274話 海としずはの誕生日会 その2
『――夜空に消えた 願いの残響 誰も知らない光を抱いて♪』
前奏からの歌い出し。いつものルーシーの声とは違う、強い歌声がリビング全体に轟く。
その瞬間、観客であるクラスメイトたちがゾワッと鳥肌が立つように反応したのがわかった。
そう、それだけルーシーの歌は反応せずにはいられないのだ。
ギターを弾きながらマイクに向かうルーシーはしっかりと前を向いている。左側に立って同じくギターを演奏する俺はその姿を横目に、指を動かし続けた。
『――零れそうな夢を 手放せなくて 何度も未来に手を伸ばした♪』
この曲は本来、努力する人のための応援歌。
でも、その中にはルーシー自身の実体験も含まれている。
命が消えかけた自分。その時気付いた時間の大切さ。時間は有限で、そして永遠には続かないかもしれない。
だから、本気で生きよう。刹那のように短い時間でもいいから、その一瞬にでも本気になれるように、努力しよう。そんな内容が込められた歌詞だ。
『――磨くたび光る心 曇った空突き抜け♪』
徐々に近づく、見せ場であるサビ。
ルーシーも練習の繰り返しで、ギターを持ちながら歌うことにも慣れてきている。
そして、それができるようになってきた一つの理由に、しずはの父である透柳さんの存在がある。
『――超スピードの中でも 想いは消えたりしない♪』
それはルーシーの筋力。
筋トレをして筋肉をつけることで、発声からギターを持ったままの歌う時の体力までカバーする。
実際、ギターを持ちながら歌う時の姿勢はぐっと改善し、安定している。
さすがは透柳さん。ちゃんと筋トレしてきたルーシーも努力家だ。
そしてついにサビに入る。
『――75分の1秒の刹那 今しかない光を放て♪』
ロックなサウンドから響き渡るルーシーの強烈な歌声。
アップテンポで、演奏する方も楽しくなってくる曲だ。
そして、練習を積み重ねてきたのはルーシーだけではない。
俺や冬矢はもちろんのこと、真空だって進化している。
ドラムを叩くその音は前よりも力強く、かつ繊細だ。
こちらもルーシーと一緒の家に住んでいるからか、ずっと一緒に筋トレをしてきていた。前に俺が教えたメニューをちゃんと実践しているらしい。
ちなみ麻悠は指摘するところがない。絶対音感により一度聴いたら全て覚えてしまうほどの才能。安定的なキーボードの音は、俺たちの演奏をずっと支えてくれている。
『――誰にも触れられない想い この胸に燃えてるから 儚くても煌めいてみせる♪』
一番のサビが終わり、盛り上がりは中盤へ――。
最初は呆気に取られていたクラスメイトたちだったが、今では一部が盛り上がってくれている。もちろん家永が中心だが、千彩都も楽しそうにしているのが見えた。
そうして演奏が進み、再びラストのサビ。
『――75分の1秒の刹那 たとえ儚く散るとしても』
『――駆け抜ける勇気が 明日を変えていくから 限られた今だからこそ輝け♪』
ルーシーが歌い切り、残すは後奏。
最後、俺のギターと真空のドラムで演奏が締め括られた。
「わああああああっ」
演奏が終わると家永を筆頭に俺たちの演奏に対する拍手が送られた。
料理の片付けをしていた宝条家の使用人たちも一緒に拍手をしているのが見える。
バンドメンバーとアイコンタクトをした俺は、笑顔を見せ、その拍手を受け入れた。
「『一瞬の刹那でも煌めけ』でしたー! 皆ありがとー! しずは、改めておめでとー!」
ルーシーがマイクに向かってそう告げると、さらに拍手が巻き起こった。
「初めて生でライブ見たけど、マジですっげえ……感動したわ……てか興奮やべえ」
家永が目を見開いてそんな感想を呟いていた。
「すごいっ……宝条さんすごいよっ!」
「これ、高校一年生だよね? こんなに上手いものなの?」
「いや、バンドの演奏もそうだけど、宝条さんの歌声がすごすぎる……」
「…………どっかで聴いたことのあるような声なんだよなぁ」
次々と絶賛の声が届く。
ただ、一部はそれに気づき始めていた。
そんなことも知らない俺たちは演奏成功の喜びをハイタッチで分かち合う。
そしてルーシーは再びマイクに向かう。
「しずはっ……どうだった?」
「うん。良かったんじゃないかな。……ま、私の演奏には全然届いてないけど」
