277話 夏祭り
夏休みも終盤。
予定が合わなかったこともあり、ここまで伸びてしまったが、今日この日、俺は花火大会兼夏祭りに来ていた。
ルーシーから渡された学園祭三曲目の歌詞。
それを受け取った俺たちは、冬也を中心に曲作りに励む中、練習を継続しながら順調にバンドとして前に進んでいた。
この夏は、富良野にルーシーと一緒に旅行したり、宝条家の別荘に泊まったり、そこでは海を楽しんだり、部活をしながらでもあるが十分に楽しんできた。
そして今日の夏祭りはその締めくくり。
俺は、ゴクリを息を呑みながら皆と合流するのを待っていた。
しかし、今日一緒に向かう夏祭りのメンバーはいつもとは違う。
違うというのは、メンバーが違うわけではない。
いつもなら、ルーシーたち女性陣や冬也たち男性陣と一緒に行くはずなのだが、相手はたった二人だった。
冬也は深月と開渡は千彩都、真空に至ってはジュードさんと回るという話だ。
つまり、俺が一緒に回る相手は――
「光流〜〜!」
手を振って待ち合わせ場所にやってきたのは、金色の綺麗な髪が特徴的な人物。
「まだまだ熱いわね。うちわ持ってくればよかったかな」
そしてもう一人、テレビにまで特集されてしまい、今や時の人になりつつある人物。
「……ルーシー、しずは。二人とも浴衣姿、すっごい似合ってるよ」
俺が今日の夏祭りを一緒に回るのは、ルーシーとしずはの二人だった。
「えへへ……ありがとっ。お母さんから借りたんだけど、似合ってるか不安だったんだ」
「ありがとう……私は新しいやつ。ほら……ね」
ルーシーは赤を基調とした浴衣で、きらびやかな簪で髪をアップにしてまとめている。普段は見ないルーシーのうなじにグッときてしまう。
一方のしずはは逆に青を基調とした浴衣。彼女のクールな時のイメージにぴったりなデザイン。花の形をした簪をつけている。しずはも高校生になり、前に見た時よりもずっと浴衣が似合う女性になっていた。
「光流も浴衣姿似合ってるよ」
「まあ、確かに似合ってる」
「はは。ありがとう。でも、着慣れないね」
浴衣を着たのは中学二年生以来だろうか。
三年の時はプールには行ったけど、花火大会は行かなかったからなぁ。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
「ちょっとルーシーゆっくりにしなさいよ!」
「はーいっ」
俺としずははルーシーに手を引っ張られ、まずは出店を巡ることになった。
「あ、火縄銃!」
「……確かに見えなくもないけど……」
見つけたのは射的の屋台。
ルーシーが火縄銃といったそれは、おもちゃの銃。弾はコルクだ。
「あ、ちるかわのぬいぐるみあるじゃん」
「取って深月に……って思ったけど、残しておいたほうがいっか」
「そうだね」
しずはが気付いたのは、深月が大好きなキャラちるかわ。
しかし、もしこの後冬矢たちがこのお店にやってきた時、残しておいたほうが良いだろうと思い手は出さないことにした。
「じゃあ私からやるー!」
まずはルーシーからチャレンジ。
パンッ、パンッと撃って行くもなかなか景品が落ちない。
当たってはいるのだが、当てた場所が悪いのか、まだ足りないらしい。
「ちょっとしずはやってよー!」
「ふんっ、任せなさい」
ルーシーが一つも景品を落とせなかったのでしずはに交代。
しずはが銃を構えると、同じように狙っていった。
「ぜんっぜん当たらないじゃないっ! この銃おかしいんじゃないの!?」
目の前に店主がいることも忘れて、とんでもないことを言い出すしずは。
「よし、俺がやる」
「光流頑張ってー!」
「絶対に落として!」
余計なプレッシャーがかかった。
銃を構えて狙いを定める。
ターゲットは、飴が入ったお菓子。こういうのはまず小さなものから。
「おおっ」
一発で取れた。
せっかくなら、二人分渡してあげたい。
しかし続く一発はハズレ。
全部で五発。残り三発。
「くそ……あと一発」
しかし二発が外れ、最後の一発になった。
「光流がんばれ!」
「最後当ててっ」
俺は集中して、別のお菓子を狙う。
「…………」
パンッと最後の射的でお菓子の中心を狙うと、見事命中。
もう一つのお菓子をゲットできた。
「やったーっ!!」
「ちょっ、ひか――」
「きゃあっ!?」
銃を後ろに引き、景品が取れた喜びでそのまま手を上に上げた瞬間だった。
持っていた銃の両端がルーシーとしずはの浴衣の裾に引っかかり、そのままめくれ上がってしまったのだ。
――黒と白。
ちらりと見えたそれは、彼女らに似合う美しいデザインだった。
「見ちゃだめぇっ!」
「何すんのよっ、バカっ!」
「ごへぁっ!?」
同時にビンタされ、俺の頬には赤い印が刻まれた。
◇ ◇ ◇
――ひゅ〜、ドンッ……ドンッドンッ!
