273話 海としずはの誕生日会 その1
宝条家にはいくつ別荘があるのだろうか。
数日前まで勉強合宿で使わせてもらった別荘に行くものだと思っていたのだが、今回はその場所とは違う別荘だと聞いて驚いた。
確かにお金持ちは別荘をいくつも持っていそうだけど、今回は本当に規格外だった。その場所とは15LDKもある間取りの一軒家で貸別荘としても運用している場所だとか。
場所が変わった理由は参加人数が勉強合宿の時よりも増えたことに起因する。
男性陣は俺、冬矢、開渡、家永、堀川、今原、有悟、やまときゅん、真護くん、偵次くん。
女性陣はルーシー、真空、しずは、深月、千彩都、麻悠、ラウちゃん、焔村さん、遠藤さん、千影。
総勢二十名。クラス全体の半分の人数だ。ここまでくればもう修学旅行レベルの規模である。
せっかくなので、皆で楽しもうと都合がつく人を呼べるだけ呼んだお泊り会となった。
守谷三兄妹の次男も初めての対面だったが、真護くんにもお世話になってるし、千影に声をかけてもらって来てもらった。次男の偵次くんは俺よりも少し身長が高く、眼鏡をかけている頭の良さそうな見た目で、こちらが兄ではないかと思う大人っぽさだった。
そしてリレーから仲良くなったサッカー部の今原や友達になった有悟、他は勉強合宿につれてきた面々が揃っている。それに前回の勉強合宿に参加しなかった開渡と千彩都カップルも今回は参加している。
俺も皆と一緒に過ごせるお泊り会に今からワクワクしていた。
「いやいや……エグすぎでしょ……! ここ海外!?」
いつもの如くオーバーリアクションしてくれるのは、野球部の坊主こと家永潤太。毎日毎日練習ばかりで疲れていたところ、今の期間はちょうど休みらしい。
「宝条さんすごいよね。しかも目の前に海があるのに、プールまでついてる。外でも家でも水で遊べるなんて」
言ったのは家永と同じ中学だった堀川暖。彼の言った通りこの家にはプールがついており、まさに豪邸だった。
「ほらほら! 皆早く荷物置いて水着に着替えて海に行こ〜っ!!」
リビングに入ると、どの部屋に誰が泊まるという部屋決めも行っていないのに、真空が適当に荷物を置き、海へ向かおうとする。
前回の勉強合宿では、水着もなく足だけ海に入っただけ。
しかし今回は海を大いに楽しめる用意がある。それだけ楽しみにしていたと受け取れる行動だった。
「真空! 真空!」
「なーにぃ!? ルーシー早く!」
「先に部屋決め! ね!?」
「ぐ……海……海……ぶう〜〜〜」
二十人の大所帯となるとまとまりが大切。濃いキャラが多いとも思うが、比較的人の言う事を素直に聞いてくれる人が多い。その中でも真空だけはこうやって欲望に忠実だ。
ただ、ルーシーに止められ、渋々ながらも先に部屋決めをすることになった。
部屋は約十の個室があり、前の別荘同様に大部屋もいくつか存在する。
今回は二十人。一部屋に三つほどベッドが用意されているため、最高で三人が一緒の部屋で寝泊まりすることができる。
そうして話し合いで決まった部屋割りはこの通りだ。
・俺、冬矢、開渡
・家永、堀川
・今原、有悟、やまときゅん
・真護くん、偵次くん
・ルーシー、真空
・しずは、深月、千彩都
・ラウちゃん、焔村さん、遠藤さん
・麻悠、千影
今はまだ午前十時。
気温も三十度を超えているため、かなり熱い。
目の前には綺麗な海岸が広がっていて、プライベートビーチのような空間になっている。
部屋に荷物を置き、それぞれの部屋で水着に着替える。
男性陣はほぼ全員中に海パンを着てきており、ただ服を脱ぐだけだった。
そうして先に海の近くへ出ると、驚いたことがあった。
「す、須崎さん!? それに牧野さんに及川さんも!」
俺たちが海に出ると待っていたのは、宝条家使用人一同。
須崎さん、宮本さん、篠塚さん、牧野さん、及川さんの五人だ。
男性使用人は全員海パンにサングラス。
女性使用人は中に水着を着ており、上には薄手のパーカーを羽織っていた。ただ、いつもとは違い目元にはサングラスをしていた。
