貧民街への寄付を行う謎の老貴族
監視の目がずいぶんゆるくなったので、変装して居酒屋にいくことにした。
あんまり飲みすぎなように、目立たないようにしよう。
木の扉をくぐると、もわっとした煙と香辛料のにおいが鼻を刺した。
石造りの壁に囲まれた店内は、煤けたランプの明かりだけがぼんやりと揺れている。
奥の大樽からは、濁ったエールが豪快に注がれ、酔客たちの笑い声が天井の梁に跳ね返っていた。
獣の毛皮が敷かれた長椅子、欠けた陶器の皿、煮込み料理の湯気――
ここでは、貧しさも孤独も、酒と音で一時だけ忘れられる。
その空気の真ん中に――
静かに歌う男がいた。
全身、黒づくめのローブ。
長衣の裾は埃まみれで、旅の果てから来た者のよう。
東洋の異国を思わせる、どこか薄く、影のある顔だち。
感情の読めない細い瞳と、やけに白い指先が、
古びた弦楽器の上を滑っていた。
彼の歌声は、よく通るわけでも、技巧に優れているわけでもない。
だが、妙に心に残る。
誰かの記憶を、静かに、古びた小箱から取り出すような響きだった。
吟遊詩人が歌うのは
「300人の老兵が 1万の軍隊に挑む」という内容の唄だった。
300人の老兵が1万の軍隊に挑むなんて…無謀すぎるだろ。
そんなの負けるにきまってる。
と酔客は笑っている。
まぁそうだろう。詳しくは知らないが悲惨な物語になるのだろう。
◆ ◆ ◆
そんなことより…
ゼニゲバ家の屋台骨3本のうち全てが折られた。
これでゼニゲバを倒せるぜって思っていたら…
パーシモンに
「ゼニゲバが強いのは、たぶん裏金があるからだ」
と言われた。
どうも―
あれこれ工作するのには。
表の金は出さずに
裏金というのを出すらしい。
「うらがね??? あのさ~裏金って金庫に入れたりするかな?」
「そうだな。裏金なら正規の保管はできないだろう。その点はカタルパが詳しいのでは?」とパーシモン。
「そうですね。脱税の場合は、愛人の家だったり、床下、今は使ってない納屋の中とかで見つかったケースが多かったですね」とカタルパ
「あのさ…。厩舎みたいなところに、お金がたんまり入った麻袋があったとするよね。それって裏金?」と俺
「ほぼ…どんぴしゃだと思います」とカタルパ
「それって盗んでも足が付きにくいってこと?」と俺
「被害届けを出せないですからね」とカタルパ
「もしだよ。俺がさ…ゼニゲバの裏金のありかを知ってて、それを盗みだしたとしたら…ゼニゲバの力を削げる?」と俺
「そりゃそうですよ」とカタルパ
俺は思った…
この間の金は100%裏金だ。
あれを盗みだせば…
ゼニゲバの力を削げる。
しかし…
あんなに金あっても
正規ルートで稼いだ金じゃないから…
使いにくい。
どうしようか?
「たとえばさ。自分では使えない金が1万Gあったとしたら…どうする?」と二人に聞いてみた。
「そうだな。寄付でもするかな」とパーシモン
「貧民街は井戸が少なく、バカ高い使用料を徴収されています。もし井戸を提供できれば…貧民街の生活も少しはマシになるかもしれませんね」とカタルパ
「寄付と…井戸か…」
「じゃあさ。自分では使えない金を1万G使うばあい、自分ってバレたくないのよ。そういう場合どうする」と俺。
「そうだなー誰かから寄付を言いつけられたと言えばいいんじゃないか?」とパーシモン
「そうですね。
老貴族が…
お抱えの占い師に言われて…
寄付することで…
天国にいける…
みたいなことを言って…
でも名前をだせば…
効果がないから…
名前は出すな…
みたいな事を言えばいいんじゃないですか?」
「そうか…ありがとう」
そのあと飯を食って、少し飲んで帰った。
久々に暖かい食べ物を食った。
これが生きるってことだな。
◆ ◆ ◆
翌朝俺はさっそく…
貧民街の井戸について調べ出した。
カタルパが言っていたように、
バカ高い使用料を取られている。
水1杯がパン1個分だ。
これが貧民街をさらに困窮させている元凶だった。
俺は井戸掘りの親方を探した。
ようやく辿り着いたのは、街はずれの斜面に建つ、石造りの古い平屋だった。
屋根は苔に覆われ、雨樋からは草がのぞいている。
壁には亀裂が走り、石と石の隙間には乾いた土が吹き込んでいた。
玄関とおぼしき木戸は半開きで、開け放たれたままの窓から、工具の金属音と乾いた咳払いが漏れてくる。
軒下には、使い古されたツルハシや縄巻き、水桶などが雑然と並べられ、
その全てに、ひび割れた手で繰り返し使われた痕跡があった。
近づくと、干した麻袋の隙間から、酒の匂いと、濃い土埃のにおいがまじって鼻をつく。
職人の家にありがちな、整理されているようでいてどこか雑然とした空気――
だが、そこには奇妙な実直さと、何より「仕事の重み」のようなものが、しっかりと根を下ろしていた。
親方に聞くと
貧民街に井戸を掘る場合
1か所あたり30Gかかるそうだ。
俺はたとえば…
貧民街の住民を短期間だけ雇って
井戸掘りを手伝わせて給料も払うことはできないか?
