67話 差出人不明
しずはが満足できたピアノコンクールが終わりを告げ、夏休みも終わり、秋に入っていた。
もう肌寒くなる季節になろうとしていた頃、一つのニュースが入ってきた。
「うそでしょ……?」
「あぁ、ホントだ。受かっちまった」
俺は放課後の教室で冬矢と二人で会話していた。
俺にはまだその凄さがよくわかっていなかったが、多分一握りしか突破できないものだとはわかる。
それは冬矢がずっとしてきていたサッカー。
そのサッカーで東京の名門フットボールクラブのジュニアユースのセレクションを受けた結果、合格したということだった。
もちろんその名門フットボールクラブというのは、トップチームがJリーグのJ1に所属しているクラブ。
つまり冬矢は、その名門チームの所属になるということだった。
プロの一歩……いや、もっと手前だけど、プロになるための第一関門を突破したということ。
ちなみにプロ契約は十六歳からできるらしい。
正直、冬矢がプロを目指しているかどうかはわからなかったけど、サッカーには真剣だとは聞いていた。
俺の想像以上の才能があったようだ。
俺達は数ヶ月後には卒業して中学生になるが、このままいくと冬矢は中学のサッカー部には所属せず、そのままジュニアユースに所属することになる。
そして、クラブの出場選手として選ばれることができれば、U-13やU-14などの全日本の大会にも手が届くことにもなる。
「凄いのはしずはだけじゃなかったか……」
「いやいや、あれは全国一位だろ? 俺はまだまだ全国じゃないから同じじゃないぞ」
「それでも凄いことには変わりないよ。応援してる」
「あぁ、もしデカい試合出られたら観に来てくれよな!」
「もちろん!」
冬矢の試合を観に行ったのはもう昔の話だ。
開渡などもおらず、俺だけで行き、冬矢の妹たちと一緒に観た記憶がある。
あの頃はサッカーゲームの知識だけで見ていたけど、今度はもっと理解して試合を観てみたい。
そういえば、開渡と千彩都はどこまで成長したんだろう。
開渡もテニススクールに通っていたし、千彩都もバスケを頑張っていた。
やっぱり何か一つできることがある人達は、カッコよく見える。
俺は……筋トレ、ジョギング、勉強。
皆とは何か違う気がする。
俺も、俺だけの没頭できる何かを見つけてみたい。
◇ ◇ ◇
さらに月日が過ぎた、十二月のある日だった。
放課後、学校から下校したが途中で教室に体操着を忘れたのを思い出して戻った。
教室まで辿り着き、扉を開けようとした時だった。
「好きです! 付き合ってください!!」
「!?」
教室の中から扉越しに声が聞こえてきた。
俺は隠れながらこっそりと扉のガラス越しに中を見た。
中にいたのは男女二人。
クラスメイトの……山崎さんともう一人はどこか見覚えのある別のクラスの男子だった。
とんでもないシーンに出くわしてしまった。
「あ……え……あの……」
山崎さんは突然のことに、しどろもどろしているようだった。
この二人は元から友達なのだろうか。
「蓮ちゃん……俺達、中学は別々になるだろ? 俺、このまま離れ離れになりたくないんだ」
「りっくん……」
お互いに名前で呼び合っていることから、恐らく友達ではあったのだろうと察せられた。
あ、あの男子もしかして、冬矢の友達か? 話していたのを見たことがあるような気がする。
りっくんだから……確か陸……東元陸、だったかな。
「だから、中学に行っても俺、蓮ちゃんと一緒にいたい。だから……付き合ってほしい」
教室の窓から差し込む夕陽のせいなのか、東元の顔は赤くなっていて、同じく山崎さんの顔も赤い。
お互いに緊張しているのが伺える。でも東元が必死に想いを伝えていることは、こちらまで伝わってくる。
「わ……私……ど、どうしよう……こんなの初めてで……」
山崎さんは顔を手で抑えて、混乱している様子だ。
「突然だったよね。でも、離れ離れになるって考えた時、友達のままじゃ嫌だって思ったんだ」
東元は下に下げている両手で握りこぶしを作って、必死に伝える。
「うん……私も……離れるの……寂しい」
山崎さんも必死に答えを返す。少し目元がうるうるしている。
「……ッ! もう一度言うね……」
東元がゴクリと息を呑み、一呼吸置く。そしてーー、
「……俺……蓮ちゃんのこと大好きなんだ。付き合ってください」
東元は頭を下げて、右手を伸ばす。
「…………」
十数秒、いや、たった数秒がとても長く感じた。
俺も呼吸を忘れて息を呑んだ。
「はい……私でよければ……お願いします……」
山崎さんが東元の右手を優しく、指先だけで掴んだ。
うおおおおおおおお!!!!!!
