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包帯令嬢の恩返し〜顔面難病の少女を助けたら数年後美少女になって俺に会いに来た件〜【180万PV達成】  作者: 藤白ぺるか
第5章 高校生編

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271話 俳優と歌手と星(あかり)

「でっけ〜」


 ルーシーとの旅を終えて東京に戻った俺は、この日差しがガンガンに照っている暑い日にとある高級住宅街の家の前に来ていた。


 ルーシーの家ほどの大きさではないが、塀で周囲が囲まれ、門もある。

 そして二階がない平屋で、和風の建築様式だと伺えた。


 ――ピンポーン。


「どちら様でしょうか?」

「九藤光流と言います。佐久間有悟くんに呼ばれて来ました」


 インターホンを鳴らすと女性の声が聞こえた。

 俺は要件を伝えると、「そちらでお待ち下さい」と言われたので、しばらく待った。


「九藤くん!」

「佐久間くん、こんにちは」


 木製の門が開くとそこから佐久間くんが明るい笑顔を見せて出迎えてくれた。

 ラフな服装ではあるが、顔が良すぎるためそれだけでかっこよく見えてしまう。


「じゃあ、入って!」

「お邪魔します」


 教室にいる時とは打って変わって、今日はハイテンションだ。

 高校には友達がいないという話だったから、嬉しいのかも知れない。


 門の中に入ると、和風庭園のような空間が広がっていた。ルーシーの家は西洋風だが、佐久間くんの家は全くの逆。複数の盆栽に敷き詰められた砂利……『ちょろちょろ……コン』と水と竹の音を鳴らす、ししおどしまで存在していた。


 家の中に通されると、佐久間くんの部屋ではなくリビングのような場所に通される。

 ソファに座ると、お菓子と飲み物を持ってくると言って、佐久間くんはどこかへ向かった。


 一人になったので、部屋を見渡してみると、ガラス張りの棚にいくつもの賞状やトロフィーのようなもの、さらに見覚えのあるマスクが置いてあった。


「……仮面ライザー?」


 仮面ライザーと言えば、俺が生まれる前から何作ものシリーズがある特撮作品の一つ。その仮面ライザーのマスクが飾ってあったのだ。

 少し古めのマスクだが、どこか味がある……そんな印象だった。


「おーい、有悟。いるのかー?」


 すると、男性の声で誰かがこちらに近づいてくるのがわかった。

 そのままリビングに入ってきた男性は、俺に気づくとゆっくりとこちらに歩いてくる。


「あ、こんにちは……。僕は佐久間有悟くんのクラスメイトの九藤光流と言います」

「おお、有悟の友達か! あの子がこの家に友達を連れてきたのは初めてじゃないか? ガッハッハ! ゆっくりしていってくれ!」


 五十代ほどに見えるその男性の笑い方はとても豪快で、笑顔も眩しかった。それに歯がめちゃめちゃ白い。


 佐久間くんの父親かな、とも思ったが、なんというか顔が濃くてあまり似ていない。ただ、どこかで見たことがあるような気がする。どこだったろうか……。


 俺は目の前の人物と、ガラス張りの棚のマスクを交互に見た。


 ふむ……ふむ……?


「え」

「どうかしたか」

「さっ、佐久間さくまじょう〜〜〜〜っ!?」


 顎が外れるかと思った。それほど叫んでしまった。


 佐久間譲と言えば、初代仮面ライザー役として活躍してきた大俳優だ。

 彼が主役をやったからこそ、初代が大ヒットしたとも言われている。そこから今までシリーズが長く続いているんだから、功績は大きすぎるのだ。


 年代は違うが、俺ですら知っている顔と名前だ。

 当たり前のように目の前にいたので、一瞬気づかなかった。


 しかし、目の前のマスクと、その濃い顔。恐らく七十代だと思うが、かなり若く見える容姿からも佐久間譲本人としか言いようがなかった。勘違いしていたが、佐久間くんの父親ではなく祖父ということになる。


「ガッハッハ! 私のことを知っているのか。君のような若者にも知れ渡っているとはな!」


 そう言いながら俺の背中をバンバンと叩く。少し力が強い……。

 相変わらずだ。佐久間譲はバラエティに出る時はいつもこの豪快な笑い方をしている。俺だってテレビで見たことがあるくらいだ。なぜなら今だってたまにテレビに出ているのだから。


