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包帯令嬢の恩返し〜顔面難病の少女を助けたら数年後美少女になって俺に会いに来た件〜【180万PV達成】  作者: 藤白ぺるか
第5章 高校生編

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268話 記憶の旅 その1

 緑が多いせいか、夏だというのに空気が冷たく澄んでいるように感じる。

 静かで落ち着いていて、東京ではなかなか感じられない感覚。


 初めて降り立った北海道の地。


 いや、正確には初めてではないのだろう。

 それでも、今の私にとっては初めてのように感じている。


 少し前に見た記憶。

 その中の私は小さい体ながらこの地に立って、そして光流と会っていた。


 奇跡的な繋がりから、あの公園で再会し、救われて。

 一度は離れ離れになってしまったけど、数年の時を経て、再びやってきた。


 私は、この旅でどんなことを感じるのだろう。

 何かを思い出すことができるのだろうか。


 思い出すことへの恐怖が全くないと言ったら嘘にはなる。

 けど、光流が一緒なら、大丈夫な気がする。


 だって彼は、私の世界を変えてくれた、世界で一番大切な人なんだから——。



 ◇ ◇ ◇



 二ヶ月ぶりにやってきた北海道は東京とは全く違っていて、同じ日本とは思えないほど涼しさを感じた。というか寒いまである。


 聞く話によれば、湿度も全く違うそうで、汗がベタベタしないし、空気もカラッとしている。

 もう八月に入るというのに、三十度は超えていないし、夜はもっと寒いらしい。富良野はそんな町だそうだ。


 今回は千歳空港から車で移動し、富良野までやってきた。

 

 もちろん二人だけの旅……とはいかなかった。

 車の運転手も宝条家の人だし、ボディガードも何人かついていた。


 過保護かもしれないが、ルーシーはそれだけ、大事にされている。

 俺だってルーシーの親であれば、このくらいの側近はつけるだろう。


 しかし、富良野に到着してからは、彼らはできるだけ距離を取ってくれて、二人きりにしてくれている。

 危険がない限りは極力近づかないようにしてくれているようだった。


 そうして到着した母方の祖父母の家。


「ここが光流の……」


 ルーシーには物置小屋のようにしか見えないかもしれないが、れっきとした木造の一軒家だ。


 俺はインターホンを押して、呼びかける。

 するとガラガラと扉が開き、一人の女性が出迎えてくれた。


「いらっしゃい光流……それに、とんでもない別嬪さんだこと」

「ばあちゃん少し前ぶりだね。前に話していたルーシーだよ」


 川瀬トメ——俺の祖母だ。

 二ヶ月前と変わらず元気に挨拶してくれると、俺の隣にいたルーシーを見て目を見張った。

 さすがに十年ほど前のことなので、ルーシーのことは覚えていないようだが、以前写真を発見した時には、このことを少しだけ話していた。


「はじめまして。宝条・ルーシー・凛奈と申します」

「丁寧にありがとう。さ、中に入りなさい」

「お邪魔します」


 中に入れてもらうと、リビングでは祖父の川瀬鹿寿夫かわせかずおが椅子に座ってまったりしていた。


「おう、光流かぁ? それにその子は彼女か?」

「おじいちゃん変わらずだね。ルーシーは彼女じゃないよ」

「そうかい、ゆっくりしていきな」

「お世話になります」


 祖父は結構自由な性格だ。

 お客さんが来ても態度は変わらないし、いつも通り。

 それが良いことなのかどうかは置いておいて、いつも自然体だ。


 今日、ルーシーはこの家に一泊していく予定になっている。

 現在の時間はお昼時。まずはラベンダー畑に行って昼食を取ったあとに回って、家に戻って祖父母たちと夕食をする予定だ。


 俺たちは以前姉と一緒に寝泊まりした部屋に荷物を置きに上がった。


「へえ……こんな部屋なんだ……」


 ルーシーがどう思ったかはわからない。

 彼女からしたら犬小屋のようだろう。けど、俺の部屋にも来たことはあるんだから、今はそんなことは思わないとは思う。


 木と畳と古紙が入り混じったような古臭い匂い。

 古い家だからこそ、都会の喧騒から切り離され、どこか安心できる場所だ。


「あっ…………」


 ふと、ルーシーが目にした机の上。

 その場所には一つの写真立てが置かれてあった。


 中に嵌め込まれている写真は、前回、姉とアルバムを探していた時に見つけた俺たちが小さい頃の写真。


 ルーシーと俺が初めて会った時の写真だ。


「本当に、私と光流なんだ……」

 

