272話 水着選び
海に遊びに行くために水着を選ぶ――事前にラウちゃんから聞いていた内容だ。
この日、俺はコスプレに協力してもらった五人と共にとある商業施設に訪れていた。
「しずはー! なんで教えてくれなかったの! どれだけ私が待ってたか……!」
「だから何回もごめんって言ったじゃない。日本の音楽雑誌の記者とかもいて、インタビューされるは写真撮らせてくださいやら、大変だったんだから……!」
海外から帰国していたしずは。
そのしずはは大きなコンクールを終えて、やっと俺たちと一緒に遊べたりする時間が取れるようになっていた。
ただ、コンクールを終えてからも、取材を受けたりなど忙しかったそうで、スマホを触る時間もあまりなかったとか。
コンクール後に焼き肉を食べるくらいの体力は持っているはずだが、さすがに今回は海外だし、日本にいる頃とは違ったのだろう。
水着選びということだが、ただ海に行くわけではない。
またルーシーの家の別荘を借りて、泊まり込みで海に遊びに行くのだ。
今回は勉強抜き。遊びのことしか考えなくて良い。
今ここにいるメンバー以外も誘う予定だけど、そこでは一つのイベントを用意するつもりだ。
と言っても、その件に関してはルーシーから怒られたことでもあった。
それは、八月八日――しずはの誕生日をほんの少し前に教えたことだった。
『――なんでもっと早く教えてくれなかったの!?』
ルーシーは俺に詰め寄る勢いでプンスカ怒ったのだ。
真空の誕生日会を盛大に行ったくらいだ。しずはの誕生日会も盛大に行いたかったのだろう。
しかし時間はない。急いでどこかに電話をかけて、ケーキの注文をしたりと、あれから今日までルーシーは忙しくしていた。
そんなこともありながら、今日は水着選びに来ている。
俺は必要ないとは思うが、コスプレに参加したご褒美として何でも言うことを聞くという話になったので、着いてきている。
「ここ! 入ろー!」
先頭の真空が目的のお店を見つけると、目の前には数々の種類の水着が並んでいた。
「ほら、行くわよー」
「んー」
後方では焔村さんがラウちゃんを引っ張っていた。
既にこの場所へ来るまでの熱さにやられたのか歩くのがめちゃめちゃ遅い。施設内はクーラーがかかっているが彼女には関係ないようだ。
そうして入った店内。
女性しかいなくて居心地が悪いが、仕方なく彼女たちに同行する。
ルーシーたちはどんどん奥へと進んで行き、次々と水着を手に取り始めていた。
「光流〜! どんな色が良いかなー?」
するとルーシーが俺の好みを聞いてくる。
色と言われても難しい。ルーシーに似合う色はなんだろうか。
ルーシーは大人っぽい顔立ちに金髪だ。白も似合うし黒も大人っぽくて良さそうだ。他には水色……ピンク……は家のインテリアに使ってるから好きなんだよな……。
全然わからない。ということで俺の答えは――
「実際に着てみるところ見ないと、どれが良いのかわからないかも」
「わかった! 色んな着てみる!!」
すると次から次へとルーシーが水着を選び、更衣室へと入っていった。
同じように他の四人も横並びの更衣室に入っていき、俺は更衣室前の椅子に座るだけとなった。
「お客様、男性一人ですか?」
「うわあっ!?」
男一人で更衣室前に座っていたので、店員さんに不審者だと勘違いされたのかもしれないと驚いてしまった。
「俺は不審者じゃありません!」
「ふふ。大丈夫ですよ。他の女性方と一緒に入ってこられるのを見ていましたから」
「よ、良かった……」
「それにしてもおモテになられますね」
「い、いえ……」
確かに女性五人に男一人となればそう見えてもおかしくないだろう。
店員さんは微笑ましそうな表情を向けてきていた。
「何やら悩んでおられるようですが……迷ったらご自身の趣味で良いと思いますよ」
「え?」
「全員ではないと思いますけど、似合う似合わないの他に、好きな人が良いと思ったものを着たいという女性もいると思いますから」
「俺が良いと思ったものですか……」
先ほどまでは、似合うものをと考えていたけど、俺の趣味でも良いのだろうか。
そうだとしても、まずは着てもらわないとわからない。
「では、ごゆっくり……!」
「あ、ありがとうございます」
アドバイスしてくれた店員さんはその場から離れる。
そうして一着目を着替え終わったルーシーたちの水着ショーが始まった。
「光流っ! どうかな?」
ルーシーの一着目は、黒を基調とした胸にフリルがあるセパレートタイプのビキニ。ルーシーの白い肌と金髪と組み合わさるととても大人っぽい雰囲気に見えた。身長も高く、胸も大きい……言う事なしだ。
「良い……! 最高だよ!」
「えへへ……じゃあ次のも着てみるね!」
ルーシーの次は真空だった。
「あっはーん。私のはどう?」
カーテンを開けた瞬間、真空の巨乳がぶるんと揺れた。
正直、真正面から俺が見て良いものかと思うが、聞かれたならしょうがない。
真空の水着は、ホルターネックの水着でこちらのセパレートタイプ。白や緑の花があしらわれ、胸の中心やボトムスのサイドにリボンがついている。真空にしてはちょっと可愛い水着だがよく似合っている。
そして真空はこちらを誘惑するようなポーズを取っていた。右手は後頭部に左手は胸を支えるように……絶対に面白がってやっているとわかるほどに。
「水着はとっても似合ってるよ」
「水着はって何よー! 光流くん一言多いっ」
真空には少しくらいは恥じらいを持って欲しい。
次に出てきたのはしずはだ。
久々に会ってからは、ルーシーにとられてほとんど話ができていない。
コンクール優勝のおめでとうもさらりとして伝えていないため、いきなり水着の評価をするのはどうかとは思うが……。
「どう? 光流の好きそうなのイメージしてみたんだけど」
「俺の好きそうなのってなに!?」
「そりゃあ……」
しずはの水着は胸部分がクロスしているアンダーブーブビキニというタイプのもの。端的に言えば下乳が見えている水着だ。
「さ、さずがにそれは良くないんじゃないかな? 他の人にも見られるし……」
「なーにぃ? 心配してくれるの〜? ふふ、うそうそ。ちゃんとしたの選ぶからっ」
もう、しずはは何をしたいのか……。
下乳はさすがにエロ過ぎるだろ!
