悪夢と、愛のお守り
ロンドンの冬の、ある日の深夜。
アパートのベッドルームで高熱に苦しんでいたリリーは悲鳴にならない悲鳴を上げて跳ね起きた。
額にはじっとりと脂汗が浮き、心臓が早鐘を打っている。
ぬらぬらと不気味に光る巨大な蛇がリリーの体を絞め上げて咬み付く悪夢を先程見て、その冷たい鱗の感触がまだ肌に残っているような気がして彼女はガタガタと震えた。
「リリー? 大丈夫、ここにいるわよ。」
隣で看病していたルームメイトのラベンダーが、すぐにリリーの肩を抱き寄せる。
金髪の癖っ毛を無造作に束ねた彼女は灰色の瞳に深い憂いと慈愛を湛え、リリーの背中を優しくさすった。
「ラベンダー……蛇が、大きな蛇が私を咬んだの……」
「大丈夫。熱のせいで悪夢を見たのよ。」
ラベンダーは冷たいタオルをリリーの額に乗せ替えながら、わざと明るい声を出した。
「それにしても、蛇に巻き付かれるなんて。リリーがあまりに可愛くてスタイルが良いから、きっと食いしん坊な霊が『美味しそうな獲物だ』って目をつけちゃったのね。困ったものだわ。」
「えぇっ? そんな理由なの……?」
突飛な持論に、リリーの体から少しだけ力が抜けた。
「そうよ。リリーはちょっと無防備すぎるんだから。霊だってこんなに綺麗な赤毛の女の子は放っておかないわ。でも安心して。私が追い払ってあげるから。」
ラベンダーはリリーを再びベッドに横たわらせ、安心させるようにその手を握りしめる。
ロンドンの街灯が淡く部屋を照らす中、リリーは親友の温もりに包まれ、ようやく再び深い眠りへと落ちていった。
数日後、熱が下がりようやく仕事に戻る準備をしていたリリーの元を恋人のオリバーが訪ねてきた。
彼の傍らには、8歳の双子の姪ペチュニアとデイジーがいる。
「リリー、体調が良くなって安心したよ。」
オリバーが微笑むと、ペチュニアとデイジーが無邪気な笑顔を浮かべてリリーの足元に駆け寄った。
2人にとってリリーは「叔父さんの恋人」というより、大好きで可愛い「実の叔母さん」のような存在だ。
「リリーおばちゃん、これあげる!」
「もう怖い蛇が来ないように、みんなでお守りを作ったの!」
差し出されたのは、拙いながらも一生懸命に編まれた色とりどりの刺繍糸のブレスレットだ。
「わぁ、可愛い……! 私のために作ってくれたの?」
「うん。ラベンダーから聞いたの、リリーおばちゃんが怖い夢を見たって。」
ペチュニアとデイジーがリリーの両手にそれぞれお守りを結びつけると、まるで魔法がかかったようにリリーの心が温かくなっていった。
背後でその様子を眺めていたラベンダーが、オリバーと顔を見合わせて悪戯っぽく笑う。
「これで安心ね、リリー。食いしん坊な霊も、その強力なガードマン達の前じゃ手出しできないわ。」
リリーは両手首のお守りを見つめ、それから愛する人たちを見渡した。
ロンドンの冬はまだ続くが、彼女の周りにはどんな悪夢も寄せ付けないほど温かな光が溢れているのであった。




