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62話 一年半ぶり

 俺の風邪も治り学校にも復帰。

 一週間が経過すると、鞠也(まりや)ちゃんと希咲(きさき)さんは福岡に戻っていった。


 そして二ヶ月後には、東京に引っ越ししてきた。

 家はうちから一駅離れた場所になった。


 そうなったので、月に一回もしくは二ヶ月に一回はうちに遊びに来たり、たまに姉と一緒に遊びにも行くようになった。

 俺はいつも通り、何も変わりなく学校に通い、時間が過ぎていった。

 



 ーーそして、約一年半が過ぎた。




 ルーシーからは連絡は……ない。俺からも連絡はしていない。

 俺は待つだけ。今の俺にできることをするだけだった。


 現在、小学六年生の夏休みに入っていた。

 俺は再び、綺麗めのスーツを着て外に出かけていた。髪もあの時と同じオールバックだ。


「よお、この服で集まるのも久しぶりだな」


 スーツ姿の冬矢がジャケットを脱いで、あちーと言いながら白シャツ姿で挨拶した。


「一年とちょっと振りだね」

「こうしてみると、あの時よりみんな身長伸びたよな」


 一年も経過すれば、身長も伸びる。と言っても所詮は小学生。そこまで大きくはない。

 でも前着ていたスーツも小さくなってしまい、少し苦しくなっている。筋トレをしてきたせいもあるかもしれないけど。


 そう、この日はしずはのコンクールの日だった。

 コンクールは年に何度もあるそうだが、以前、俺達を招待したコンクールは二年に一度しかないらしい。そして今年は夏に行われるとのことで、前回より半年ほど時期が早まったらしい。


 夏の太陽がこれでもかというほど地面を照らしていて、歩くだけでじわっと汗が滲み出てくる。俺も上着を脱いで、シャツの裾を肘までまくる。


 この格好で中に入ってもいいのだろうか……。

 とりあえず中はクーラー効いてるだろうし、会場に到着してから着ればいいか。


「じゃあ、行こっか!」


 同じくそこにいた千彩都が声をかける。

 今日の彼女の服装はダークブルーのノースリーブのワンピースドレス。夏らしい可愛い服装だ。

 女子というのは少し着飾るだけで可愛く見えてしまう。小学校にドレスぽい服を着てくる人なんていないからね。千彩都は一年半前よりも大人っぽくなった気がした。


「ふぅ〜暑かったぁ。ちさ、ありがと」


 開渡の額を千彩都がハンカチで拭いていた。

 もう夫婦漫才を見ているとしか思えない。二人は前よりももっと仲良くなっている気がする。


 汗くらい自分で拭けよと冬矢も思っているはずだ。


 俺達は会場に到着した。

 千彩都がしずはにメッセージを送っていたようで、会場に入ってすぐの所で合流した。


「今日のしーちゃん、前の時よりすっっごい綺麗!」


 しずはは黒いクラシックなドレスを着ていた。以前の時と一緒の色。

 ただ、しずははあれから髪を伸ばし、肩までしかなかった髪も今は胸の辺りまで伸びていた。その髪は会場の外から差し込む太陽の光が当たると天使の輪っかができるほど艶めいてた。

 髪を耳にかける仕草。男子なら誰しもがグッときてしまう仕草。今のしずはは、それが様になっていた。


 しずははこの一年半で何があったのかわからないが、千彩都以上に大人っぽくなった。

 なんというか、小学生なのに色気のようなものを感じるようになっていた。あと今日はメイクもしている。


 前は引っ込み思案で、ピアノを演奏する時以外は恥ずかしがり屋っぽい感じだった。

 でも今はピアノを弾く前なのに、何かそういう自信溢れるオーラを纏っている感じがした。

 あの芸能人のような母親に似てきたのかもしれない。


「ちーちゃんありがとう」


 しずはが微笑んだ。ちらりと俺に視線を送る。


「楽しみにしてる」

「うん……ちゃんと見ていてね」


 しずはが優勝したのに泣いた去年のコンクール。

 『次があるなら、その時に完璧なのを見せて』と俺が言った。そして今日がその機会だった。


「じゃあ、もう一回アレ、やる?」


 千彩都が言うアレ。前回冬矢がパワーを送ろうということでそれぞれがしずはと握手したもの。


 そうして、みんなが"んん〜"と唸りながらしずはと握手をしてパワーを送った。

 最後に俺の番。


 右手を差し出して、しずはと握手をした。俺は唸らなかった。


「ーー!?」


 あの時のと同じだった。しずはが握り返す手は力強かった。


「ーー!?」


 しずはが驚きの顔を見せた。

 今回は俺も強めに握り返したからだ。


「ふふ」


 なぜかしずはが笑った。その意味は俺には読み取れない。

 でも、いい笑顔だった。


「じゃあみんな。後でね」


 しずはが控室に向かった。




 ◇ ◇ ◇




 あれから色々努力をした。

 でも光流に対して、何か行動を起こしたわけじゃない。自分が変わる努力をしただけ。


 ピアノも勉強も頑張って、見た目も綺麗になれるよう努力した。

 まずは髪を伸ばして、綺麗になれるようにヘアケアをお母さんとお姉ちゃんから教えてもらった。

 ヘアスタイルもファッションも勉強して、前よりも多分良くなったと思う。


 光流は私のことをどうとも思っていないはず。どうともは言い過ぎだけど恋愛対象ではない。

 努力したところで私が勝てるとも思っていない。でも開渡が言った通り、努力しないで後悔するより努力しきって後悔したい。


 これは私の勝手なエゴ。光流への怒りから始まった恋。今は光流の顔を見る度に気持ちが高ぶってしまう。あぁ、私、好きなんだなって。ちゃんとこの気持ちを理解してしまった。


