276話 三曲目
「しずは〜〜っ!!」
黒塗りの高級車から降り、元気に手を振りながらこちらへやってきたのは、私の宿敵、ルーシーだ。
眩しい笑顔を太陽みたいに振りまき、お洒落なワンピースを着て、本当にムカつくほど可愛いったらありゃしない。
「じゃあ、行くよ」
「え、ちょっと!? 冷たい〜〜っ」
ルーシーが近づくと私はすぐに方向転換。
彼女を下に見ているクソ彼氏のような振る舞いで、追いかけさせるようにして私は先を歩いた。
今日はルーシーと約束していたことを叶えてもらう日。
もし私がピアノコンクールで優勝したら、何でも言うことを一つ聞くといったもの。そして私がルーシーに聞いてもらう願いは、買い物に付き合ってもらうというものだった。
あの宝条家の別荘に泊まった日から数日後のことだ。
「ねー、どこに行くのー?」
「いいから着いてきて」
「も〜」
頬を膨らませたルーシー。
でも私は気にせずドカドカと歩いていった。
ついた先は銀座の一等地にあるセレクトショップ。
別に高いブランドというわけではない。商業施設の中にもよく入っているブランドだ。
「わ、え〜〜っ! ここって!」
「私があんたの服選んであげるから、とりあえず色々試着するよ」
「うんっ!」
やってきたのはカジュアルな服が並ぶお店。
ルーシーは以前、私の服装に興味を持っていた。だからこの場所に連れてきてあげたのだ。
ルーシーが持っている服は基本的にはきれいめで大人っぽい。
カジュアルな服装をしているのを一度も見ていないため、あの時から服は買っていないとわかる。
今は夏の終わりだけど、お店には既に秋冬用の服が並んでいる。
最初に目をつけたのは私がよく着る本当に簡単な服装。
ジーパンにパーカーにキャップの組み合わせだ。
「とりあえずこれ着てみて?」
「わかった!」
ルーシーは鼻息荒く了承。すぐに試着室に入っていった。
数分後、出てきたルーシーはその間に私が用意しておいたスニーカーを履いて、コーディネートが完成した。
薄青のダメージジーンズに上はグレーのプルオーバーのパーカー。キャップは黒だ。
「どうっ!?」
「…………」
「何か言ってよぉ!」
「…………あんたってほんとになんでも似合うね。ムカつくけど」
「ふふんっ。でしょ〜っ」
身長が高くスラッとしている。私にはとてもじゃないが、同じものを着ても彼女のようなスタイルには見えないだろう。
本当にモデルのように様になっている。
「カッコいい! わー、こういう服装もいいねっ!」
「こういう格好だと、ぱっと外に出られるでしょ。家にいる時でもいいけど、そういう時、気軽に着れる服持っておいた方が良いよ。迷う時間もったいないし」
「そう? 私、コーデ考えてる時間も大好きだから、あんまり気にならないけどなぁ」
「そう……じゃあその服はいらないわね」
「ちょっと〜〜! いるいる! いるからぁっ!」
なら最初から私の意見に同意しておけっ。
その後も私は適当に服を見繕って、次々とルーシーに渡していった。
私はダボついた大きめサイズの服も結構好きなので、そういった服も選んだ。
例えば、大きめのスウェットやMA1ジャケットにブルゾン、スタジャンなど。ルーシーが絶対に着てこなかったものだ。
「ね、ねえ……本当に良いの? 結構したよ? したよね?」
「気にするな。もらっておいて」
私はルーシーに今着てもらった服を買ってあげた。
結構な値段がしたが、私だって賞金で稼いでいる。これくらい余裕だ。それにこのくらいルーシーにとってははした金。買おうと思えばいつだって変える。
だったら、私が買って、ただの服にしなくても良いようにすればいい。
私が思うルーシーは、人からのもらい物を大事にするタイプ。かといって自分が買った物を大切にしないとも思えないけど。