「あ、おじいちゃん。いたんだ」

「いたんだとは何事だ。お前を探してたんだ」

「何?」

「スマホの使い方がわからなくてな。少し前に保存したはずの写真がどっかいってしまったんだよ」

「うわ……まためんどくさいことを……」


 こう見ると普通のおじいちゃんだ。

 確かにガラケー世代……いや、それよりももっと前か……。


「あ、九藤くんごめんね。おじいちゃんです」

「う、うん……さっき挨拶したよ。まさか佐久間譲だったなんて……」

「九藤くん名前知ってたんだ! 古い人だから知らないかと思ってたよ」

「さすがに知ってるよ。とんでもない有名人だもん」

「ふふ、そっか。まぁ、でも家じゃ普通のおじいちゃんだから、あんまり気を使わなくても大丈夫だよ。もちろん俳優としては尊敬してるけどね」


 思いの外おじいちゃんの扱いが雑で少し笑えてくる。

 ITに疎い祖父にしょうがなく教えている子供。恐らくこのやりとりは何回もしているのだろう。


「とりあえずお菓子とか持ってきたから、座りなよ」


 そう言って、伝説の俳優佐久間譲の面倒を見つつ、佐久間くんは俺をソファに座らせた。


「――はは、それで勘違いしてたんだね」

「佐久間くんは芸名でやってたっていうからさ、祖父も芸名だって思うじゃん?」


 本人からそう聞いていたため、祖父も同じく芸名だと思っていたのだ。

 しかし、佐久間譲は本名で俳優をしていたのも有名な話だ。だから見当もつかなかったのだ。


「でも家に招待した時にはどっちにしろ紹介する予定だったからその手間が省けたよ」

「そうなの? 俺なんかを……ありがとう」

「そういう謙虚な姿勢だから、九藤くんは家に招待しても大丈夫だって思ったんだ」


 謙虚とかではなく、普通に俳優を紹介してもらうとか、どうしたらいいかわからないじゃないか。俺も多少なりミーハーではあるが、おじいちゃん紹介して欲しい! なんて迷惑なこと言えるわけもない。


「…………ねえ、おじいちゃん。いつまでいるの? 部屋に戻っててよ」


 すると、佐久間くんがずっと気になっていたのか、眉を寄せて苦言を呈する。その相手とは大俳優の佐久間譲である。彼は一人用の高級チェアに座っており、すぐ横で俺たちの会話をずっと聞いていた。

 この人にこんなことを言えるのは家族くらいだろう。


「ガッハッハ! 有悟が友達と楽しそうに話してるのが嬉しくてな! まあ、俺はいないものと思ってくれ!」

「いや……すごい気になるんだけど…………まあいいや。あと、僕たちのお菓子勝手に食べるのもやめてよね。おばあちゃんに怒られるよ? 血糖値気にしろっていっつも言われてるんだから」


 佐久間譲はテーブルの前に置かれたお菓子の中から大きな煎餅を手に取り、バリバリと大きな音を立てて食べていた。


「あやめには内緒だぞ。俺が殴られちゃうからな」


 コソコソと佐久間譲が言う。それに対し「僕チクるから」と佐久間くんは茶化した。


 あれ、佐久間譲ってことは、奥さんってまさか……かすみあやめ!?