 私も努力しているが光流も努力している。勉強の成績も上がってきて、どことなく体つきも変わってきた。筋トレを頑張っているらしい。このまま続けたら高校生になる頃にはムキムキかもしれない。

 光流が努力している理由なんて一つしかないと思う。それは、わかりきってる。


 ーーそれでも私は今日を迎えた。


 私は一年半前にした光流との約束を果たしに来た。

 ノーミスで一位を取る。


 私ならやれる。後悔しても良いくらいの努力はしてきた。

 やりきれ、私。


 一年半前より努力してきた今の私は、最強でしょ。




 ◇ ◇ ◇




「ねぇ、あんた達」


 しずはを見送った後、後ろから誰かに声をかけられた。


 俺達四人はそれぞれ振り返った。


 長い髪をポニーテールにしている少女だった。

 両腕を胸の前で組みながら少し偉そうな態度だ。


「あ、この子……」


 千彩都が気づいたようだ。俺も気づいた。


「藤間しずはの友達?」


 その少女は、しずはの友達かどうか聞いてきた。聞いて何の意味があるのだろう。


「そうだ。それがどうした?」


 冬矢が答える。


 少女は小学生にしてはかなり整った顔で、美人に成長するのではないかと思われる雰囲気。

 彼女も一年半前よりも見た目が成長していた。ただ、俺達を睨みつけるその表情が全てを台無しにしていた。


「どいつのせいかわからないけどね。前もその前も、その前も!!! この一年半全部一位!! 藤間しずはは毎回毎回うまくなってたの!!」


 なんだ、どういうことだ。しずはがうまくなってたなら良いことだ。

 しずはを褒めにきたのか?


「良いことじゃないか。なぁ?」


 冬矢が皆に同意を求める。俺達は首を縦に振る。


「少し前に聞いたわ。藤間しずはは理由を教えてくれなかったけど、前より頑張ってるって!」

「なんだよ。しずはを褒めにきたのか?」


 冬矢の返しにさらに怒りの表情を見せる少女。


「ふん! あいつの実力はこの天才の私が一番理解してるわ。でも誰かが藤間しずはを成長させたの。それは先生とか親じゃないって言ってた」

「そこで成長させたやつが友達じゃないかと思ったわけか」


 それを知って、この子はどうしたいのだろう。まだわからない。


「そうよ。去年もここに来てたわよね。だからあんた達の誰かに決まってる」


 少女は俺達の顔を一人一人見つめていく。


「……全くわからないわ!!」

「ってなんだよ!!」


 俺達は全員その場でズッコケそうになった。天然か?


「とにかくね! 今日は藤間しずはの敗北をお友達のあんたらに見せてあげるわ!」


 とても自信家だ。でもこういう自信があるのは良いことだ。この自信の根底にあるのは、努力してきたという事実。努力している人は嫌いではない。


「おうおう、いいぜ。しずはを負かしてみてくれ」

「あんたね、一番ムカつくわね!!」


 冬矢が煽ることで、少女はターゲットを絞ったようだ。


「君、若林深月(わかばやしみづき)だろ? 去年の演奏凄く良かったぜ。せっかく可愛い顔なんだから、今度会う時は笑顔見せてくれよな」

「は、はぁぁぁ!? か、かわいくなんてないし!! い、いきなり何言ってるのよ!!」


 冬矢がいきなり口説き始めた。


「この子、チョロいわね……」

「チョロいね」

「チョロい……」


 俺達はそれぞれに呟いた。


「と、とにかくね!! 今日は藤間しずはの泣き顔を見せてやるんだから! 期待してなさい!!」

「おう、楽しみにしてるぜ。深月ちゃんの演奏もちゃんと聴いておくよ」

「み、みづきちゃん!? ……やりづらいわね! このバカ!!」


 冬矢の攻撃に、若林はうまく対応できなかったようだ。今日の演奏に影響がなければいいけど。

 捨て台詞を吐きながら、若林は足早に控室に向かっていった。


「あ〜、あの子面白いわぁ〜」

「ちょっとあんたね、ほどほどにしなさいよね」

「だって見ただろ? しずはの友達だからって顔まで見に来るなんて可愛いじゃんか。しずはの事大好きなんだろうな〜。あ、変な意味じゃなくてな?」


 冬矢は完全に若林を茶化したようだ。

 少しやりとりをしたら、あのチョロい若林はすぐに冬矢に落とされそうだ。


「じゃあ、俺達も中入ろうぜ」


 冬矢が率先して、会場のホールの中へと足を進めた。



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