でも、どうせならプレゼントにした方が良いと思ったのだ。
そのあとは、今度は私の買い物に付き合ってもらった。
主に化粧品だけど、ルーシーは私と同じで、結構な高級品を使っていた。
普通に考えれば高校生では絶対に手を出せないようなデパコスだけど、互いにある程度お金は持っている。
商業施設の中を色々見て回り、いくつか選んで購入した。
今度はルーシーがプレゼントしてくれた。ブラックカードで。
こいつ本当にボンボンのボンだ。
「てかさ、あんたといると全然ナンパされないんだけどどうなってるの?」
外を歩いていると、たまに声をかけられる。
スカウトから話しかけられたこともある。
実際チラチラと歩く度にこちらを見てくる人が多い。
それは私だけではなく、ルーシーがいるからというのもあるけど……。
「あー、多分どこかでボディガードが見てるからだと思うな!」
「え……そうなの?」
「ほら、別荘にもいたでしょ。でも今日はその人とは違うと思う」
ルーシーが後方のある場所を指を差した。
すると大柄の黒人のような人が見えたのだが、一瞬にして姿を隠した。
本当らしい。
「ルーシーが頼んだの?」
「いや、勝手についてくる。でも、毎回いるとさすがの私でも気づくよね」
「それはそっか」
「ボディガード以外の人もいる時があるけど、それは誰なのかわからないけどね」
「ふーん。あんたも色々あるのね」
そのボディガードが事前にナンパしてきそうなやつを排除している、ということだろうか。もしそうなら、私も欲しい。休日くらいゆっくり買い物をしたいから。
「――あっ」
商業施設から出て、外を歩いていると、ルーシーが買い物袋を落とした。
その中から購入した何かがコロコロと歩道を転がっていってしまう。
「どこまで行くの〜〜っ! …………あ」
ルーシーが追いかけると、女性の靴にコツンと当たり止まった。
「すみませんっ」
「いいわよ。これね」
女性が拾った化粧品をルーシーに渡してあげた。
「ありがとうございますっ! それでは失礼しますっ! あ〜、これ光流にあげようと思ったのに汚れちゃったぁ」
ルーシーが深く頭を下げる。
受け取ったものを手に取ると角が少し汚れてしまっていたのか、落ち込んだ様子を見せた。
「あんた物買いすぎなのよ」
「じゃあしずはちょっと持ってくれる?」
「嫌に決まってるでしょ」
ルーシーは服や化粧品、光流に何か渡そうと一緒に選んだものを色々と購入した。そのため手荷物がかなり増えていた。
「…………ねえ、あなた。光流って言った?」
すると、ルーシーの落とし物を拾ってくれた女性が声をかけてきた。
長い茶髪に大きめのピアス。そしてキャップにマスク、さらにサングラスまでしていた女性だ。
「えっと……はい」
「ふーん…………あなたって、歌とかやってる?」
すると何を思ったのか質問を続ける茶髪の女性。よく見ると芸能人のようなオーラを感じた。私は音楽一家に生まれたからか、ある程度、雰囲気で何かを敏感に感じる。
「バンドはやってますけど……あ! もしかして歌に興味ある感じですか!? 実は少し先なんですけど……学園祭でバンドやる予定なんです! 十一月の頭に……良かったら来てください!」
「あんた、銀座のド真ん中でバンドの集客するとかやるわね……」
見ず知らずの人を誘うとはさすがはルーシーだ。何を考えているのかわからない。
こんな大人っぽい雰囲気の人が来るわけがないのに。
「ふふ、ふふふふっ」
「え?」
茶髪の女性は突然その場で大笑いしはじめた。
「歌に興味……ね。あなた面白いわね。それにどことなく――いや、まさかね。あなた高校生? 学校はどこなの?」
「秋皇学園です!」
「へえ…………そう、わかったわ。私は忙しいから行けるかはわからないけど、頭に入れておくわ。じゃあね」