 霞あやめと言えば、演歌歌手として超有名な人物。高齢だが、毎年のように年末の歌番組に出演しているとんでもない存在だ。

 あやめと呼んでいるということは、名前は芸名ではないらしい。今は佐久間あやめなのだろうか。


「佐久間くんって、すごい人たちの血筋を引いてたんだね」

「まぁ、でも僕は全然普通だよ。特に目立って活躍してたわけじゃないからさ」

「そうなの?」


 中学生になってからは子役の仕事をやめたとは聞いたが、それ以前はどんな活躍をしていたかは知らない。


「多分ネット検索で出てくるとは思うけど、『森坂晶もりさかしょう』って名前でやってたんだ。これ、中学生以降他人に話したのは、九藤くんがはじめてだよ」


 そんな重要な過去を教えてもらえるだなんて、まだ仲良くなりはじめたばかりなのに、佐久間くんは俺をそれだけ信頼しているのだろうか。


 せっかくなので、スマホで検索してみると、簡単にヒットした。

 そして出演作品に目を通すと、恐らく小学校低学年の時にかなりの作品数に出演していたのがわかった。それに――、


「いや、これ有名な子供番組じゃん! しかもドラマもあるし! これって、活躍してたってことじゃ!?」

「うーん。どうだろう。正直あの頃って、母さんに流されるまま演じてたからさ、自分で演技してたって自覚あんまりないんだ。だから活躍してたって言われると実感なくて」

「あぁ……確かに、小さい時の記憶って忘れちゃうものだよね……」


 俺だって、富良野でルーシーと会っていたことを忘れていたんだから、その気持ちはよくわかる。


「――九藤くんのさ……原動力って、何?」


 ふと、そんなことを聞かれた。

 今までとは少し毛色が違う内容だ。


「俺は……もしかして見てたらわかるかもしれないけど……ルーシーかな」

「宝条さん……ね。いつも一緒にいて、同じ部活でっていうだけの関係じゃないってことかな?」

「まぁ、そういうことになるね」


 多分、今……佐久間くんは殻を破りたくて俺に話を聞いている。

 体育祭の時にも少し感じていたこと。それはいずれ俳優業に戻りたいのではないかということだ。陸上選手を目指すことはやめたという話があったが、俳優業については同じような言及はなかった。


 それなら、俺ができることは、彼の背中を押してあげること。


「十歳の頃なんだ。ルーシーと出会って、色々なことが変わったのは――」


 俺は佐久間くんに、ルーシーとの出会いから今までのことを大まかに話した。

 佐久間くんは静かに俺の話に耳を傾けてくれた。


「そっか。そんなことが……。九藤くんの原動力って、本当に宝条さんなんだね」

「うん……ルーシーがいなかったら、今の俺は絶対にないって言い切れる。だから、なんというか……もし佐久間くんも頑張るきっかけが欲しいのなら、その人のためなら頑張れるっていう相手を見つけられれば良いのかも……」


 ただ、個人的には見つけるものではないと思っている。

 だって、ルーシーとの出会いは偶然だったし、見つけようとして見つけたものではないからだ。でも、あの時俺が見つけたから今がある。


「そうか……」

「別に異性じゃなくてもさ、尊敬する人とかでも良いと思うな」


 俺は難しい顔をする佐久間くんに一つ付け加えた。


「じゃあ……九藤くん、かな?」

「え?」

「はは。勘違いしないでくれると嬉しいんだけど、僕の性的趣向は普通だよ」

「わ、わかってるよ」


 びっくりした。俺のことが好きとか言い出すのかと思って焦った。

 佐久間くんって顔が中性的だから、どことなくやまときゅん側にも思えるんだよな。


「体育祭の時も少し言ったけどさ、九藤くんって、人に何か影響を与える人なんだと思う」


 それは、色々な人に言われてきたけど、考えてそうしているわけではない。結果的にそうなっているだけで……。


「もし僕が何かで頑張って有名になったとしたら、九藤くんは凄いって思ってくれるかな?」


 いや、もう十分に凄いって思ってるんですけど。本人はそうは思っていないみたいだけど。でも、彼の背中を押せるなら、ここで言うのはそんなことではない。


「うん……でもね。俺の周りって、凄い人が多いんだよ? 詳細はあんまり言えないんだけどさ。だから、ちょっとやそっとじゃ、俺は驚かないよ?」

「ふふふ。そうでなくちゃ……少し結果が出たくらいで、驚いてもらっちゃ面白くないもんね!」

「そうだよ……俺が近づけないくらい……手が届かないくらいにならないと、驚かないかな」

「言ったね……」

「ああ、言ったよ」


 佐久間くんの目の色が変わった気がした。

 そう、俺は驚かない。少し前だって、しずはが国際コンクールで優勝を果たした。正直、現実感がないがそれは彼女が必死に頑張った結果だ。


「――なら、九藤くんも上を目指してよ」

「え?」


 そう言われると思っていなかった。ただ、目の前のことだけに集中して過ごしてきた俺は、将来のことなんて全然想像できていない。夢だって定まっていないし、このまま音楽をやり続けるかどうかだってわからない。