 写真を見つめながら、ルーシーは思い出を頭に巡らせる。

 その写真には、俺、姉、祖母、ルーシー、ルーシーの祖母が写っていた。


「私たち小さいね。五年前よりもっと小さい」

「この時のルーシーすっごい可愛い……お兄さんたちに溺愛されるわけだ」

「ふふ、ありがと。……でも、この時の光流は私のことどう思っててくれたんだろうな〜」


 多分、可愛いという概念はその時なかった。

 でも、髪は綺麗だと思っていたような気がする。

 写真の中のルーシーの髪は眩しいほどにキラキラしていていたから。


 それからルーシーは、写真をスマホで撮影し、保存した。

 いつでも見返せるようにと、記録に残したのだ。


「じゃあ、行こっか」

「うん」


 荷物も置いたので、俺たちはラベンダー畑に向かうことにした。



 ◇ ◇ ◇



 どこの地にも宝条家の車はあるのか、車は最初からレンタカーではなかった。

 黒塗りの高級車で、車内も静かだ。後方にもう一台の宝条家の車も見える。


「——もうそろそろ着きますよ」


 そう運転席で話しかけたのは、サングラス姿がよく似合う須崎さんだった。

 助手席にはもう一人のボディガードの宮本さんも座っている。

 後部座席に俺とルーシーといった配置だ。


「ありがとう。……須崎って、ここには来たことはあるの?」

「いいえ、お嬢様が小さい頃は同行しませんでした。行ったのは氷室さんだったと思いますよ」

「……そうだったの」


 俺の記憶にも氷室さんの姿はなかった。

 ルーシーと一緒にいたのは祖母だけだった。もしかすると、遠い場所で見守っていてくれていたのかもしれない。


 駐車場に到着し、ルーシーと一緒にゆっくりと歩き進めた。

 そうして見えたのは——、


「わ、わ〜〜〜〜〜っ!!」


 ルーシーが大声を出して目を輝かせる。


 目の前に広がっていたのは、満開で色鮮やかなラベンダー。

 そして赤や白や黄色——以前来た時にも見たラベンダー以外の花たちだった。

 前回来た時よりも強く咲き誇っていて、ちょうど最盛期に近い見栄えとなっていた。


 ルーシー同様に俺も目を見張った。

 素敵な光景を見ているルーシーの横顔。どこまでも美しくて、まさに花がぴったりの女性だった。


「あとでちゃんと探そう」

「うん……!」


 探そう、というのは写真の場所だ。

 この広い場所から、俺たちが出会ったとされる場所を探し出すのだ。

 そうすれば、何かわかるかもしれない。


 ただ、まずはお昼ご飯。

 時間は既に一時を過ぎており、ボディガードたちも俺たちも皆お腹を空かせていた。



 やってきたのは、以前家族でもやってきたこの場所に併設されているカフェ。

 

