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二人の7300日  作者:


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9/9

最終話 当日•後編── 7300日目

会場は、思っていたよりも小さかった。

 椅子は二脚だけ。

 正面には、白い布に包まれた小さな台と、一本の花。


 結婚式と同じようで、

 でも決定的に違うのは、

 祝福のざわめきがないことだった。


 その静けさが、二人には心地よかった。




 司会役の女性が、穏やかな声で言った。


「本日は、お二人が共に歩んだ20年間、

 7300日に感謝し、

 それぞれの人生へ進むための式です」


 亮介と美沙は、並んで立った。


 20年前と同じ並び方。

 でも、肩に入る力はまるで違っていた。


「それではまず、

 結婚生活を振り返る時間を持ちましょう」


 スクリーンに映し出されたのは、

 写真でも映像でもなく、

 ただの日付の羅列だった。


 2005年、2006年、2007年……

 淡々と流れていく数字。


 それなのに、美沙の目には、

 その一つ一つに情景が浮かんでいた。




「お二人それぞれ、

 感謝の言葉を一言ずつ、お願いします」


 最初に促されたのは、亮介だった。


 亮介は一度、深く息を吸った。


「……20年間、

 俺は“守ってるつもり”で、

 ちゃんと向き合ってなかったと思います」


 言葉は、飾らなかった。


「それでも美沙は、

 俺の隣に立ち続けてくれた。

 それだけで……十分すぎるほどでした」


 少し間を置いて、続ける。


「ありがとう。

 7300日、俺と一緒に生きてくれて」


 美沙は、ゆっくりと頷いた。




 次は、美沙の番だった。


「私はね……

 あなたに“わかってほしい”って思いすぎて、

 ちゃんと伝える努力を怠ってた」


 声は震えていなかった。


「でも、

 あなたと過ごした時間がなかったら、

 今の私はいない」


 美沙は、指輪に目を落とした。


「結婚は、終わるけど。

 感謝は、終わらない」


 そして、はっきりと言った。


「ありがとう。

 私の7300日を、あなたと分け合えてよかった」




「それでは、

 指輪を外す儀式に移ります」


 係の人の声が、静かに響く。


 二人は、同時に左手を見た。


 20年間、外すことのなかった指輪。


 美沙が、先に外した。

 少しだけ、ためらってから。


 亮介も、それに続く。


 金属が小さな台に置かれる音は、

 驚くほど軽かった。


 重かったのは、指輪じゃない。

 時間だった。




「これにて、離婚式は終了です」


 拍手はなかった。

 代わりに、深い静寂があった。


 それが、この式にふさわしい終わり方だった。


 会場を出る前、

 美沙が立ち止まった。


「ねえ、亮介」

「ん?」

「私たち、失敗した夫婦だったと思う?」


 亮介は、少し考えてから答えた。


「いや。

 役目を終えた夫婦だったんだと思う」


 美沙は、微笑んだ。


「それ、いいね」




 外に出ると、空は澄み切っていた。

 20年前と、同じような青。


「じゃあ……ここで」

「うん」


 握手も、抱擁もない。

 でも、背を向ける前に、二人は同時に言った。


「元気で」

「あなたも」


 そして、それぞれの方向へ歩き出す。


 振り返らなかった。

 それが、二人なりの誠実さだった。



 こうして、

 二人の7300日は終わった。


 けれど、

 それは“失われた時間”ではない。


 調和の取れた別れ――



それは、

 人生の次の章へ進むための、

 静かで確かな終止符だった。


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