「何でも良い。今やってるギターでも、そうじゃなくても良い。僕を同じく驚かせてほしいんだ」

「…………どうしよう。色々言ったけど、俺は将来なんてまだ……」

「今じゃなくても良い……将来的にね。でも、九藤くんならできるって信じてるから」

「なんでそこまで……」

「――そう考えた方が面白いでしょ?」


 佐久間くんが子供のような無邪気な笑いが、俺の胸に突き刺さった。

 だから、突き刺さった何かが俺の心をどこか燃やした。


「はは……そうだね。面白いね」


 俺と佐久間くんは互いに笑い合った。


「──おじいちゃん、俺……やるから」


 すると、バリバリと煎餅を食べていた祖父に話しかけた佐久間くん。


「なんだ?」

「俳優だよ。――この、九藤くんを驚かせるためにね……手の届かないくらい有名になってみせるんだ」

「なに!? 本当か!! でも、わかっているだろうな……?」

「もちろんだよ…………おじいちゃんの名前は使わない、でしょ」

「そうだ」


 佐久間くんがなぜ芸名だったのかわかった気がする。

 親の名前を使って有名になっても、真の実力だとは言わない。だから、そういったものを使わずに有名になれということなのだろう。


「僕だって、そのつもりだよ。おじいちゃんのお陰で……なんて言われたくないからね」

「そうか、なら俺が死ぬまでには、その夢を叶えてくれ。まぁ、俺はあと三十年は死なないがな! ガッハッハ!」


 血糖値を気にしないといけないらしいけど、本当に大丈夫だろうか。

 三十年って、百歳超えじゃないか……。


「じゃあ、一区切りってことで、トイレ借りてもいいかな?」

「ああ、ごめん。気が回らなくて。ここを出て右側、突き当たってさらに右にあるから」

「わかった」


 佐久間くんが、俳優復帰を決めた会話が終わり、俺は一息つくためにトイレへと向かった。


 ……佐久間譲がずっと横にいたら緊張するよっ!


 佐久間くんと二人きりなら全然余裕なのに、さすがにそこにいるだけでオーラがすごかった。



 俺は教えてもらったトイレで用を足し、そして外に出た。


「〜〜〜〜〜〜♪」


「ん?」


 すると、どこからか歌声のようなものが聞こえてきたのだ。

 俺は気になり、その声がする方向へと歩いて行った。


「ラ、ラ〜〜〜♪」

「だめね。こうよ。ラ、ラ〜〜〜〜♪ あなたは確かに力強い声をしているわ。でもね、発声の瞬間に揺らぎがあるのよ。多分癖ね……まあ、その癖もファンにとっては良いものかもしれないけど、結局コントロールできなければ意味ないわ」

「わかりました」

「とりあえず、一旦休憩しましょうか。適当に休んできなさい」

「はい! ご指導ありがとうございます!」


 扉越しだが、そのような会話が聞こえてきた。

 もしかして、歌……ということは、霞あやめさんだろうか。それにしても相手は若者っぽい声だけど、若手の演歌歌手なのだろうか。


 ――ガチャ。


「――あ」


 気付いた時には遅かった。ドアノブが回され、中から人が出てきてしまったのだ。

 俺はその人物と鉢合わせしてしまう。


「……あなた、誰?」


 その人物――彼女は、背中まで流れる明るい茶髪に耳には主張の強い大きなイヤリング。強い性格を表すような双眸はキリッとしていて、内から溢れる自信が彼女のオーラをこれでもかと輝かせていた。そして、とてつもない美人だった。