バーベキューの準備やドリンクなどの準備をしているらしく、この感じだとお昼は彼らに振る舞ってもらえるらしい。本当に何から何まで……。
「九藤様〜! お久ぶりですね〜っ! いや、お風呂ぶ――いだ!?」
「志津句ちゃん……余計な事は言わない。――九藤様、失礼しました」
「あ、いいえ……お久しぶりです」
及川さんが挨拶がてらとんでもないことを言い出す。
絶対お風呂パニックの時のことだ。社交界あとにルーシーの家に泊まることになったけど、お風呂場で皆と鉢合わせしてしまって――。
須崎さんたちは俺たちに軽く会釈すると、そのまま料理のほうに集中しはじめた。
「うわ〜すげ〜、宝条って使用人いんのか」
「本物、初めてみたよ」
いつもはスーツやエプロン姿だったりする彼女らだが、今日は違う。
それでも俺とのやり取りで理解したのか、家永や堀川が驚いていた。
そんなこんなで俺たちは女性陣を待っていたのだが、水泳の授業とは違う、ワクワクを感じていた。
「皆ーっ!」
すると元気よく真空の声が背後にある別荘から聞こえてきた。
振り返ると、続々と女性陣が水着を着た状態で歩いてくるのが見えた。
「か、神よ……俺は……俺はこのクラスで本当に良かった……っ!」
野球部という男だらけの環境でこの夏休みを過ごしてきたらしい家永は滝のような涙を流し感動していた。
美人な女子が多いとされる俺たちのクラスは、皆が皆素晴らしいスタイルをしている。真空やルーシーを筆頭に例え胸が小さい女子でも魅力的なことには変わりない。
そしてルーシーたち五人は、俺が良いと言った水着を購入してくれたらしく、それぞれ見覚えのある水着を着ていた。
「皆似合ってるよ」
聞かれる前に言っておいた。もちろん心からの言葉だ。
決してルーシーやしずはが怖いとかではない。
「ありがとっ!」
「まあ、光流が選んだのだし、似合って当然」
ルーシーはとびきりの笑顔を見せ、しずはは少し照れながらも嬉しそうにした。
一方、ゆっくりと奥の方から近づいてきたのは、陰の女子三人組。
麻悠、ラウちゃん、千影。ただラウちゃんだけ焔村さんが付き添って歩かせている状態だ。
麻悠とは、最近はバンドの練習でしか交流がない。
だからこういった遊びの機会に参加してくれるのは嬉しかった。
「ほら! ルーシー、しずはちゃん! 海行くよ! 海っ! わ〜っ!!」
「真空!?」
「ちょっとあんた!?」
「「きゃあああっ!?」」
すると、居ても立っても居られなかった真空が二人の腕を同時に掴んで砂浜をダッシュ。そのまま海へとダイブした。
「よっしゃ俺たちも行くぞー!! うおおおおおっ!」
すると家永が真空に続いて海へとダイブした。
「やまときゅん行くよ!」
「わああああっ!?」
「俺たちも行くぜ! 光流!」
「おうっ! 他の皆もっ!」
一部の冷ややかな目をしていた人たちを傍目に俺も海へとダイブしていった。
海水温度は生暖かく、かなり気持ちが良かった。
塩味の海水が少しだけ口に入るとしょっぱくて、プールとは違う本物の海を感じた。
そういえば、海に来るのはどれくらいぶりだろう。
もう覚えていないくらいだ。
「きゃあ! ちょっと真空っ!」
「なにするのよ! このおっぱい星人!」
「ほらほらっ!」
真空は海にダイブしたあともルーシーとしずはに水をかけまくっていた。
するとそれに反撃し、ルーシーもしずはもこれでもかと水をかけていた。
水遊びをするルーシーの姿。
濡れた金色の髪と色白の肌が太陽に照らされて、俺にはそれが煌めいて見えた。
ああ、ルーシー。本当に……。
周囲を見渡すと焔村さんや千彩都も海に入っていて、有悟や開渡たちと水をかけ合っていた。
と、俺は一旦砂浜の方に視線を送ると、なんとビーチパラソルやビーチチェアが設置された場所に深月、麻悠、ラウちゃん、千影、真護くん、偵次くんなどがまったり過ごしているのが見えた。
せっかくの海なのに、なんて勿体ないことをしているのだろう。
確かに海は苦手とか嫌いだとかもあるかもしれない。でも……。
「ねえ、冬矢」
「ん?」
「あれ」
「あ〜〜ヨシ」
俺と冬矢はパラソルの下まで近づいた。
すると俺たちがやってきたことに気付いた一同。