と訊ねた。
すると…
だいたい
いつも作業員をどこかから連れてくるので
それが、そこの奴なら…逆にありがたい。さぼらないから
と言っていた。
この国全部の貧民街に井戸を掘るばあい
経費は8,000Gあればいけるそうだ。
俺はとある老貴族が…
という話を親方にして
名前を出さずに作業をするのは可能かと訊ねた。
一応井戸を掘る許可は役所に取る必要はあるが…
金主がだれかまで詮索はされないし
特に貧民街に関りを持ちたくない連中が多いので
すぐに通るだろうと言っていた。
俺はとりあえず手持ちから90Gを渡し。
親方に井戸掘りをさせることにした。
ひさしぶりの仕事だったらしく
一気にテンションが上がっていた。
親方は約束通り
貧民街の連中を雇用し
井戸を掘り出した。
貧民街の連中は自分らの生活がよくなるということで
一生懸命に手伝った。
通常は1週間程度かかるところが2日で終わり
これには親方も驚いていた。
井戸ができたことで、
貧民街の生活は一気に変わった。
活気がでてきた。
俺はこれだなと思った。
あとは…
裏金を井戸に変えるだけか…
決意は固まった。
◆ ◆ ◆
裏金の場所
――それは、屋敷の裏手にある、使われなくなった旧厩舎だった。
俺が1,000G見つけた場所だ。
全てはここが始まりだったのかもしれない。
しかしゼニゲバも気の毒な奴だ。
自分の裏金で…
自分の首絞めてんだから。
こういうのがあるから
悪銭身につかずというのだろう。
泥棒が説教できる立場じゃないがな。
扉は軋んだ音を立てながら開いた。
施錠はされていない。鍵穴すら、朽ちたままだ。
中は薄暗く、空気は重く湿っている。
床に敷かれた干し草は、すでに腐りかけていた。
かつては馬の嘶きが響いていたであろう空間に、今はただ、沈黙だけが横たわっていた。
目が慣れてくると、奥の壁際に――山と積まれた麻袋が目に入る。
雑に、そして無造作に、まるでそこにあることが当然であるかのように。
袋には泥と埃がこびりつき、封印などはない。
ひとつ持ち上げてみれば、ずっしりとした重さが手にかかる。
中には、金貨のかすかな触れ合いが、鈍く響く。
袋の一部には古びた札が貼られている。
「穀物税納品用」「遠征兵糧保管」――どれも欺瞞のラベルだ。
中にあるのは、小麦でも干し肉でもない。
重く、冷たい、数千枚の金属片――王国通貨Gだ。
隠しているのではない。
“誰も疑わぬ”ことを前提に、堂々とそこに置かれている。
1,000Gの重さはだいたい15Kg程度。小さめのリックサックに入るぐらいのサイズだ。
ただ1回に1個しか運べないのと…
なくなったらさすがにバレそう。
あとコインの音が気になるということで…
似た麻袋に砂利をつめて持っていってすりかえる。
コインの音がするので、
コインを運ぶときは袋を包帯でぐるぐる巻きにする。
ってことを行った。
盗みに入るのだが…
ほとんどバレる心配はなかった。
なんせ…
人がまったく周りにはいない。
つまり本当に裏金には最高の場所だ。
まぁ盗み出すにも最高なんだけどね。
てはわけで10日かけて
しめて10,000Gを無事盗みだした。
残りの2,000Gは一部当面の経費にして
一部を孤児院などに寄付して回った。
もちろん老貴族がだけどな。
町では老貴族の話題で持ちきりだった。
「ああいう貴族もいるんだな」
そんな声で持ち切りだった。
ただ役所がでてくるかと思えば
まったく出てこない。
理由はカンタンだ。
連中はコストが浮いた。
ぐらいの感覚だからだ。
そんなバカがいるんだったら
そいつに任せておいた方がいい。
そんな空気が漂っていた。
まぁ俺は空気は読めないから
わからないのだが…
パーシモンもカタルパも…
なんかにやにやしてコチラをみている。
たぶんバレてるんだろうなと思うが
俺はだれにも言わないことにした。
寄付なんて自慢するものでもないしな…
なぁ老貴族