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第3話 村の祭り

 昨夜は先生のお家に泊まった湖の娘ミユだったが、変な夢を見ただけで何事もなく朝になった。朝日が差し込むギリギリである。


「あ、いけない、帰らなきゃ」


 何か思うことがあるのだろうか、湖の娘ミユは急いで着替えていた。着替えが済んでから隣で眠っていた先生を揺り動かして挨拶をしようと思った矢先に、もう少し寝かせておいてあげようと思いなおした。彼の寝顔を覗き込み『ああ、泊れて良かったわ』と感慨深く溜息をついた。


「また泊めて下さいね」


 言った傍から顔を赤くして照れてしまい、そっと襖を開けて台所へ行き、リビングを後にして玄関から外へ出た。日が高くなるまでに帰らなきゃいけない。


「ボクは無断外泊をしてしまったんだ、とても悪いことをしたみたい」


 走って湖方面へ向かうが、ミユの頭の中には変な妄想が広がっていった。


 時を同じくして、玄関の音に目が覚めた先生は、隣に彼女が寝ていないことに気づき、もっとゆっくり起きればいいのにと感じ入っていた。やはり不思議な女の子だなと感想を頭に浮かべる。


「さて、今日は村の祭りがあるな。手伝いも沢山あるだろうから湖の畔に行けるかどうか。そして昼過ぎには冒険者ギルドへ行かないといけないな」


 昨夜の銀魔狼の報酬を受け取りに冒険者ギルドへ昼過ぎに行く。その前後は村で祭りの設営やら食べ物の仕入れやら雑用でもする。


 村では先生の教えに従って、野菜や果物の生産、昨日から引かれた用水路による溜池での魚の養殖、医薬品などの試験が行われているので、それぞれのチェックで巡回しないとならなかった。その報酬は村長が提供するが、これまでに彼は冒険者として稼いだお金が潤沢にあるため、基本的に報酬は少なくていいと村長に伝えていた。


 道を歩いていると朝の農作業の村人や狩猟へ出かける面々とすれ違う。それぞれ挨拶を交わすのだが、村の中心部へ行くまでに結構な人数に声を掛けられ、挨拶だけならまだしも相談事を持ちかけられて話し込んだりして中々にスローペースな動きとなってしまっていた。


「先生、今度な相談に乗って欲しいんだ。村に巡回に来る商用馬車の数を増やそうと思っているのだが、需要があるのか、新しい商品を持ち込まれても賄いきれるのか、悩んでいるのだな」


 村長にも相談事をされた。


「商品の目録を作ってくれれば、村の人口と家族などの大人・子供の比率で色々とアドバイスできると思うよ」


 また、だれ誰さんちの娘さんが適齢期なので誰か好い男性はいないか選別に協力してくれとか、神事で巫女にする女の子を選びたいとか、夏祭りの踊りに新しい風を吹かせたいとか、多岐に渡っていた。中には急病人が出たから診てやってくれないかというのもメインで入ってくる。


「やれやれ、冒険者ギルドへ行くのが遅くなるかもしれないな」


 彼はヒールなど神聖魔法で癒しを与える能力もあるが、前世から持ってきた医学知識もあって、多角的に治療できるため重宝されていた。また、魔獣が出現した場合には戦闘の専門家として先頭で駆り出され、なかなかの多忙さを誇る。


「出来ればスローライフだったはずだけどさ、まぁ、人々のお役に立てるのは好い事だよな」


 自分のスキルや科学知識が役立つことに喜びを感じる研究者だった前世の影響を多分に受けているが、彼にはあまり自覚がなく、流れに乗ったまま苦も無く作業をすることが多かった。彼が村に来てからは商店の支店が増えてきており、もう少し規模が大きくなれば、村から町へ昇格するレベルであった。


 祭りの屋台の木材の組み合わせを指導していて昼を過ぎたころ、冒険者ギルドへと足を運んだ。


 冒険者ギルドは村ゆえの支店としてこじんまりとしているが、それでも村の安全を守るためにある程度の強固な造りをした二階建ての建物だった。守衛や護衛も兼ねた冒険者らが揃っていた。また、領主から派遣された兵もローテーションで数人いるようになっていた。この兵の主な仕事は門兵であり、村への出入り口にて身分や犯罪歴のチェックを任されていた。


 ギルドの西部風な両扉を開けて入り口から入ると、受付のカウンターがある。女性職員が数人いるが、今日は一人だけだった。彼は真っ直ぐに彼女へ向かって歩いて声を掛ける。


「マリーナさん、こんにちは」


「あら先生、早かったですね」


 少し顔を赤らめたマリーナが笑顔で迎えてくれた。村人が噂するように、大変美人な女性である。制服も似合っており、冒険者ギルドの評判の良さに多大なる貢献をしていた。


「今日は祭りですからね、みんな準備で忙しいと言いながらも笑顔ばかりでしたよ」


「あらあら、先生は引っ張りだこですからね、お身体には気をつけて下さいよ、先生が倒れられたら皆が心配してしまいますから」


「マリーナさんは祭りへは行かれるんですか?」


「わ、わたしですか!? えっと、その、あの、誘ってくださる人がいないので……」


「へぇ、マリーナさんを誘わない男性がいるだなんて失礼ですよね。家族とは行かないのですか?」


「ぎ、ギルドが24時間営業ですし、わたしは、し、仕事してますからぁ」


「ふふ……、身体を壊さないでと言いたくなるのは僕の方からですね。マリーナさんが寝込んでしまわれたら他の職員も大変ですし、ギルドマスターなんて発狂するんじゃないですか」


「えー、おほん。あの、銀魔狼の報酬がご用意出来ています。結構な金額が出ていますよ。金貨で三枚もです」


「ええっ、金貨で三枚!? 多過ぎませんか」

(普通の新卒社会人の3か月分の給料ぐらいだな……)


「いえ、銀魔狼は討伐が難しく、そもそもA級魔物ですから高額設定なのです。戦う冒険者も命がけですから。昨夜、私が現認せずに解体され、村人の食卓に上ってしまっていれば、報酬は出せませんでしたからね!」


「なんというか、ありがとうございます」


「まぁ、わたしもお裾分けを美味しくいただきましたし、感謝すれど文句は全くございません」


「本当にありがとうございます。マリーナさんへは何かお礼でもしないといけませんね」


「そ、そ、それなら……」


 顔を益々真っ赤にして俯きながらモジモジと口を動かすマリーナだが、声が発せられないのか『もにゅもにゅ、まつり……に、わたしをさ、さ、……さそっ……て……もにゅもにゅ』と中々聞き取れなかった。


「じゃ、祭りの手伝いに行ってきます。また来ますねマリーナさん」


 と話し始めるマリーナを待たずに出口へ向かって足を進める。彼の背中越しにマリーナが何か言いかけているのが聞こえたような気がするが、前方から村長に声を掛けられ、彼女の言葉への注意を向けられなかった。


 まさに鈍感系主人公のごとく、颯爽とギルドを去ったのであった。


 丁度、その頃からミユは湖の畔にて彼が来るのを待ち続ける。毎日、午後三時ごろになるとお弁当とお茶を持って先生が来るのを待つのだ。しかし今日は村で祭りがあることを知っており、村の手伝いで忙しくしている先生が来てくれるのかは分からなかった。それでも、彼女は待つのである。


「一度、行きたいな……村のお祭り……」


 約束しているわけではないので、もし先生が来なくても全然いい。想い人が来るのを待つというだけで幸せを感じているミユであった。

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