特に深月は嫌そうな顔をした。
「みづき〜〜〜」
「ちょ、あんたなにする気よ。まさか……きゃあああ!?」
「おらあああああ!」
「死ねっ! やめろ! ばかあああああ〜〜っ!?」
深月を強制的にお姫様抱っこした冬矢はそのまま海へと一緒に突っ込んでいった。
海から顔を出した深月は、冬矢を追いかけ回し水をかけまくったが、身体能力の差でなかなか追いつくことができないでいた。
「真護くんなら二人くらい簡単に担げるよね?」
「ん……そうだな。余裕だ」
「じゃあ弟と妹お願いできる?」
「もちろんだ」
「え……ちょっと真護兄ちゃん?」
「いやいや真護兄さん。僕は海なんて……っ」
俺に協力してくれた真護くんは立ち上がると二人の弟妹をひょいっと片腕ずつ担いた。そうしてそのまま砂浜を駆けて海へと突っ込んだ。あまり大声を出さないであろう二人が悲鳴を上げていたのが見えた。
「麻悠、ラウちゃん。行くよ!」
「光流っちさ……私ってどう見てもインドア系ってわかるよねぇ?」
「私は……寝る……」
麻悠は嫌そうな顔をし、ラウちゃんに至っては既にビーチチェアで気持ちよさそうに目をつむっていた。
「ほら! 一回で良いから! 海気持ちいいよ!」
「ちょっとぉ!?」
「んっ!?」
この押し問答が面倒なので、俺は二人の手をとって起き上がらせた。
「せっかく素敵な水着着てるんだからさ! ほらっ!」
「急に走らないでぇっ」
「うぐぐぐぐぐ」
麻悠はまだしも、ラウちゃんは大きい。すごい力で引っ張らないと全然前に進まなかった。走るというより、トボトボ歩いたという感じで海の近くまで来たのだが、俺が急ぎすぎたせいで事故ってしまった。
「ぎゃふん!?」
「あ……」
「光流っちのせいだ」
運動がとても苦手なラウちゃんが顔面から砂に突っ込んで転んでしまった。
「ラウちゃん!? 大丈夫!?」
俺は彼女の体を反転させて、仰向けにした。
すると顔が砂まみれで酷いことになっていた。
「これは……九藤にちゅーしてもらわないと起き上がれない」
「ほら、変なこと言ってないで起きて」
「あぁぁぁぁ………」
ラウちゃんの冗談はさておき、こうして俺たちは全員海に入ることになり、海を前にしたお泊り会がスタートした。
◇ ◇ ◇
「ふんっ!」
真護くんがジャンプし、えげつない打点からスパイクを叩き込む。
バレーボールが変形してしまうのではないかというほど砂にめり込み、その破壊力を見せつけた。
俺たちは今、五人ずつのチームに分かれてビーチバレーをしていた。
ただ、身長が二メートル近い真護くんが入ったチームだけは、あまりにも強すぎて、色々なハンデをつけることにしたのだ。
例えば手を使ってはいけないとか、三ポイントに一回しか触れないなど。
手を使わないバレーなど、既にバレーではないのだが、それでも真護くんはサッカーの要領でヘディングをし、ポイントを決めるのだからチートである。
「いくよー! それっ!」
相手チームのルーシーがサーブをし、こちらのコートにボールが飛んでくる。
俺はそれを綺麗にレシーブすると、千彩都がトス。最後に日焼け跡が目立つ遠藤さんがバチーンとスパイクを放った。
しかし、それをなんとかレシーブしたのは冬矢。
上がったボールを的確に千影がトス——そうして最後は大きい胸を揺らしながらジャンプした真空がスパイクを決めてポイントを取ることになった。
「やったぁっ!」
それぞれハイタッチして、ポイントを取ったことを喜んでいた。
ビーチバレーは目に毒だ。
体育館で体操着でやるバレーとは全然違うようだ。女子とはバレーをしたことはもちろんないが、ビーチバレーはちょっと健全な男子には別の意味でつらいのではないだろうか。
それもそうだ。休憩しているチームの中では一人、家永が鼻血を出して倒れていた。
彼はクラスメイトの揺れる胸に目を奪われ、顔面からスパイクをモロに食らってしまった。そのせいで鼻血は噴射し、しばらく動けずにいたのだ。
ちなみにこのビーチバレーのネットやポールは宝条家が用意してくれたらしい。
何でも持っていて恐ろしくなる。