美しい花火が次々を上がり、ルーシーとしずはの瞳に鮮やかな色が煌めいていた。
手元には焼きそばなど、屋台で購入した食べ物と飲み物。
俺が持ってきたシートを地面に敷き、空に打ち上がる花火を見ていた。
「わー! 凄い凄いっ!」
「あんた……わかるけど、はしゃぎすぎ」
「だって! 日本でちゃんと花火を見たのは初めて何だもんっ!」
恐らく花火大会に行く機会はいくらでもあった。
でも、こうして友達と一緒に花火を間近で見たのは初めてだろう。
ルーシーにとっての日本でのイベントは、ほぼ全て初体験だ。
「……もう八月かぁ」
「なに、しんみりとしちゃって」
「いやさ、少し前まで中学生だったのに、高校生になってもう四ヶ月が経過したんだよ? 時の流れって案外早いなって」
ここまでの四ヶ月、色々なことがあった。
ルーシーもそうだし、友達と過ごした楽しい思い出はたくさんある。
そして、花火大会といえば、思い出されるのはしずはたちと行った花火大会。
あの時はナンパだったり、しずはの鼻緒が切れたておんぶしたり、そのまましずはの家に泊まることになったりと、色々あった花火大会だった。
今日は不思議なことに、ルーシーとしずはという二大美女に囲まれる花火大会になっけけれど、他の皆も楽しんでいるのだろうか。
「そんなこと言ってたら、本当にすぐに三年過ぎちゃうよ」
「やだなー、ずっと高校生が良い」
「じゃああんただけずっと留年ね」
「キーーっ!」
しずはの煽りにルーシーが猿のような奇声を上げる。
「…………」
花火が打ち上がり続けるなか、俺たちは少し無言になった。
「………………っ」
え……?
左頬に柔らかな感触を感じた。
左側にいたのはルーシーだった。
横目でルーシーの顔を見ると、頬が赤らんでいるように思えた。
でも、花火で本当の色はわからない。
「…………っ」
あっ……。
今度は右頬。
しずはがいる方だった。
同じく柔らかな感触を感じ、俺は右を見るもしずはは花火を見上げたまま。
ただ、ほんのりと耳が赤くなっているように思えた。
「…………」
心は、答えは決まっているとしても、好意を向けられていることは嬉しい。
いつか、その時が来るまで、俺は今一度決意を新たにしなくてはいけない。
両隣にいる二人は、俺が一緒にいるには過分なほどの実力者。
一方は日本のみならず海外でも注目されたネット上の謎のアーティスト。
もう一方は、ヨーロッパのピアノコンクールで日本人初優勝を果たしたジュニアピアニスト。
ただ、ギターを頑張っているだけでは、彼女たちには追いつけない。
「――――」
すると、左右から同時に腕を絡められ、ぎゅっとされた。
もう、二人はわかっているのだろうか。
ルーシーもしずはもお互いがいるのに、こんなことをして――バレても良いのだろうか。
今の俺は、ただ、彼女たちの腕の温もりを感じ、花火を眺めることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
「あー、楽しかったっ!」
ルーシーが伸びをしながら、帰路を歩いていた。
「満足そうで良かったよ」
「光流も楽しかった?」
「ビンタさえなければ……」
「あれは光流が悪いっ!」
正直、今でもまだ両頬がひりついている。
「って、あー! あそこ見てっ!」
「ん――」
ルーシーが指差す方向。
その場所にはなんと、花火大会の会場から帰ろうとしている冬矢と深月の姿が見えた。
二人とも浴衣を着ていて、深月はとっても綺麗におしゃれしていた。
「とっ――んーんっ!?」
「あんたバカ! 呼ぶんじゃないわよっ!」
「……ぷはぁっ……息ぐるじい……っ」
冬矢の名前を呼ぼうとしたルーシーをしずはが口を塞いで止める。
「あの二人には……二人にしてあげなさいよ……」
どこか言いにくそうにしずはが言った。
「あ、ごめん……普通に挨拶しようかなーって思っちゃった」
「空気くらい読みなさいよねー」
しずはがバシっとルーシーのお尻を叩いて注意した。
「って、あー! 今度はあっちにもっ!!」
騒がしいルーシーが、次に指を差した場所――そこにはなんと浴衣姿のジュードさんと真空がいた。
「わっ、あの二人ってそういう関係なの?」
「そういやしずはって、知らなかったっけ」
「うん。知らない――ルーシー、呼ぶんじゃないわよ」
「――っ。危ない危ない」
しずはが静止しないと先程のように呼ぶつもりだったらしい。
「ほんっと、皆やることやってるのね」
「うんうん……っ。楽しそうで何よりだよっ。ね、光流〜〜っ」
「そうだね。そうだと良いな」
遠目に見るジュードさんも真空も楽しそうに話している。
と言っても真空の場合、元気じゃない時がないというか。
「あー、夏休み終わっちゃう〜」
「学園祭まで、あと少しだね」
「その前に球技大会か……鬱だ」
しずはが呟いた球技大会。
九月に開催される、名前の通りに球技の大会。
スポーツが苦手なしずはは乗り気ではない。
「女子は何に出るか決まってる?」
「うんっ! 私はバレーとバスケだよー!」
「私はソフトボールと卓球のダブルス……」
「そうなんだ!」
それぞれ別の競技をやるようだった。
「光流はー?」
「俺はバドミントンとサッカー!」
「へえ! そうなんだ! 時間合えば応援に行くね!」
「光流の球技……楽しみね」
「別の意味で楽しみにしてるだろ……」
そう、俺は球技が得意ではない。
陸上競技は得意なのだが、ボールを扱う競技はどうにも苦手なのだ。
だからしずはに対しても何か言える立場ではない。
こうして、夏が終わる。
迎えるのは球技大会、そして学園祭。
高校生になってからの俺たちの一年は、後半に突入していく――。




