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第4話 静かな水面

 村の祭りが始まった。夏なのに湖畔は涼しい。しかし先生はまた今年も来てくれなかったとミユは残念に思っていた。約束していないから怒ることは出来ない。でも、自分は特別な扱いになったと先生の自宅に泊まったことで期待感が昨年よりも高まっていたのが気分の消沈に一役買っていた。


「はぁ、今年も行けなかったな……」


 一人で行けばいいのにと思う事もあったが、なぜかミユはカップルでしか祭りには行ってはいけないと思い込んでいた。村人でなければ村の祭りには行けないのだと。だから先生とカップルでなければ行けないのだ。


「うーん、来年こそは行きたい。行きたい、行きたい、先生と行きたい」


 夜も更けてきた。下を向いたミユは中々精神の復活が出来なかった。


「いいんだ。先生だって忙しくて他の女性と行ったりしないはずだから……」


 う~む、と唸ってから自分がもっと甘えたいお子様なんだと実感する。一緒に布団に入った記憶も鮮やかに蘇る。


「すごく安心できた……。夜眠る時は、ボクはいつも一人だったし、孤独には馴れているはずなのに。でも、先生は、あったかくて、優しく包んでくれて、過去で一番幸せだった。また、あの温もりを感じたい……」


 そろそろ一番楽しみにしている花火が打ち上げられる。軽い音が聞こえてきた。そろそろだと耳を澄ます。


 どーん、どーん


 花火の試し打ちが聞こえてきた。いよいよ本番だなと村の方角を見ながらミユは笑顔になった。


「ボクって目は凄く良いんだよね。花火だってよく見える。月の出ていない真夜中だって普通に夜目が効くし、もしも先生が村の方角から来ても直ぐに見えるし」


 どーん、どーん


「いつも奇麗だね……澄んだ空気を通してクッキリ見える月よりも奇麗。一人で見上げるのもいいけど、いつか先生と腕を組んだり、手を繋いだりしながら観たいな」


 ・・・・・・・・・・


 その頃、先生は。


 花火の火で大火傷した技師の治療を行っていた。花火の暴発で周囲の花火職人らの数人が火傷を負ったと連絡が入り、急いで駆け付けたのだ。今日こそはミユを誘って祭りに行こうと考えていた先生は、これも仕方がない、人命優先だと真っ先に手当てを始めた。


「ヒール!」


 彼のヒールは通常のクレリック(聖職者)らが行うヒールよりも強力だった。それでもただれた皮膚が治っても、治るまでに血液に乗って身体に巡ってしまった痛み成分などが治まるわけではない。


 つまり、見た目は治っても痛み成分が分解・吸収されるまでは苦痛を感じ続けるのだ。それもヒールで癒していく必要があった。怪我人たちは次の花火を打たなければならないから。中途半端な状態で再度打ち上げ操作をさせると失敗する確率が跳ねあがる。


「怪我人は正確にあと何人だ?」


「重傷者は……あと四人です、しかし軽傷を含めた怪我人という括りでは三十人ほどと思われます、先生」


「そうか、致命傷になっていない軽い人には申し訳ないが、重傷者を優先にコチラに運んでくれ。あと神官が教会の奥の部屋に残っていないか声掛けをしてくれ」


 ここで冒険者ギルドから駆け付けたマリーナが近寄って声を掛けてきた。


「冒険者の中で我流のヒール使いもいますので声を掛けてきました!」


 どうやら、たまたま依頼の仕事でユイという冒険者の駆け出しの娘がいるという。強力な少し変わったヒールを使えるという事で、怪我をしてきた冒険者を格安で治療してくれていた。


「ありがとう、マリーナさん、助かるよ」


「こ、こんにちは……紹介されました、わ、私はユイと申します。お手伝いさせてください」


「うん、よろしくね。魔力の質を観たところ君は神官系の魔法使いだね。ありがたい、今にも亡くなりそうな怪我人を優先的に頼むよ」

(ユイかぁ、娘の名前・由衣と一緒だな……)


