第10話 湖にて黄昏るミユ
先生が居なくなってからというもの、ミユは湖の畔にある先生の愛用の大岩に座り、水面を見続けていた。本当はついて行きたかったのに、ミユは湖から物理的に離れられない縛りがあり、少し不貞腐れ、煩悶している。
「えっと、王都へ行って聖剣を国王様から賜って、折り返してエルソンの街に行くでしょ、途中で湖の傍を通るから村に寄ってくれないかな、それでエルソン数日宿泊してから、ジャッキ村へ行って、最後に地下の魔王の城、っと。魔族の悪行の被害が急増しているから、回り道して鍛えたりスキルアップすることをせずに、魔王城まで直行って先生言ってたわよね」
「会いたい、会いたい、会いたい、会ってハグしたい、会いたい、会いたいよー」
「あ、そうだ! 先生が乗った馬車が近くを通った時に、飛び乗って魔王討伐に協力しちゃおう。あ、でも私って湖から離れると、また湖に戻っちゃうんだよねー。馬車が通る道って離れているのかしら。そこまで行くことが出来るのかなぁ……」
「合流したい、そうすれば会える、会えるわ、会いたい、会いたい、会いたいなり」
「頭が痛い……、う、うん、何か忘れているような。時々、思い出さないといけない何かがあるみたいなのよね。思い出そうとすると頭痛が酷くなる……いたた」
「痛いなりよ」
「あ、頭痛の時は、先生に頂いたお薬を飲まなきゃ」
「まさかあの夢がフラグというものなのかしら?」
「ふぅ~、先生、大好き、大好き、大好き、大好きなり、愛してるなり、ハグして欲しいなり」
「にゃ~~~~! 駄目だよ、頭の中でグルグルと会いたい病に罹患しちゃうよ、にゃぁ~」
「まだ王都を出発していない頃よね。もう出発しちゃったのかにゃ」
こうしている内にでも日にちが過ぎていく。時々、湖に村人はじめギルドの人たちが差し入れを持ってきてくれる。先生がくれるお弁当という名前でなくて、お供え物という名に代わっていた。
昨日はマリーナさんが来てくれて嬉しかったとミユは思い出す。マリーナさんの先生を想う気持ちは痛いほど伝わって来ていた。同じ人を好いてしまった絆みたいなものか、以心伝心のように先生を慕う想いが理解できてしまう。
「もう、先生ってモテるんだからぁ」
自分の心がキューっと苦しくなるのを感じる。本当に想いを大切にしてるんだなと自覚できる瞬間だ。私だけを選んで欲しい、でも、ワガママだと自覚している。出発の時の告白祭りの話をマリーナさんから聞いた時、涙が止まらなかった。やはり普通の女性と結婚したいのだろうな、と彼の気持ちを想像するだけで、恋心が右往左往して暴れてしまう。
「また夜の湖畔で一緒にホタルが観たいな」
先生と一緒にして欲しいリストは沢山あり、彼が帰ってこなければ何一つ達成することが出来ない。夜の風のない鏡の様な水面を観ていると、色々な景色を思い出す。
「無風状態の水面って、それはそれで神秘的だったわね」
(頭なでて欲しいな……)
今更ながら、ミユの頭の中では『どうすれば会うことが出来るのか』、『なぜあんな離れる判断をしたのか』という後悔と『なんで一緒に連れて行って貰わなかったのだろう』という後悔がせめぎ合っていた。
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【地下の魔王城】
剣聖
「ぐぁぁーーーっ!! そ、そんな……」バタッ
付与術師
「クッ、回避……あ、グッ、うわぁーっ」グシャ
魔王
「ふん、女神の加護が足りんな。聖騎士と聖付与師がいないとは……話にならん」
神官ミユ
「回復っ! はぁはぁ……もうすぐ私の魔力が枯渇します!」
魔王
「神官か。聖女もいないとはな、いったい何をしに来たんだ、お前達」
魔法使いリエ
「仲間を守るわ! 結界っ」
アレス先生
「聖剣エクスカリバー、アレス・スラッシュッッ」
魔王は手の平で勇者アレスの必殺技であるアレス・スラッシュを軽く防ぐ。今のところ、勇者パーティの放った魔法、物理攻撃、マイナスの付与は何も効いていないようだった。圧倒的、まさに圧倒的であった。
魔王
「ふっ、ふわっはっはっ、弱い、弱いわーーー」
アレス先生
「はぁ、はぁ、つ、強い……さすが魔王」
ポーションも残り少ない、残りたった二本のエリクサーも使うしかないのか……。
魔王
「わしと少し話をしないか? 勇者アレスよ」
アレス先生
「は、話とは……? はぁはぁはぁ」
魔王
「お前たちは残念ながら取引の結果、犠牲になることになっただけだ。死に損だな」
アレス先生