「ありがとうございますっ!」
ルーシーの想いが通じたのかわからない。
でも、その女性はなんと学園祭に来ると言いだしたのだ。私にはルーシーもその女性も何を考えているのか全くわからなかった。
「ねえ、しずは見た! 私、学園祭に人を呼んじゃった!」
「……忙しいって言ってたじゃん。来るわけないよ」
「そうかな〜。あの人キラキラしてたし来る気がするけどな〜」
意味不明だけど、ルーシーにもオーラのようなものが見えるらしい。
茶髪の女性の背中を追って見ると、すぐ傍に停まっていたタクシーに乗り込み、どこかへ行ってしまった。
「じゃあ、行こ」
「はいはい」
私とルーシーは、荷物を持ち直し次の場所へと向かった。
◇ ◇ ◇
「秋皇学園か……確か有悟の高校もそこだったわよね」
茶髪の女性はタクシーに乗り込むなり、バックミラーで二人の少女の背中を眺めていた。
「有悟の高校には、あの光流もいる……そして、その光流はエルアールを知っている……」
女性は何かを一人でぶつぶつを呟く。
それは自分の盛大なデビューを潰した相手のこと。
今はテレビ出演なども合わせるとこちらの方がアーティストとしては有名だと思うが、スタートダッシュは邪魔された。
「まさかエルアールと同じ高校……? わからない……でも、あの雰囲気は尋常じゃない」
金髪に碧眼。
サングラスがなければ、動揺していたことを気取られたかもしれないほど、惹きつけられてしまう美貌。
茶髪の女性はその少女のオーラに目を奪われていた。
「エルアールは最初金髪だった。途中からカツラを被ってサムネイルを偽装した? 身長も高いし、体型もなんとなく似てる気がする……ふふ、まさかバンドね……もし本当なら、見に行ってやろうじゃない」
サングラスを外しマスクをずらした女性はふぅっと息を吐き、タクシー内のクーラーで涼んだ。
「――予定、空けてもらわなくちゃね」
そう言いながら、女性は少ない移動休憩の時間、目をつむって眠ることにしたのだった。
◇ ◇ ◇
「カラオケ行ってみたかったんだよねー!」
というルーシーの要望に応えて、カラオケに行くことになった。
既に私の願いとは別になっているけど、やることがなくなったのでしょうがなく承諾することにした。
カラオケなんて得意じゃないし、うまくもない。
中学の時以来行っていないかもしれない。自分から行こうとはしないけど、誘われたら行くくらい。
ルーシーは歌はうまいから、興味があったのだろう。
中に入って料金を支払うとひとまず一時間半で入ることにした。
ドリンクバーで適当に飲み物をとって中に入ると、そこは狭い個室だった。
「わー! こんな感じなんだ! 暗いね!」
「まあ、庶民の憩いの場なんてこんなもんだよ」
「あ、この機械アメリカで使ってたやつと似てるかも! リモコン!」
カラオケの機械を家に持っているとかとんでもない。
まあ、うちも収録機材とかは揃ってるから、言えないか……。
「何から歌おうかな〜! 四乃坂星ちゃんにしようかな〜」
「知ってるんだ。そういやルーシーと同じ時期に曲リリースしてたよね」
「え、そうなんだ。それは知らなかった。聴き出したのはこっちに来てからだからさっ」
四乃坂星……動画配信サイトからデビューした若手アーティスト。
この一年の間にテレビ出演まで果たした、今話題のソロシンガーだ。
その歌唱力もさながら、容姿やファッションまで注目されており、まさにアイドルのような注目ぶりの人物。当初はエルアールと同じく仮面をつけていたけど、なんで外したんだろう。外して良かったくらいの見た目をしていたけど。
…………そういえば、さっきの人…………いや、ないか。
私は余計な事を考えるのをやめた。
「これにするー! 『ステラ・ウォーカー』!」
最新の曲だ。
