表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二人の7300日  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/9

第4話 10年目──初めての大喧嘩

離婚式まで、あと四日。

 そしてそれは、二人の結婚記念日まであと四日でもあった。


 夕飯のあと、食卓の上に残った湯気がゆっくり消えていく頃、

 亮介がぽつりとこぼした。


「……10年目のこと、覚えてるか?」


 美沙は箸を置き、静かに息をついた。


「忘れられるわけ、ないよ」


 その声には、少しだけ痛みが残っていた。

 結婚10年目──二人が初めて、本気で傷つけ合った年のことだ。




 その頃、美沙は仕事に復帰したばかりだった。

 ずっと興味のあった企画職に抜擢され、日々が新鮮で、忙しくて、それでも楽しかった。


「最近、帰り遅いな」

亮介が言う。

その言い方には悪気はなかったが、美沙には棘のように刺さった。


「あなたも帰り遅かったじゃない。私だけ言われるのは……変だよ」

「別に責めてるわけじゃ……」


 だが、亮介の溜め息まじりの言い方は、美沙の不安に火をつけた。


 ある晩、事件は起きた。


 美沙は会社でトラブルに巻き込まれ、疲れ切った状態で帰宅した。

 玄関を開けると、リビングの電気はついている。

 亮介がテレビをつけたまま座っていた。


「おかえり……遅かったな」

その声は、ただの言葉のつもりだった。

だが、美沙の耳には“またか”という非難に聞こえた。


「……遅くなるって言ったよね? ライン見てないの?」

「いや……見てたよ。でも……連絡、もっと早めにできたんじゃないか」


 “もっと早めに”


 その一言が、美沙の中で何かを切った。


「私ばっかり責めるの?」

「責めてるんじゃないって」

「じゃあ何? 私は家のことも全部やって、仕事だって頑張って……

 あなたはただ帰ってきて不満だけ言うの?」


「不満なんて——」

亮介の声も荒くなった。


「美沙だって変わったよ。仕事の話ばっかりで……

 前はもっと俺の話、聞いてくれたじゃん」


「前って何? 私が働く前のこと?

 じゃあ仕事辞めたほうがよかったって言いたいの?」


 火花が散るような、初めての本気の衝突だった。


 言わなくていい言葉ばかり出て、

 互いの“疲れ”がそのまま“怒り”に変換されていた。


 その夜、二人は別々の部屋で眠った。




 翌朝、亮介は出勤前に小さな紙袋をテーブルに置いた。

 中には、美沙が前から欲しがっていたブランドのボールペンが入っていた。


 付箋が一枚。


 「がんばりすぎるなよ」


 その一言を見て、美沙は泣いた。


 本当は責めたいんじゃない。

 本当は理解したいだけ。


 それは分かっていたのに、すれ違いは重なり続けた。



◆現在──相沢家のリビング


「……10年目のあれ、一番つらかった」

美沙が静かに言う。


「俺もだよ。あの日、謝りたかったのに……結局言えなかった」

「うん。でもね、付箋の“がんばりすぎるなよ”は嬉しかった」


「あれで……許してくれたのか?」

亮介が目を伏せる。


「許すとかじゃなくて……“ああ、この人、私をちゃんと気にしてるんだな”って思ったの」


 亮介は少し笑った。


「……あれ書いたくせに、その後また喧嘩したよな」

「したね。何度も」


 二人は同時に少しだけ笑ったが、

 その笑いはどこか寂しげだった。


 10年目は、

 “互いを思う気持ち”と“自分の生活”が初めて強くぶつかった年だった。


 そして、その傷は完全には塞がらないまま、

 20年目の離婚という選択へ少しずつ近づいていった。


 


離婚式まで、あと四日。

結婚記念日まで、あと四日。


 二人は今、かつてよりずっと静かに、

 それぞれの“半分だけ残った愛”を抱えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