虚しいプチ炎上 - 濃尾
「この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。」
https://x.com/takaikiga/status/1812031767471358411
虚しいプチ炎上 - 濃尾
1
私は目を覚まし、昨日の残り物を食べながらPCを起動した。
ニュース欄にざっと目を通すと、「スト」「JRA」という見出しが目に飛び込んできた。どういうことだろう?
X(Twitter)に移って情報を拾っていくと、状況が見えてきた。
どうやら、JRA(日本中央競馬会)と厩務員の間で労働問題が発生しているらしい。有名騎手のアカウントから、ある投稿が目に留まる。
数ページにわたる「個人的な」弁解。
文面は、調教師側の立場から見た今回の件についての説明だった。
内容は、「我々調教師会は、厩務員組合の旧賃金体系への復旧要求を完全にはねのけたわけではない。しかし、現状のJRAの財務状況と調教師側の事情を説明した結果、無理なんです。ご理解とご協力を」というものだった。
リプライ欄には賛同や中立的な意見が多かったが、一つだけ鋭い反論があった。
「しかし調教師さんたちの賃金は上がっていってますよね?」という指摘だ。
誰も反応していない。
私は少し考えた後、リプライを送った。
「そこでストを回避し、妥協の余地を探るのが労使双方の採るべき行動では? ですが、スト破りに主催者JRAが介入し、競馬学校の学生を動員しようとしたという話を聞いています。この労使問題は既に次元が違うのです。」
すぐに通知音が連続して鳴り響いた。私のリプライに対する返信も来ている。
罵詈雑言は無視し、まともな意見だけを見てみる。
「ちゃんと全部読みました? 今回の厩務員の要求は旧賃金体系に戻すこと、それだけであり、調教師の回答はYesかNoかしかありません。折衷案なんてないんですよ? あと学生動員はガセですよ?」
なるほど。
「私は『ストを回避し、妥協の余地を探るのが労使双方の採るべき行動では?』と言っています。ゼロ回答の雇用主、賃金体系の復旧しか受け付けない労組、どちらにも賛同していません。
それから、労組トップの交渉に硬直性が顕著です。組合員への説明会での言動が流れてきていますが、到底利益代弁者の発言とは思えません。あなたも全体の流れを俯瞰してから絡んでください。」
そのソースとなるリンクを提示した。
「雇用主から感謝された! だから正しかったって、そりゃゼロ回答で妥結してやるって宣言してたストライキ止めたら、どんな雇用主でも感謝するでしょうよww」
という発言の後に続く引用で、組合幹部の発言がリークされていた。
その後、
「このように労組トップは既に雇用主側に抱き込まれており、あえて組合は妥協点の見えない要求をし、予想通りに決裂。雇用主側は世間様への言い訳が立つ。こんな茶番、見え透いてません?」
と返信した。
反論した人に反論する形だが、この背後にいるニュースを追っているすべての労働者に対して、これは競馬のニュースではなく、すべての国民の労働問題だと示したかった。
「そもそも私は労働者の権利をこのようにないがしろにする組織、国で働きたくありません。それだけです。至極簡単なことです。
この理屈にご賛同いただけない方は、見解が、世界観が、私とは全く合わない人ですから、もう関わりませんよ? 私には私なりの優先順位がありますから」
と締めくくった。
「JRAは介入というより、厩務員たちがストライキするので不足分の人員を退職した人たちから募って補います程度なんだが? 学生動員はやってない上に、むしろJRAはストライキが起きても問題ないよう動いた側なんだが?」
そらきた。「違法でなければ問題ない」派。
労働者の権利を守る目的で設置された法の網の目をくぐり、合法だったとする輩に何の疑問も持たない奴。
「つまりあなたは『スト破り』という行為について肯定的なのですね?
私は、労使関係の解決策としてスト破りは長期視点で見ればかなりの悪手だと思います。
そしてJRAだけの問題ではなく、日本の労使問題としても80年代以降、私の知る限りでは未聞です。
単なる興味ですが、あなたは雇用主ですか? 労働者ですか?
失礼ながら、あなたは問題を軽く見ていて、なおかつ視野が狭く、私には見えてしまいます」
と返信した。
「そもそもの話、ストライキは雇用主に対して行われるものだから、JRAは臨時に厩務員を集めたりしてもスト破りに該当しないと思うのだが、そこのところはどうお考えか?」
質問に質問で返す輩。
「あなたの理屈は分かります。
しかし、JRAが単独でこのような蛮行に及ぶとお考えですか?
恐らくですが、雇用主と相談のうえでやっていることは想像に難くないです。
つまり、それは『屁理屈』です。『法の濫用』です。
そして先ほどの質問にお答えを。スト破りをあなたは肯定するのですか?」
「第一に、JRAは厩務員と雇用関係にないためスト破りにならない。
そもそも厩務員がストライキをするとなれば開催主と相談するのは当たり前だと思うが?
開催主側になんの相談もなく勝手に臨時厩務員を募集し、何かしらのミスによって馬や競馬に影響があれば、厩舎への信用問題に関わると思うが」
その理屈はさっき聞いたよね?
「あなたへの理屈への返信は先ほど言いましたよね?
そして、まだ私の質問にあなたは答えていませんね? 分かります? 順番です。
スト破りに対して肯定的かどうか?
私は忙しいので、あなたの相手はここまでです」
「『スト破り』にならない、が答えだが? 無いものに肯定も否定もないと思うが?
あなたはスト破りについてどうこう言う前に、スト破りの意味や厩舎スタッフの雇用関係などをもう一度調べ直す必要があるのではないか?
なぜ厩務員の雇用者でもないJRAが臨時職員を集めただけでスト破りになるのか」
「屁理屈で法の濫用だと申し上げましたし。
あなたは相当お疲れのようで、論理的思考に耐えられないようですから、私の時間をもう奪わないで。ね?」
この後も、どこを押しても「違法性はない」。
数度の折り返しで生産性なしの返信の応酬。
「馬脚を露す」とはこういうことを言う。
私たちが今、自由に言論していられるのは、自由が法で守られているからであり、それは初めから備わっていたわけではない。既得の権利者から奪ったものだ。
それは当時、非合法であった。
――とまで説く必要はないだろう。
大半の人には伝わったはず。
こいつには一生わからないかもしれないが。
まあ、虚しさだけ残った。
私は今日の原稿を書き始めた。
完
「この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。」
https://x.com/takaikiga/status/1812031767471358411