにかく自分の思い描いた世界を表現するのが上手い。


 ベートーヴェンの『春』を演奏した時の柔らかい表現。ハチャトゥリアンの『剣の舞』を演奏した時の迫力。俺は初めて、バイオリンで負ける気がした。


 そして俺は、これまで以上にバイオリンに熱心に取り組むようになった。時折上原や笹本さんと意見を交わしながら、切磋琢磨する日々。俺と上原は、良きライバルとしてお互いを認め合っていた。



 でも、あと二か月で音大を卒業するという時に転機が訪れた。


 その日、大学の空き教室で練習をしていた俺の元に、バタバタと足音を立てながら上原がやって来た。そして、満面の笑みで言う。


「奥山! 俺、葉山はやまフィルハーモニー交響楽団に入団できる事になった!」


 それを聞いて、俺の頭は真っ白になった。葉山フィルハーモニー交響楽団と言えば、日本屈指の楽団。そして、俺が入団を希望して落ちた楽団――


「あ、そうだ。奥山、今夜一緒に焼肉食べに行こうぜ! そんなに高くなければおごるからさ!」


 そう言って笑う上原の顔を、俺はまともに見る事が出来なかった。


「ん? どうした、奥山。あ、もしかして、焼き肉の匂いがジャケットに着くのが嫌とか……」

五月蠅うるさい」

「……え?」


 俺は、キッと上原を睨んで叫んだ。


「何だよ、奢るとか。俺への当てつけかよ。いいよな、お前は才能があって。笹本さんだって、お前に惚れてるしな! 知ってるんだ。笹本さんがお前に告白した事。……一人にしてくれ。放っておいてくれ。お前の事なんて……大嫌いだ!」


 そして、俺は教室を飛び出した。何であんな子供じみた事を言ったのか今でもよく分からない。でも、確実に言える事は、そんな俺を上原が呆然と見つめていた事。


 そして、翌日上原が、交通事故で命を落としたという事だった。



       ◆ ◆ ◆



 そして現在。


「……あのね、奥山君。知っていると思うけど、私と上原君、少しの間だけど付き合ってたの。それで、昨日、上原君の遺品の整理を手伝ったんだよね。そしたら、これが出てきて……」


 そう言って、笹本さんが俺に一冊のノートを手渡した。それは、上原が付けていた日記。上原は、手書きで日記を付ける事を日課にしていた。


「上原君のご両親には、持ち出す許可を貰った。……奥山君、ここを見て」


 笹本さんが指をさしたのは、上原が無くなる数日前の日記。そこには、こんな事が書かれていた。



『奥山と出会って、初めて誰かに負けたくないと思った』『もうすぐ卒業だと思うと寂しい』『奥山は、バイオリン奏者としてもっと活躍できると思う』



 ……そんな事を思ってたのか、上原は。そして、そのページの最後の一文を見て俺は目を見開いた。



『奥山には、ずっとずっとバイオリンを続けてほしい。奥山は、俺にとって親友であり、ライバルであり、憧れの音楽家だから』



 いつの間にか、俺の目からは涙が零れ落ちていた。こんな俺を、嫉妬ばかりしていた俺を、憧れと言ってくれるのか、お前は。


 俺は、涙を拭った後、ボソリと呟いた。


「……また、コンクール、挑戦してみようかな」


 そんな俺を、笹本さんは優しい目で見つめていた。



       ◆ ◆ ◆

 


 イベントの時間になり、俺は広場に設けられた野外ステージに移動した。中西さんが、マイクを手に俺の紹介をする。


「十歳にしてシュテルン国際音楽コンクールのバイオリン部門で銀賞を受賞した、奥山紅一さんです! それでは、宜しくお願い致します!」


 会場には拍手が鳴り響くが、勢いは少ない。あのコンクールの存在自体を知っている聴衆が、ここに何人いるんだろう?


 それでも俺は、パイプ椅子に腰かけ、演奏を始めた。


 曲目は、ヴィヴァルディの『四季』より『秋』。クラシックになじみの無い人の印象にも残りやすいよう、わざと抑揚をつけてアレンジしてある。


 上原、俺、もう自分の気持ちを抑え込んだりしない。コンクールにも出場する。だから、もし天国から見ているなら、聞いてくれ、俺の音楽を!




 俺の演奏を聴く客達の表情が変わっていく。日常を見る目から、非日常を見る目へ。おしゃべりをしていた客達も、黙って俺の演奏に聴き入っている。


 そして、俺が一際強い音を響かせようとした時。会場に、大きな風が吹いた。


 広場の隅に立っている何本もの銀杏の木から、黄色い葉が一斉に舞い散る。


 ぶわりと舞い上がり、不規則に散っていく銀杏の葉。その光景はとても幻想的で、俺は思わず目を見開いた。



 ――上原、お前なのか。



 まるでこのイベントの演出のように舞う銀杏の葉。俺は、この風を起こしたのが上原のような気がしてならなかった。


 俺は、涙ぐみながら演奏を続けた。きっと俺は、これからも上原に謝れなかった事を悔やむのだろう。


でも、この先もずっと音楽を続けて行けそうな気がした。いや、続けてみせる!



 演奏が終わると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。これが、俺の第二の人生の始まりだった。

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