こっちに来てからなのか前からなのかわからないが、ルーシーは最新のヒット曲も聴いているらしい。
「――――」
ルーシーが歌い出すと、カラオケ店のはずなのにそうとは思えないほど素敵な歌声が響いた。私も長く音楽業界にいるけど、歌のことはあまりわからない。ボーカルをやってたのはお父さんだけだけど、昔過ぎてよく知らないし。
ともかくルーシーのことが嫌いな私でも、その声に心が揺さぶられてしまう。
ノリノリで歌っているルーシーは、本当に可愛い。
明るくて笑顔でキラキラしていて、私が持っていないものをたくさん持っている。元々が引っ込み思案だった私にはできない芸当だ。
カラオケが終盤に入るとルーシーがふと呟いた。
「――最後の曲決まった!」
「え」
学園祭の曲ということだろう。
「大丈夫? ちょっと遅くない?」
「一応期限は設けられてるから大丈夫!」
「そう……深月も協力してるみたいだしね」
曲作りは基本的には冬矢と深月でやっているらしいけど、最近は光流も加わっているらしい。ギター以外のこともできるようになっているのだろうか。
「私さ……しずはと遊べて今すっごい楽しい!」
「そう。私はそうでもないけどね」
「ぶぅ〜〜〜っ!」
「豚か」
「ぶぅ〜〜〜っ!」
「豚じゃん」
「……………ふふっ。ふふふふふっ」
ルーシーが笑い出す。
そんなに面白いやりとりじゃなかったと思うけど。
「だからそんな楽しい今の気持ちを込めた曲にするっ! しずはだけじゃなくて、皆! 私が経験してきた暗いことも明るいことも。この学校生活のことを込めて曲にするっ!」
「そう……アンタらしい曲だね」
キラキラとどういう歌詞にするか語っていくルーシー。
まさに青春のような曲だった。
まだ青春するには高校の一年生の半分しか経験していない。
あと二年ある高校生活。もしルーシーがこのままバンドを続けるなら、もっと素敵な曲が出来上がることだろう。
「……しずはとも一緒に演奏したかったな」
「その言葉は氷室さんに申し訳ないことわかってる?」
「それはそれ! これはこれ! 麻悠ちゃんは麻悠ちゃんで素敵な演奏してくれてるから!」
「まぁね。あの子はちょっと機械的な感じはするけど、ミスはないよね」
「わかるんだ」
別荘での演奏を聴いた時に氷室さんの演奏を見たけど、まあ完璧だった。
ただ、私が演奏する時のような情熱がまだ少ない感じがした。それが彼女なんだろうけど……。そこだけは少し気になった。
「私を誰だと思ってるのよ」
「私の友達のしずは!」
「友達じゃないって」
「もう、強情っ」
こうやって二人でお買い物をしてカラオケして。
友達じゃないなんてありえない交流。だけど私はこいつとは永遠に友達にはなれない。
光流がいる限り、友達にはなれない。
なれないけど…………特別な存在だ。
「あと、約二ヶ月か……学園祭楽しみだなぁ」
私にとっては人生で一番涙を流した思い出のあるイベント。
中学校の文化祭と高校の学園祭は全く違うけど、どうしても去年のことを思い出してしまう。
今年の学園祭は私にとってどんなものになるのだろう。
「夏祭りも楽しみー!」
「私は球技大会が億劫だよ……」
「それも楽しみ〜!」
「こっちは憂鬱だよ……陸上ならまだしも球技って」
「そう言えば光流って球技苦手なんだもんね?」
「あー、ド下手くそだね」
「ふふっ。体育の時もたまに見ていたけど、何でもできるわけじゃないんだもんね」
迎える文化祭の前に、私たちにはいくつかのイベントが用意されている。
夏祭りに球技大会だ。
夏祭りはルーシーが初めて浴衣を着るらしい。
そして球技大会は…………いや、これは私が手を出すべき問題じゃない。
あいつらの問題……あいつの問題だ。
そうして夏休みは過ぎていき、終盤へと差し掛かる。