「なにそれー! 素直じゃないなぁっ!」
「嘘よ。すごい良かった。前に真空の誕生日で演奏した時よりも成長はしてる」
「ほんと! やったぁっ!」
しずはに褒められルーシーはジャンプして喜ぶ。
ただ、しずははまだ何か言いたげだった。
「――ねえ、それで終わり? 一曲しかやらないの?」
その言葉で、俺たちはハッとする。
ルーシーや冬矢と顔を見合わせた。
「…………」
どうしよう。
確かに今の演奏だけでは5分ほど。もちろん体力はあるしやれないことはない。
ただ、やれる曲は限られていた。
「……聴かせてくれないの――あんたの曲」
今の含んだ言い方。
俺にはわかる。あんた、とはエルアールという意味だ。
でも、ここでそれを演奏してしまえば、クラスメイトにはバレてしまう可能性が高い。いずれバレるとはしても、流石に早いのではないか。そう思ってしまう。
しかしルーシーの青色の双眸は、しずはからの言葉で輝いていた。
「ねえ、やろうよ! 一曲しかやらないのって言われてるんだよ?」
しずはからの挑戦状。
ルーシーは、しずはを特別視している。だからこそ、その煽りを受けて立つのはわかっていた。
今演奏したのは、学園祭で披露する予定の二曲目だ。現時点で他に弾けるのは、一曲目であるエルアールの『星空のような雨』。
ルーシーは歌いまくっていて、一番自信のある曲。そして俺も目をつむっても弾けてしまうほど練習した曲だ。
だから――、
「――マズいって言うなら、光流が歌ってもいいけど?」
「え――」
思いがけない提案。
確かにそれならルーシーの正体は、先延ばしにできる。でも、俺の曲を弾けるのは、冬矢だけで――、
「光流。私、弾けるよ」
「え……だって……」
「真空も」
「光流くーん。私、ルーシーにどれだけ文化祭の曲聴かされたと思ってるの?」
まさか……確かにCDもDVDも渡したけど……。
俺の曲を練習していたっていうのか?
そうだとしても麻悠は絶対に聴いていないはずだ。
「一回聴かせてみてよ。スマホで良いからさぁ」
麻悠からのまさかの言葉。
彼女は一度聴けば、完璧に覚えてしまうほどの才能がある。
だとすれば、俺の曲を披露できる条件は整ったわけだけど……。
「――私も光流の歌、聴きたいな」
ルーシーも俺が歌うことを提案する。
と言っても俺は久々のギターボーカルになるわけで。
「――ねえ、光流。もしかしてできないの?」
「い、言うようになったなぁ…ほんと」
今度は俺を煽り始めるしずは。
ニヤッとした笑みを見せ、明らかにおちょくっている。
俺は一度深い息を吐いた。
今日はしずはの誕生日、そしてコンクールの優勝を祝う会。
しずはが求めているというなら。そしてルーシーの正体がバレるのを先延ばしにできるというなら――
「麻悠……じゃあこれ聴いてくれるか?」
「おっけー」
軽い返事で受けた麻悠。
俺はスマホを手渡し、中に入れていた曲を再生し、聴かせてあげた。
時間にして五分。
その間、トイレなどを済ませた一同は、再びリビングに集まる。
「おいおい。まじで九藤がやんのか!」
「……九藤、歌もできんのか?」
「このバンド、万能すぎない!?」
俺がマイクの前に立つとそんな声が聞こえてきた。
久しぶりのギターボーカル。弾けるとはいえ、少しだけ緊張してきた。
中学時代のバンドメンバーを見る。しずは、冬矢。
しずはは期待の眼差し、冬矢は「お前なら余裕だろ」といつも俺を過大評価する視線。
思い出すのは、体育館で演奏した時の記憶。
リハーサルで大失敗し、落ち込んでいた俺を皆が励ましてくれて、それで結果大成功して……。
思い出したからか、心に熱いものが滾ってきた。
皆の準備は完了している。
あとは、演奏するだけ。
「――盛り上がってるかーっ!!」
マイクに向かって観客に声を飛ばす。
「おおおおお〜〜っ!!」
それに反応してくれた皆が拳を突き上げて返す。
これだ。この興奮だ。
バンドはこのコール&レスポンスで熱狂するんだ。
「もっと盛り上がれるだろ〜〜っ!!」
「おおおおお〜〜っ!!」
湧き上がる興奮と熱い気持ちを胸に俺はマイクの前で構えた。
「じゃあ行くぞっ! ――『空想ライティング』!」
今日、最後の演奏が始まった。
ちなみに刹那とは、時間に換算すると75分の1秒らしいです。