 ルーシーと俺はオムライスを注文した。

 食べたあとは美味しい印象が凄く残っていた濃い牛乳の味がするソフトクリーム。


 暑い夏にぴったりで一瞬にしてソフトクリームを平らげてしまった。


「光流、口についてるよ」

「あ……」


 ソフトクリームが口の端についてしまっていたようで、それに気づいたルーシーが指で掬い取るとそのまま自らの口に入れた。


「にひひ」

「ルーシーだってついてるぞ」

「あっ……」


 以前、クレープを一緒に食べた時にもしたことだ。

 ただ、時間が空くと少し恥ずかしいらしい。俺だって少し恥ずかしい。


 食事をしたあとは、ついにラベンダー畑に足を踏み入れることとなった。


 ルーシーは家に置いてあった写真を撮ったものをスマホに表示させる。

 それを持ちながら、景色を探していった。



 …………



 三十分後。


「わー! このお花もきれーい! あ、こっちも! ……色が濃いお花ってたくさん並ぶと凄い綺麗なんだね!」


 写真探しそっちのけで花の観賞を楽しんでいたルーシーがいた。

 俺はそのルーシーの姿が可愛くて、隣でパシャパシャとルーシーの写真を撮っていた。


「…………撮るならお花にしたらどう?」

「ルーシーと花、一緒に撮ってるから大丈夫」

「もう……」


 スマホの写真フォルダがルーシーで埋め尽くされつつある中、ちょうど近くにベンチがあったので、一度そこで休憩することにした。


「なかなか見つからないね」

「ここ広過ぎるもんね」


 写真の背景を見れば、すぐにわかると思っていた。

 そのはずなのになかなか見つからなかったのだ。


 今思えばラベンダー畑のスタッフさんに聞いておけばよかったとも思うが、自分たちで探し出してこそ、思い出になるとも思っていた。


 時刻は二時過ぎ。

 暑い日差しに照らされた俺たち二人。


 東京よりも涼しいはずだが、ルーシーの首筋からはたらりと汗が落ちていくのが見える。

 ただ、頭には麦わら帽子を被っているため、日除けはばっちりだった。


 あれ……。


 麦わら帽子に白のワンピース。

 今日のルーシーの服装は、どこかで見たような気がする服装だった。


 ただ、思い出せない。

 大事なことだった気もするが、今日のルーシーも超絶可愛いということだけは確かだった。


「北海道、良いね……」

「そうだね。北海道は広いから、他にも色々なところがあると思うけど、ここは特に田舎だろうね」


 広大な土地にこれだけの花畑が作れるのだ。

 都会では絶対にできないことだろう。


「ね、光流。一緒に写真撮ろう?」

「うん……!」


 急にルーシーがそう言い出し、スマホを取り出す。


「思い出の場所であの時みたいに写真を撮るのもいいけど、別の所でも撮りたいから」

「俺も同じ気持ち」


 そうしてルーシーはスマホをインカメにして写真を撮った。


「ばっちり」


 どの角度でも可愛いというのは本当にズルい。

 逆に俺はどの角度でも平凡というか、普通というか……まぁこれはしょうがないことだ。


 俺は再びルーシーのスマホの写真を見せてもらった。


「…………」


 何か目印はないだろうかと、そう思いながら俺は細部に目を走らせた。


「もしかして、畑の位置、変わった?」

「え……」


 この写真の日から何年も経過している。

 となれば、花を植える位置だって変わっているのではないだろうか。


「この花の場所だって、結構歩いたはずなのに見かけないし。それなら——」

「あ!」


 するとルーシーが何か気付いたかのように声を上げた。


「これ! このちっちゃな看板!」


 指を差したのは白い看板。写真の中では遠くて何が書かれているのかはわからない。

 しかし、よく見てみるとどこか既視感があったのだ。


「花畑の入口……? すっごい小さいけど後ろにあるのって——」

「カフェだよこれ!」


 本当にわかりづらいが、この写真は後方に紫のラベンダーが映っていて、坂になっている。考えが正しければ、その坂の上にカフェがあるということになる。


「行ってみよう!」

「うん!」


 俺とルーシーはベンチから立ち上がり、思いつく場所へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



 ほんの数分。

 歩いた先にあった場所。


 前方にラベンダー、後方に色とりどりの花が並んでいる畑があった。

 そしてそのラベンダーではない花たちの後方——かなり遠くだが、その場所にカフェがあることは今まで歩いてきた方角からわかっていた。


「ここだ……」


 つまりだ。

 ラベンダーと他の花の位置がそっくりそのまま前後替わっていたのだ。


「そういうことだったんだ……ルーシー、何か感じる?」

「えっと……花が綺麗だなって……」


 何か思い出したのか、というつもりで聞いたが、違う答えが返ってきた。

 でも、この答えだけでも思い出せていないことが伝わってきた。


「……そういや、あの時と状況が違うことがあるよね」


 一つ、俺は写真との違いを思い出した。

 姉や祖母たちがいないことではない。


 その、手に持っているものだ。


「サシェ……?」

「うん」


 その時の状況をできるだけ再現したら、何か思い出せるのではないか。

 なら、やることは一つ。


「——作ろう」

「え!?」

「サシェの手作り体験!」

「あ……うんっ!」


 俺はルーシーの手を取った。

 そうして坂を上がり、手作り体験をしている施設へと足を運んだ。






 



 

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