「うわぁ!?」


 押されたわけではない。

 ただ、彼女の圧倒的なオーラに気圧され、勝手に俺が倒れてしまっただけだ。


 それだけ眩しくて、強かったのだ。

 あの、佐久間譲よりも……。


 ――彼女は、本物だ。


「何してるのよ……しょうがないわね」

「あ……すみません」


 手を差し出されてしまった。

 左手だったので、俺は左手を伸ばし、起き上がらせてもらう。


「……あなた、音楽やるのね」

「えっ、よくわかりましたね」

「指先が硬いもの……ギターね?」

「当たってます……」


 確かに俺の指は硬いが、それだけでギターをしているとよくわかったものだ。

 さすがは音楽関係者――誰なのかはよくわからないが……でも、見たこともある気がする……しかも、最近だ。


「へぇ……」


 すると彼女は俺の姿をじろじろと観察しだした。

 気まずい。



「――あなた、私のマネージャーになりなさいよ」



 先ほどの眩しいオーラとは打って変わって、ニッと親近感のある笑顔になった彼女は、唐突にそう言った。


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 だから俺は固まってしまったのだ。


「あはははっ……冗談よっ! 初対面でそんなことお願いできるわけないじゃないっ!」


 どこが面白かったのかわからないが、勝手にお腹を抱えて笑った。ゲラなのだろうか。

 でも、冗談でも驚くようなこと言わないでほしい。


「よ、良かった……」

「ちょっと何よ。私のマネージャーは嫌だっていうわけ? 私のマネージャーになりたいって人、たくさんいるはずなんだけど」


 表情がコロコロと変わる人だ。

 笑ったかと思えば、頬を膨らまして可愛い顔をする。


「俺、高校がありますし……普通に無理ですけど」

「あぁ、そうね。でも、高校がなかったら、マネージャーになりたい?」

「いえ、それはないです」

「なんでよ!」


 否定すると少し怒ったのか、彼女はぐんっと俺に顔を近づけ、睨みつける。


「ちょっと……近いですって……」

「ま、良いわ。今に見てなさい。あの、エルアールよりも有名になって見せるんだから……半年よ、半年」

「え……なんでエルアール?」


 聞き逃がせないキーワードが出てきてしまった。

 だから俺はその理由を聞きたかったのだ。


「なんでって……私と同じタイミングで曲をリリースして、それで私の存在感を消し去ったからじゃない! 次曲出した時には私も一緒に出してやって、絶対に再生数を上回ってやるわ!」

「いや……エルアールはしばらく活動しないと思うけど……」

「……………………なんですって?」

「ぁ…………」


 ルーシーはしばらくバンド活動をするんだから、もし将来的にエルアールをやったとしても少し先になる。

 こうやってライバル視している子には申し訳ないが、しばらく曲は出ない。だから競い合えないよ、と伝えたくて言ったのだが、言ってはいけないことを俺は……。


「ちょっとあなた! なんでエルアールのこと知ってるのよ! あなた誰なのよ! 最近しばらく曲出してないのはなぜ!? もしかして、今どこにいるのかを知っているの!」


 肩をぐらんぐらん揺らされ、富良野でルーシーに揺らされたことを思い出した。


「し、知らないよ! しばらく曲出してないなら、活動してないも同然じゃん!」

「へえ……さっきまでは敬語だったのに、エルアールのこととなるとタメ語ねぇ……」


  ボロが出始めている。これ以上はマズい……。


「お、俺戻りますので!」

「ちょっと待ちなさい!」


 この場から離れようとしたのだが、腕を掴まれ、歩くことができなかった。


「あなた。唾を付けておくわ」

「え――っ」


 そう言って、自らの唇に人差し指と中指の二本の指を当て、それを俺の頬へと当てた。


「な、なにをっ!?」


 突然のことに、自分の顔が紅潮するのがわかる。


「それと、これ持っておきなさい。……いつか連絡するのよ」


 彼女は懐から出した一枚の紙――その裏にペンで何かを書き出し、それを俺に渡してきた。


「名刺……?」

「プライベートな連絡先は裏よ……必ず連絡しなさい。私はとてもとても忙しいから、恐らくもうあなたには会えないわ」

「えっと……でも、それは――」

「わかるわ……あなた、何か運命を感じるもの。そもそもこの家の敷居を跨いでいるだけでも普通じゃない。一見ただの一般人に見えるけれど、何かを持ってる気がするから……だから、いつか必ず連絡しなさい」


 有無を言わせない、強く真剣な瞳だった。


「そして――できるなら、エルアールを復帰させなさい」


 まるで、俺がエルアールと知り合いだと決めつけているような言い方で……。

 さっきの話では、それを決定付けるような話は出ていないはずなのに。


「正々堂々と……私がエルアールをぶっ倒してやるわ。全てを持ってね」


 強い。あまりにも強すぎる執念。

 そして圧倒的な自信……それが言葉と表情から伝わってくる。


 だから俺は、適当な返事ができなかった。


「……………………その時が本当に来たのなら…………いつか、彼女の背中を押すよ」


 そう俺が呟くと、彼女は再びニッと笑って、リビングの方へと歩いて行った。



 少し遅れて続くと、佐久間くんはずっと待っていたようで、俺はごめん、と謝罪した。

 俺がいない間に、色々と佐久間譲と談笑していたようで、少し安心した。


「さっきあかりさんが通ったけど、もしかして何か話してた?」

「あかり、さん……?」


 少し前まで話していた彼女の名前らしい。


「なんか恐ろしいくらいに燃え盛った目をしてたからさ」

「あ、あ〜〜〜。ちょっと、少しだけ会話してね……」

「九藤くん……やっぱり凄いね。あの人、自分に益がないとわかったら、絶対に喋らない人なんだよ。それだけストイックというか、時間を大切にしているというか……どこか雰囲気が九藤くんに似ている気もするけど」

