くだらない日常
「ただいま」
ネクタイを外しながらボロアパートに戻る。
「おかえり」
返事が返ってくる。
そちらを見れば、かつての宿敵であった魔王が晩御飯を作っている最中だった。
「悪いね、いつも」
「いいよ。別に。あんたが作るより私が作った方がご飯美味しいし」
「腹立つな、本当」
「はいはい」
ほんの半年前まで互いの種をかけて殺し合っていたのが嘘のようだが、これが現実だ。
僕は勇者として人間の期待を一身に背負い、対して彼女もまた魔族の期待を一身に背負い。
僕らは期待に応えるために戦い続けた。
そして。
『くっ……! ここは一旦引くっ……!」
『逃がすか! ここで貴様を倒す!」
てな、具合に魔王が逃げようと召喚した転移魔法に僕も飛び込んだ結果、負荷が掛かり、気づけば全く見知らぬ世界へときてしまった。
自分達の世界とのあまりの変わりように僕らは一時休戦し、情報を集めている内にいつの間にやら、こうしてボロアパートで一緒に暮らしている。
僕は正社員で彼女はアルバイト。
本職が勇者と魔王であるなんて誰も分からないだろう。
「出来たよ。ご飯」
「あい、ありがとう」
小さなちゃぶ台に座り二人で夕食を食べる。
僕の聖なる力も魔王のおぞましい魔力も別になくなったわけではない。
それどころか、お互い魔力もすっかりと回復して、その気になれば今すぐにでも殺し合いは再開出来るし、もっと言ってしまえば元の世界に戻ることも出来るだろう。
しかし……。
「そろそろ戻る?」
「いやいや。来月出るゲーム二人でやろうって話してたじゃん」
「あー、そう言えばそうだわ」
こんな感じで全く戻る気がない。
と言うより、多分、僕らは永遠に戻ることはないだろうと思う。
今にして思えば僕は人間の、彼女は魔族の操り人形みたいなものだったから。
「社会の歯車になるってどんな感じ?」
「滅茶苦茶楽。ただ回ってりゃいいんだもん。もう勇者なんて戻りたくないレベル」
「その言葉聞いたら元の世界の人間達は絶望するだろうね」
「それを言うなら居酒屋でビール運んでる魔王も良い勝負だろ」
「違いない」
他愛もない話をしながら僕らは笑うとのんびりテレビを見る。
僕にとっても彼女にとっても今の生活は意外なくらいしっくりくる。
「お前、世界征服とかするつもりないの?」
「やだよ。そんなことしたらアンタ全力で抵抗してくるじゃん」
「いや、ここの人間には全く興味ないから多分抵抗なんてしないわ」
「その発言、勇者としてしちゃまずいでしょ」
二人で枝豆をつまみながら眠くなるまで雑談をする。
「こうしてみると、本当思うんだけど立場が人間を作るんだな~って」
「いや、お前、魔族じゃん」
時計を見ると既に0時を回っていた。
僕らは欠伸を一つして布団を敷いて横になる。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ。明日も頑張って仕事しましょ」
「はいはい」
電気を消して僕らは眠りにつく。
帰らなければならないという使命が薄れていくのを理解しながら。
・
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「今、ぶっちゃけ幸せ?」
ふと闇の中で相方が訪ねてきた。
「まぁ、それなりに」
「あっ、やっぱり?」
自分の返事と相手の反応にどこか安堵を覚える。
役目から解放されるという幸せを噛みしめながら、また明日を迎える。
このくだらない日常が死ぬまで続くことを二人で願いながら、眠りにつく。
「それじゃ、今度こそおやすみ」
「はいはい。おやすみ」