「は、はいっ!」


 マリーナ

「えっ、先生、いきなり瀕死の怪我人を彼女に任せて大丈夫なんですか?」


「ああ、大丈夫だ。魔力の質を観た限り、相当に優秀な娘だぞ。助祭クラスの力はある」


「そんなに凄い人をアルバイト扱いで使っていただなんて……は、恥ずかしいです。明日、ギルドで給料を上げるように手配しておきますね」


「ふっ、マリーナさんは本当に素直でいい娘だな」


「そういう給与面でしか私は活躍できませんから、仕事にはしっかりとした報酬を与えるのが使命だと考えています。でも、出血を拭い、傷口の漏孔を探したり、止血したりは出来ますので、あちらで他の軽傷の方を診てまいります」


「うん、よろしくね」


 ユイ

「あの、一人済みました。次の方へ移ります」


「ああ、ありがとう。魔力枯渇に気をつけてね」


 ユイ

「はい(なんだか、この先生、懐かしいオーラを感じるわ。とても安心感がある……)」


 こうして全員が無事に治療されていった。花火はその後、村人の意地だと再開され、通常終了する時間を大幅に延長し、深夜になるまで継続していた。子供たちはその時間を大いに楽しんだ。村学校の始業時間も遅らせることにした校長の柔軟さも良かった。


 先生は、深夜に解散した全員に労いの言葉を送って欲しいと村長に頼まれ、閉会の挨拶をしたのは珍しい経験となった。


 ・・・・・・・・・・


【次の日】


 祭りの後片付けも午前中に終わり、今日も彼は湖の畔でのんびりと過ごしていた。隣にはいつものように少女ミユが座っている。


「大変でしたね、ボクもお手伝いに行けば良かったです」


「ミユは何かの制限で魔法が使えないようになってるから、ヒールをマスターするのは難しいね。たぶん、年齢的なものだと思うけど、ある年齢を超えると急に使えるようになるから、それまでは辛抱してな」


「うーん、魔法でなくても包帯を巻いたりの作業は出来ますよー」


「そうだな……」


「うん」


「あ、そうそう、実はな、祭りにミユを誘おうと思っていたところだったんだ。一緒に回りたいだろうと思ってさ。でも、そうする直前に花火が暴発しちゃってな、ごめんよ、来年にはきっと一緒に連れて行けるよ」


「え、本当ですか!? 約束だよー、約束破ったら温厚なボクだって怒るからね」


「ああ、約束だ、小指出して」

「うん小指ー」


「ふふっ、嘘ついたら針千本のーます」


「先生、なんですか、そのおまじない? 怖すぎるよ」

「僕の故郷のおまじないだぞ!」

「魔界より、すごく恐ろしい世界じゃないですか」

「むむむ……」



【冒険者ギルド】


「やったー! 給料上がりましたーーーー!!」

「ふふ、ユイさんの活躍とスキルのおかげですよ、おめでとうございます」

「ありがとうございます! マリーナさん、大好きっ」


「ふぅ~、また今年もお祭りは仕事で終わりましたですね……」

「仕事ばかりで婚期を逃すと大変ですよマリーナさんっ」


「まぁ、ユイさんも好きな人がいるのかしら?」

「いますよー、お父さんですっ」

「あらあら、それはそれは困りましたねー」

「会いたいです……お父さんに会いたい……お母さんたちにも、ぐすん」


「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまったのね」

「えーーーん」

「えっ、えっ、ユイさん? どうしましたか」


「昨夜、懐かしい感じを受けてしまってから、家族が思い出されてしまって、悲しみが止まらないのです」


「なでこ、なでこ、ユイさん、いいこ、いいこ」

「あ、ありがとうございます。頭を撫でられて癒されます。えーーーん」



 ……前世の先生には息子と娘がいた。


 息子はサトシ、娘はユイという名であった。


 この奇妙な一致は、いずれ明らかになるのかどうか、それは神のみぞ知る。いや、『神すら知らないわ』とこの世界を統べる女神なら反論する事だろう。


 湖は静かに鏡状態になり村を優しく見守っていた。


 ただ、運命の期日は、刻一刻と近づいてくる。

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