そう思ってくると出てきたのは焔村さん。
「ひ、光流……どうかな?」
恥ずかしそうにもじもじしながら水着を見せてきた焔村さんの水着は、真空と同じホルターネックでセパレートタイプではあるが、トップスは白で胸の部分が全面覆われていて、その上はシースルーになっている。ボトムスは黒でハイウエストになっていた。
「えっと……めちゃめちゃお洒落……すっごい似合ってる……! 焔村さん良いよ!」
「あっ……ありがとう……! じゃあっ」
俺に水着を見せるとすぐにカーテンを閉めた
正直、今までの四人の中では一番水着にセンスを感じた。さすがは女優ということだろうか。
そうして最後はラウちゃん。
「九藤……どうだ?」
「なんでそんな水着があるんだよ! 却下だ!」
カーテンを開けた瞬間、こいつはだめだと思った。
ラウちゃんが見せてくれたのはなぜか貝殻の水着だったのだ。
ここは一般的な水着専門店じゃないのか。なぜそんなタイプの水着が売ってるのか。
コスプレ衣装と比べたらたしかにエロさはないけど、それでも貝殻はマズいだろう……。
「やっぱり、マイクロビキニだったか……」
「本当に海で着れるやつにして!?」
「ん……」
この子は本当に……。ラウちゃんらしいと言えばそうなんだけど。
その後も繰り返し皆の水着を見ていったのだが、これがとっても時間がかかる。
なので、一旦トイレ休憩しようと声をかけた。
「ちょっとトイレ行ってくるねー!」
カーテン越しにそう声をかけると、それぞれから「はーい」と返事があった。
俺はその足で一旦お店を出ようとした。
「――んお!?」
すると突然手をぐっと引かれてしまい、一瞬のうちに更衣室の中に吸い込まれてしまったのだ。
「ちょっ……な、何を……」
「ねえ、私に言う事、あるんじゃない?」
「そ、そういうことじゃなくて、ここはマズいだろ……!」
俺の手を引いたのは水着を着たままのしずはだった。
更衣室という狭い空間に二人きり。しかも、足元にはしずはの脱いだ服や下着があって――、
「だってルーシーに捕まってなかなか光流と話せなかったんだもん」
「それはそうかもしれないけど…………」
「いいからっ……光流からのちゃんとした言葉がほしいの」
小声で話しながらしずはがグイッと距離を詰める。俺は鏡を背に壁ドンならぬ鏡ドンをされていた。
徐々に大人っぽく、母親である花理さんに似た美人顔になりつつあるしずはの顔が間近で見えた。
「わ、わかったから一旦離れて……」
「だめ。このまま言って」
しずはは引かない。
だから俺は観念して、このままの状態でその言葉を発した。
「しずは……コンクール優勝おめでとう」
するとしずはは満足そうにこちらに笑顔を向けた。
しかし、それだけでは終わらなかったのだ。
「もっと言って」
「これ以上!? な、なんだろう…………」
誕生日はまだ来てないし、褒めるとすればピアノのことだよなぁ。
だとしたら――
「――本当に頑張ったね。しずはの努力、全部ではないけど知ってるつもり。だから俺はしずはをずっと尊敬してる。小学生の時から変わらず、しずはは俺の尊敬するピアニストだ」
俺がそう言うとしずはの目の色が変わる。
「光流ありがとお〜〜っ」
「ぎゅううううううっ!?」
次の瞬間には、鏡ドンしていた手を下ろして、そのまま俺をぎゅっと抱きしめた。
しずはの胸が当たる。良い匂いがする。でも、力が強くて俺は彼女の強烈な抱擁が終わるまで抵抗できなかった。
「光流成分補給〜。これで次のコンクールも頑張れる」
「もう次の話か。どこまでも上に行くね」
「うん。そうだよ。私はどこまでも、誰よりも高いところに行くんだから…………だから………」
「うん?」
「私を手放したら、後悔するんだからっ」
言うと、しずははぐっと方向転換し、カーテンの外へと俺を追いやった。
やっとのことで解放され、トイレに向かうことができた。
水着選びが終わると、その後は皆でご飯を食べたり、お茶をしたり。
普通の学生として色々楽しんだ。
後半は女子の好きなものやお買い物巡りという感じだったのだが、俺はそれに付き合わされ、買うものを毎回のように「どれがいい?」と聞かれ疲れることになった。
夕方になるとそれぞれが帰路につくことに、
「――じゃあ、次は会うのは海に行く日だね!」
別れる前にルーシーは笑顔でそう言って皆を見送った。
こうして、ルーシーの別荘でのお泊り会兼しずはの誕生会へと続くのだった。
久々の更新でした。
その間にも本作品を読んでくれている人が増えているようで嬉しいです。
グッとくるような書きたい話がたくさんあるので、そこまでいけるよう少しずつ更新していきます。今後とも応援よろしくお願いします。