そうしてビーチバレーをしたあとは、スイカ割りやバーベキュー。
砂でお城を作ったり、砂の中に埋めたり埋められたり。
疲れ果てるまで楽しんだあとは、これまた宝条家で用意してくれた夕食をいただくことになり、後はお風呂に入ったり寝るまでのゆったりとした時間ということになった。
◇ ◇ ◇
「しずはー! ちょっとこっち来てー!」
するとルーシーと真空がどこかへとしずはを連れて行く。
その間に俺たちは隠していたものをリビングのテーブルの前にドバッと用意。
準備が整うと、電気を暗くし、しずはの登場を待った。
――ガチャリ。
ドアが開くと、そこには王冠と『今日はお前が主役!』と書かれた襷を肩にかけていたしずはが登場した。なんとなく真空のセンスだとわかる。
「――ハッピバースデートゥーユー」
すると俺たちは同時に歌い出す。
目の前にはルーシーが用意した巨大な誕生日ケーキ。
ろうそくの火で照らされたそれは、以前真空のために用意したウェデイングケーキのようなものではないが、それでも巨大。
ルーシーと真空と一緒に目の前までやってきたしずはが、目を丸くしている中、ハッピバースデーの歌を歌い終えると、
「しずは! 吹き消して!」
ルーシーの言葉でしずははふうっと十六本のろうそくの火を吹き消していった。
するとパッと明かりが付き、俺たちは拍手で彼女を祝ってあげた。
「あ……ありがとう…………」
そして、誕生日ケーキには、チョコで作られた「ピアノコンクール優勝おめでとう」のプレートも飾られてあった。
そう。今日は誕生日だけではない。しずはのヨーロッパでのピアノコンクールの優勝を祝う会でもあったのだ。
「しずはちゃんおめでとー!」
「おめでとう!」
それぞれしずはへのお祝いの言葉や拍手が飛んだあと、大きなテーブルの前に着席。牧野さんたちがケーキを切り分けてくれたので、それを食べることになった。
「しずはっ、驚いた!?」
しずはの隣に座ったルーシーが、ニコニコの笑顔でそう聞いた。
「えっと……うん。普通に嬉しい。それに、こんなに大勢の人に祝われたのは初めてだから……」
多分俺たちはクラスメイトの仲が結構良い方だ。じゃないとこんなに人を呼べなかっただろう。
しずはの誕生日を祝うために来たわけではないと思うが、それでもこの場に居合わせたなら、ちゃんと祝った一人に数えられるだろう。
ケーキを食べはじめた俺たちだが、サプライズはまだ残っている。
俺を含む五人がこっそりと席を立つ。
そうして、リビングの空きスペースに設置した機材にかけた布をとっていく。
よく見れば楽器があることはバレバレなのだが、まあいいだろう。
ちなみに騒音対策だが、周囲には家がないので問題ないはずだ。そうルーシーから言われている。
チューニングを始めるとさすがにしずはも気づきだす。それに加え、他のクラスメイトたちもざわざわしはじめた。
演奏は俺たち軽音部でしか共有されていない。
そして、演奏しているところをクラスメイトたちには一度も見せたことはない。
だから今日はちょっとしたお披露目となるだろう。
俺たちの準備が終わると、ルーシーがスタンドマイクの前に立つ。
「みんなー! 楽しんでるー!?」
明るい声音でリビング全体に声を響かせた。
テーブル前に座っていた一同がルーシーに視線を向けた。
「えーと。光流もしずはも、しずはの誕生日を教えてくれないから、全然準備ができませんでした! ……私も聞かなかったのが悪いけど」
一応自分の反省もしているようだ。
この誕生日の話は、俺とルーシー自身に似ている。離れていてもお互いに誕生日を祝えたはずなのに何年も相手の誕生日も聞かずにいたから。
「でも! 少しだけ準備できたので、私たちのバンドの新曲を今日のしずはに送ろうと思います!」
「いいぞー!」
「ひゅー!」
すると、何人かから盛り上げるような声が飛んできた。
家永や千彩都辺りだろうか。
「だから、しずは……お誕生日とコンクールの優勝おめでとう」
ルーシーの言葉を待つようにリビングが静かになると、曲名を紡ぐ。
「聞いてください――『一瞬の刹那でも煌めけ』」
演奏が始まった。




