憧れのナースの理想と現実それに隠された院内不正
結菜は、朝、目を覚ました。
――いや、正確には「目を覚まされた」に近い。
夜勤、急な患者の対応、院内派閥への気遣い。
何が起こるかわからない緊張感に、もう体はボロボロだった。
「……ナースのコスプレしたかっただけなのにな」
現実の看護師は、一昔前のナースキャップもない。
ビデオで見るような派手さもない。
“変装”としても、だんだん嫌気がさしてきていた。
階段を降りると、恭二がエプロン姿で朝食を用意していた。
目玉焼きにレタスを添え、トーストを焼いている。
「おう、おはよう」
結菜はコーヒーを受け取り、ぼそりと呟く。
「もう、ナースはいいかな……」
恭二は自分の皿にフォークを突き立て、笑った。
「そうか。まぁ、300万ゲットしたしな」
金の心配はない――だが、彼の表情には別の影が差していた。
「なぁ、院内不正の件はどうなんだ?何も解決してねぇぞ」
その一言に、結菜の指がぴくりと止まる。
「……あなた、病院に?」
「潜入した」
コーヒーをすする恭二の声は軽い。
「薬剤室からモルヒネを抜いてた医師を見た。……宮森先生って名前、知ってるか?」
結菜は絶句した。
宮森先生――小児科のエース。
子どもたちの笑顔を大切にし、誰よりも熱心に診察にあたる医師。
看護師仲間も、彼にバレンタインのチョコを競うように渡していた。
「あの爽やかイケメン先生が……?」
「お前が思ってる以上に深刻だ」
恭二はスマホを操作し、防犯カメラ映像を見せる。
人けのない駅のホームで、宮森先生がスーツ姿の男と密談していた。
「これは……MRじゃないの?」
「バカ。MRなら病院で話すだろ。わざわざこんな所で会うかよ。
――これは横流しだ」
結菜は息を呑んだ。
自分が気づけなかった現実に、唇を噛む。
恭二は懐から小瓶を取り出し、机に置いた。
中にはモルヒネが入っている。
「証拠はこれだ。経費はかかったぜ。せっかくの300万もパーだ」
「……私、何も気づけなかった。
患者さんの笑顔が嬉しくて……ナースのコスプレに浮かれて……怪盗であることすら忘れてた……」
俯いた結菜に、恭二は小さく笑って言う。
「悲しんでる暇はねぇ。やることは一つだ」
「……私にできることならやる!何をすればいいの?」
身を乗り出す結菜に、恭二は頬杖をついたまま、静かに言った。
「宮森先生が小児科にいる理由……考えたことあるか?」
結菜の脳裏に、彼の机が浮かぶ。
独身、40代。
机の上には、治療を終えた子供たちの笑顔の写真がずらりと飾られていた。
――まさか。
「……あいつ、ロリコンだ」
結菜は言葉を失った。
拳を膝の上で固く握りしめる。
恭二は椅子にもたれ、目を細めた。
「ちょっと危険だが……ここは、まどかと蓮の出番だな」
作戦を練る恭二の隣で、結菜はただ茫然と、現実の重さに押し潰されていた――。