「お、俺? その、星さんのことはよくわからないけど、オーラが凄すぎて、びっくりしちゃったよ」


 俺は先程何があったのかを簡単に説明した。もちろんエルアールのことは話していない。


「え……九藤くん、まだわかってないの?」

「何のこと?」

「だから星さんだよ。九藤くんも知ってると思うけど――新進気鋭のソロシンガー、四乃坂星しのさかあかりだよ」




「……………………ええと…………」



 今日は驚くことが多すぎて、ちょっと頭が回っていない。



 四乃坂星、四乃坂星、四乃坂星…………。



「あ、いや……まさか……だって、四乃坂星といえば、仮面を被った超新人アーティストで、爆発的に日本で曲が広がって、瞬く間に一斉を風靡した人じゃん……!」

「そうそう……って、仮面外したこと知らなかったんだね。まぁ、最近のことだもんね。知らないか」

「いや……全然知らなかった。でも、顔には見覚えがあったような気がして……まじか……ちょっと手が震えてる……」


 少しずつ理解してきた。


 四乃坂星は、エルアールと同時期に歌をリリースし、直後に一気にバズって有名になった仮面アーティスト。ただ、エルアールの勢いのほうが凄くて、その凄さが影を潜めた。


 エルアールはライブもしていなければ、音楽番組にも出ていない。一方の四乃坂星はどちらもやっている。


 人は、目に見えるものの方が印象に残る。

 エルアールは空想上の存在として、一方の四乃坂星は現実の存在として。


 テレビの効果とは凄いもので。エルアールに隠れていたとは言え、四乃坂星は次々に歌をリリースし続け、今スターダムを駆け上がっている。


「彼女は今、高校二年生なんだけどね。ほとんど学校に行けないくらい忙しいらしい。でも、自分を高めるためにどんなこともしたいのか、演歌歌手してるおばあちゃんの所まで頭下げて指導をお願いしに来たんだ」

「いや、でも、演歌とJポップじゃ……」

「彼女が言うには、色々な音楽を吸収して、その中から自分のオリジナルを作っていきたいらしい。それを知らないで歌を続けることと、知って歌を続けること。その違いが将来的に成長の幅を広げる一助になるって。それが彼女の持論」


 凄い……ぐうの音も出ないほどストイック。

 ここまで歌に人生を捧げて、しかも先程喋った限りでは疲れなど全然見えない。


 好奇心が実体を持って動いているような人に感じた。それほどの熱さを彼女から感じたのだ。


「…………俺よりも彼女を目標にしたほうがやる気でない?」

「はは……僕はあそこまで鬼になれないよ。あれができるのはプロでもほんの一握り。彼女は小さい時からあんな感じだったみたいだよ」

「凄い……」


 そんなの目標にしてどうなるというものじゃない。

 鬼と化した相手に張り合えるわけがないのだ。


「これ、もらっちゃったんだけど……」

「え……名刺?」

「うん」

「九藤くんは本当に凄いよ……ちょっと僕も少し見くびっていたのかもしれない。どれだけ君は凄い人を動かすんだろうね……やっぱり僕が張り合いたいのは九藤くんだよ」

「恐れ多い……」



 と、そんな時だ。

 その四乃坂星が休憩から戻ってきたのか、リビングの前を通過する時、俺と目が合った。


「そう言えば聞いてなかったわね。あなたの名前は?」

「九藤、光流です」

「ふうん。なら――光流ね! 覚えたわ! 私のことはあかりで良いわ! ちょっと名前の意味も似ているしね。ふふ、これも運命かもしれないわね」


 そう言って、星さんは先程の部屋へと戻っていった。


「九藤くん……僕も光流って呼んでもいいかな?」

「そこ? 全然問題ないよ。――なら俺も有悟って呼ぶね」

「うん。それでいこう! 今日は良い日だ……光流を家に連れてきて本当に良かった!」

「有悟がそう思ってくれたのなら、俺も来た甲斐があったよ」



 そうして、俺は有悟の家をあとにした。


 少し現実感のない時間だった。有名人が多すぎて、心が持たない。

 佐久間譲だけでもいっぱいいっぱいだったのに、四乃坂星までいるだなんて……。


 しかも名刺とプライベートの連絡先を渡されてしまった。

 今、彼女に連絡する用事なんてないけど、もし、ルーシーがいつかエルアールをまたやりたいというのなら、その時俺は――、



「ちゃんと、背中を押そう……」



 そう、心に決めた。


 



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