水彩画は溶ける、解ける。
どこにも描かれなかった、誰も覚えていなかった話。君だけが知る、秘密の過去。誰のかは、最後に明かされる。そう、最期に。
私は家の一階、それも誰が使う事も訪れる事もない西の部屋に入れられて育った。そこから一歩も離れたことなどなかった。だから、私は生まれて五年も経たずに死んだ。神に慈悲を乞うことも、助けを呼ぶ事も、願い祈る事も、死すら知らぬ愚かな子供だった。だからこそ、私は選ばれたのかもしれないが。
貴方に何かを問う事もしない。これは、真っ白な部屋で語る本心の一欠片? 文字化けして、もう自分で思い出す事すらままならない、物語の一端。西の西、その端に、私の死体が転がっていることを忘れないでください。
死んだ、と思ったのは、瞬きも息もする必要が無くなった事だった。まるで固い石にでもなったようだった。指先から身体全体まで隅々に冷水を入れられていくように、私が冷えて消えていくのを感じた。
私には名すら無い。だからこそ、何も思っていなかった私が後で書物を読んだ時、不思議に感じた。星屑が垂れ下がって、美しく光輝くあの場所を夢見た。
それから、私は本当に石になったんだっけか。
あぁ、そろそろお別れ。本当の、お別れ。短い短い私の過去の話が、鳥居をくぐればすぐに消えてしまう。さようなら、私。よろしくね、私。
────彼女の花瓶、花机にのみ、花は活けられていなかった。
これが、彼女が「石」と呼ばれる事がある理由です。