表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

壊れる家族と、蠢く欲望

第1章 金




1時限目は数学だった。


恭二、十八歳。高校三年生。髪は相変わらず金色で、授業態度も悪い。


机に足をのせ、サングラスをかけて座っている。机の上には教科書の代わりに、Louis Vuittonの長財布が無造作に置かれていた。




担任の佐藤先生が注意しようと近づいてくる。四十代半ば、背は高く痩せぎすで、頭頂は寂しい。




「恭二君、態度を改めなさい」




声をかけられた恭二は、足を下ろして立ち上がる。サングラス越しに鋭い目を向け、ゆっくり二、三歩踏み出した。佐藤先生は思わず身を引く。




「……あ?」




殴られると勘違いし、佐藤は両手を頭上で交差させた。だが恭二は机の財布を取り、札を二枚抜き出すと、佐藤の胸ポケットにねじ込んだ。




「チップだ」




恭二は何事もなかったように席へ戻る。


教師の重労働と安月給を知っているからこその皮肉だった。佐藤は怯えながらも、その二万円を自分の財布にしまい、何も言えずに授業を再開する。




生徒たちは呆気に取られ、やがて嘲笑した。教壇から偉そうに見下していた教師が、簡単に買収される――それは痛快だった。誰も恭二の行動を止めようとしない。




隣の米倉智樹が笑いながら手を差し出す。


「今日もやったな、恭二」




恭二は軽く叩き返し、ついでに黒板を一瞥した。


「ところで、定積分の計算間違ってますよ。剰余の定理でもいけますが、数学的帰納法を使えばもっと簡単です」




淡々と指摘すると、今度はスマホを取り出してゲームを始める。


彼は高校生にしては桁外れの金を持っていた。その出所は――まだ誰も知らない。




「世の中のゲームも攻略は簡単だな」


ぼそりと呟いたそのスマホには、今日も女子生徒からのLINEが次々届いていた。




「今日は四万五千円で」


「三万でいいよ」


「私は二万で」




若い体を値札に変え、自らブランドとして売る少女たち。


恭二はそれを冷ややかに見下ろし、一言だけ返す。


「君、処女? 俺は処女以外は買わない」




画面に「桜島礼子」の名前が浮かんだ。


クラスの一軍女子。彼女は鬼のような形相で恭二を睨みつけている。




(バーカ。女は処女を失えば価値が下がるんだ。甘く見るなよ)


恭二は心の中で吐き捨てた。




授業が終わり、放課後が近づく。HRで配られたのは進路希望調査票。


担任の中島先生――二十年選手の女性教師が告げる。




「親御さんとよく話し合って、進路を決めてくださいね」




恭二は鼻で笑った。親と話し合うつもりなどない。


世間体しか口にしない父と、ヒステリックな母。


彼にはもう家族など存在しなかった。


今は港区のタワーマンションで一人暮らし。金の力があれば不可能はない。




「話し合う親なんていないし、俺に不可能なんてねぇ」




そう呟きながら、第一希望の欄に一文字を記す。


――ルパン三世




第2章 悪霊




春。高田まどかは小学校へ入学した。


だが入学式に両親の姿はなかった。代わりに、家事代行のサツキが付き添っている。




クラスは1年3組。担任は若い男性教師だった。黒いスーツに通った鼻筋、爽やかな笑顔。女子たちは色めき立ち、男子は冷ややかな視線を送る。




「今日からみんなの担任になる――」




その瞬間、まどかの記憶は途切れた。


名前がどうしても思い出せない。封じ込められたように。思い出そうとすると頭痛が走り、耳の奥で囁きが響く。




「ピアノ上手だね。君のYouTube、いつも見てるよ。今度、音楽室で二人きりで――」




――やめて!!!




記憶は暗闇に飲み込まれ、断ち切られる。




気づけば再び教室。隣の席の林芳美が笑顔で声をかけてきた。


「これからよろしくね」




彼女の服は少し古びて、襟には黄色い染み。昨夜のカレーだろうか。お世辞にも裕福とは言えない。




「まどかちゃんの服、可愛いね。羨ましいな」




今日はサツキが用意した高級ブランドの服。対照的だった。




「うちはお金がなくて……って、いつもお母さんが言うんだ」


芳美の言葉に、まどかは複雑な気持ちで頷いた。




二人は打ち解け、下校を共にする。


「今日、家に来ない?」




芳美に誘われ、まどかは首を傾げた。だが帰宅も気が重かった。母の様子が、この一週間ほどおかしかったからだ。




家の異変




ある晩、食卓でのこと。母が突然、まどかを見つめて言った。




「ねえ、あなた誰? なんでうちの娘じゃない子がここにいるの?」




「ママ、何言ってるの?」


近づこうとすると、母はまどかを振り払った。




「やめて! 近づかないで!」




父が慌てて止める間に、母は台所から包丁を取り出し、自らの喉元へ当てる。




「私の中に悪霊がいるのよ!」




必死に父が押さえ込み、床に落ちた包丁がまどかの足元で転がった。




「バイオリンのコンサートで海外に行ってからだ……また薬を飲まないとな」




父はそう言って、サプリメントのような錠剤を取り出し、母に水とともに飲ませた。錠剤の瓶には見慣れぬ文字――英語ではない。




「ごめんね、まどか……こんなお母さんで」


母に抱きしめられながら、まどかは混乱していた。




後に知ることになる。瓶に刻まれていたのはスペイン語。


そして、母がコンサートで訪れた国は――メキシコだった。




芳美の家




気づけば、まどかは芳美に手を引かれていた。


目の前にそびえるのは古びた団地。外壁には亀裂が入り、生活感に満ちている。




「6階が私の家だよ」


芳美が指を差す。




裕福な家とは正反対のその光景に、まどかは妙な高揚感を覚えた。


大人の監視もなく、子供だけで自由にできる空間。


母への背徳感が、その気持ちをさらに後押しする。




「うん、行こう」




二人は手をつなぎ、部屋に入る。芳美は鍵をかけ、自室へ案内した。




「あなた、YouTubeでピアノ弾いてるまどかちゃんでしょ。


私、ずっとファンだったの。この瞬間を……待ってた」




そう言うなり、芳美はまどかを抱きしめ、首筋に唇を寄せた。




「ちょ、ちょっと……芳美ちゃん!」




押し倒され、床に転がる雑誌が目に入る。女性同士が抱き合う写真。


(まさか……芳美は……)




芳美の手がまどかの服に伸びる――その時、家の電話が鳴った。




サツキの違和感




一方その頃。


サツキはまどかの家に来ていた。だが誰もいない。




「おかしいわね……」




ため息をつきながらも、いつも通り仕事を始める。


そのときスマホが鳴った。無言電話。




「もう、また!」


切っても切っても続く嫌がらせ。




苛立ちながら、ふと自分の娘のことが気になった。


「家に着いたなら連絡ぐらいよこしなさいよ」




スマホでキッズケータイの位置を確認する。画面に表示された名前は――




林芳美。




そう、サツキの娘の名だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