「取引とは? 王家とか? はぁはぁ」
魔王
「わしも魔王軍を束ねる魔族の王、何の理由もなく悪事なぞせん。そこまで悪魔ではない。人間の中にはクズというものがいてな、そういう輩が権限を持つ地位に着くと今回のようになる」
アレス先生
「人類を裏切ったのが王家でないとすると、公爵クラス、宰相クラスか、教皇閣下は……女神様直結だからないか、しかし魔王、動揺させる作戦なら僕たちには通じないぞ」
魔王
「この魔王城エリアは女神の透視でも観れない結界が張ってある。この会話はお前たちにとって役に立つだろうが、決して女神を始め教会や王家には届かん。だから教えておいてやる。冥土への土産にしろ」
アレス先生
「説明してくれると、ありがたい」
ユイ&リエ
「「先生!?」」
魔王
「わしらが悪事を控える代わりに目障りな勇者パーティを潰すこと。第四王子の婚姻者側の実家の公爵家と取引したのだ」
アレス先生
「第四王子系というと反体制派ですね。なるほど奥方様の実家は公爵家、王家に成り代わろうという作戦ですか」
魔王
「ふむ、理解が早いな。更にもう一つある。魅了魔法の復活、これが本当に欲しいものだろうな。欲望の強い連中がこぞって求めてきたわい」
アレス先生
「魅了魔法の復活……」
ユイ&リエ
「「先生……」」
アレス先生
「リエさん、ユイちゃん、お願いがあります。ここは私に任せて下さい。そして貴女方は先に地上へ戻って王家にこの事実を伝えて下さい」
ユイ&リエ
「「先生……」」
リエ
「待ってくださいっ! 魔王との実力差は歴然です。貴方お一人では……」
アレス先生
「大丈夫です。必ず引き分けますから。勇者に残された伝統の最後の技があります」
ユイ
「あ、え、そんな」
魔王
「お別れをするなら待ってやる」
アレス先生
「魔王陛下、ありがたき御配慮、ありがとうございます」
リエ
「ま、まことさん……」
アレス先生
「……えっ、どうして僕の前世の名前を……?」
ユイ
「おとうさん……」
アレス先生
「まさか、里江に由衣なのか、どうして今……」
リエ
「村の頃からずっと気になってたの。馬車の中でほぼ確信に近づいたわ」
ユイ
「お、おとうさ……ん」
リエ
「探したんですけど、サトシはこの時代にはいなかったわ」
アレス先生
「そうか……サトシは転生された時代が違ったんだろうな」
リエ
「元気だと良いわね」
ユイ
「サトシお兄ちゃん……元気だと好いな」
アレス先生
「二人とも、おいで」
リエ&ユイ
「あなた!『おとうさんっ』」
アレス先生
「お前達、人類のために僕はここで決着をつけるよ。つけなければならない。だから地上へ逃げておくれ。大丈夫、僕も後で追いつくから。空間転移魔法があるからね」
ユイ
「でも、魔王を抑える、そんな魔法も武器もないのでは……?」
リエ
「……あなた」
アレス先生
「きっと追いつく。また後で会おう」
リエ&ユイ
「「はいっ」」
魔王城の王座の間から背を向けて走るリエとユイ。出口へ向かって動かない身体を駆使して、重要なメッセージを届けるため前を進んでいく。勇者アレスが追いつくことを祈って。後で合流することを祈って。
魔王
「お別れで言いたいことが言えたかな? 勇者アレス」
アレス先生
「ああ、ありがとう。魔王、敵対していなければ酒でも飲み交わしたいと思う」
魔王
「お前も、年齢的にもきついだろうに、よく頑張った。褒めておくぞ」
アレス先生
「いざ勝負、魔王!」
残念ながら、勇者アレスのパーティは誰一人として地上に戻ってこられなかった。
人類の歴史上、初めて魔王を討伐し、パーティのメンバーが”一人”でも生存できたのは、勇者サトシが率いるパーティだけであり、それはこの時代より100年ほど未来の出来事である。
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【数年後】
ミユ
「先生、帰ってくるの遅いなりなぁ。また今年も、もうすぐ村の夏祭りが始まっちゃうなりよー」
「会いたい、会いたい、会いたいなり、会いたいなりよ、今すぐ会ってハグしたいなり、愛してるなりよ……、せんせーーい! ボクさびしいよぉぉ~~~~~、先生……、お弁当、一緒に食べようなりね。飴ちゃん要る? 手を繋いで、お祭りに行こ? まだ帰れないのかにゃー、忙しいのかなぁ、ぐすん、忘れちゃってるのかなー」
いつも先生が座っていた大岩に腰かけたミユは、今でも彼の帰宅を待ち続けている。
愛しい先生の無事を祈り続けて、いつまでも、いつまでも……。