一人で叫びそうになった。おめでとう東元! おめでとう山崎さん!
「蓮ちゃん……蓮ちゃん……ありがとう……ありがとう……っ」
「ふふ、何泣いてんの。らしくないねっ」
「そういう蓮ちゃんだって……ふふ」
二人共泣いていた。
今日この日、めでたく二人は恋人になったのだ。
凄い場面を見てしまった。心臓の鼓動が早まり、俺の手は汗でびっしょりになっていた。
というか、いつになったら俺の体操着とれるんだ?
「あれ? 光流じゃん。おーい! どーした!?」
「ちょっ、と、冬矢! 大声出すなって!」
「何だよ? 教室に用あるなら早く入れよ」
「今はダメだってバカ!」
俺は指を差して、教室の中で何が起きているのか、冬矢に無言で説明する。
「ん? あれ、陸じゃん。なんか握手してるけど……山崎!? え? なにこれ?」
「さっき東元が山崎に告白して、成功してたんだよ」
「うおっ! マジで!? うわー、あいつずっと山崎のこと好きだったんだよなぁ。良かったなぁ〜!!」
冬矢は興奮していた。東元のことはやっぱり知っていたようだ。
「てか、お前なんでここいるんだよ?」
「あー、進路のことで先生にちょっと呼ばれててな」
「そっか。俺は忘れ物取りに来ただけなんだけど、入れなくて……」
「はは、あれは入れないよなぁ」
そうして冬矢と会話していると、動きがあった。
動きというか、どんどんこちらに近づいてくる。やばい、もう隠れられない。
『ガラララ』
教室の扉が開いた。
「えっ?」
東元と山崎さんが扉の前にいた俺と冬矢を見る。
「あー、はは。ナニモミテナイヨ?」
「そうそう、ナニモミテナイ」
何を喋っても言い訳できない状況。そう言うしかなかった。
二人はまだ手を繋いでいて、そのまま出てきたようだ。
「俺、体操着取りにきただけだからっ!!」
俺は二人の横を通り抜けて、教室の中を走る。
呆然と立ち尽くしていた二人。
俺は瞬時に体操着を回収。体操着用の袋に入れることなくそのまま手で掴んだまま扉に向かう。
「冬矢! 出るよ!」
「あぁ!?」
「お二人さんおめでとうーーー!!!」
俺と冬矢は、東元と山崎さんをその場において、廊下を駆けた。
◇ ◇ ◇
翌日、俺と冬矢は、教室で山崎さんから強い視線を感じた。
放課後、ホームルーム終わりに冬矢と連れションする時のことだった。
「ぜ、絶対誰にも言わないでねっ!!」
山崎さんだった。
それだけ言って教室に戻っていった。
「冬矢、言っちゃだめだよ」
「なんで俺なんだよ?」
「言いふらすとしたらお前くらいだろ?」
「まぁな。陸に色々と聞くのが楽しみだぜ」
確かにあのようなことを多数の人に知られるのは、かなり恥ずかしいだろう。
面白おかしく広めるべきではない。
俺達はトイレを済ませ玄関へ向かった。
そして、下駄箱で上履きから外履きに履き替える時だった。
外履きを取り出す時にはらりと何かが落ちてきた。
俺は落ちたそれを拾い上げる。
見てみると、一つの白い封筒だった。
犬マークのシールで封をされていて、差出人は書かれていなかった。
「お前、それ……っ」
冬矢が少し驚いたような目で俺が持つ封筒を見る。
俺は犬シールを剥がして封筒を開けてみた。中に入っていたのは一枚の手紙だった。
ゆっくりと破らないように開いていく。
そこに書かれていたのはーー、
『ーー好きです。ずっと好きでした。名前を伝えることはまだできないけど、私はあなたのことが大好きです』
「…………ッ!!」
俺は視線を手紙から冬矢へと向ける。
「こ、これ……俺に、なんだよな?」
頭が回らず、冬矢に確認する。
「……そうだろうな」
冬矢が頷きながら肯定した。
たった昨日、あんな衝撃的なものを見たばかりだ。
だからこそ、それとこの手紙が結びついてしまう。
つまり、そういうことだよな?
これは紛れもない、俺に向けてのものということだ。
「ま、まじか……」
ーー俺は人生初めて、差出人不明のラブレターをもらった。
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