160話 冬矢の気持ち
ルーシーを見送ったあと、原宿駅の電車に乗り込み、空いている席に座った。
次々と席が埋まっていく中、俺の隣にも男性が座ったのを感じた。
ただ、何か違和感があった。
俺はちらりと横目で隣の人物へと視線を向けた。
「――冬矢っ!?」
「よう」
俺の隣に座ったのはなんと冬矢だった。
帽子を被っていたので一瞬誰かと思ったが、その下にある顔は完全に冬矢だった。
「なんでここに?」
「野暮用あって、その帰り。たまたまお前見つけたから一緒に電車乗ろうと思って」
「たまたまぁ?」
同じ電車に乗るとか普通におかしいだろ。
ましてやクリスマスなんだし。
「まぁ、いいじゃねえか。――それで、今日はどうだった?」
「……冬矢が用意してくれたデートプランとお店のお陰で、すっごい喜んでくれたよ」
「良かったじゃねぇか」
話す気はないらしいので、とりあえず冬矢に今回のことについてお礼を言うことにした。
次は自分でもちゃんとデートプランを考えてルーシーを喜ばせたい。
「少しトラブルもあったけどね。まだ会って二日目とは思えないくらいだったよ」
「キスでもしたか?」
「バカっ! 告白とかもまだしてないのにそんなこと……」
まさかのことを口に出す冬矢に俺は少し赤くなる。
ルーシーとキスなんて……。そうなったら俺、天国に昇天しちゃうよ。
「悪い悪い。でもお前の言い方からして、ある程度のことはしたんだろ?」
「まぁ……ハグ、くらいは……」
「ひゅ〜ひゅ〜。マジでお前ら距離感バグってんな。五年振りとは思えないな」
「逆に言えば五年振りだからなんだろうね……」
距離感がバグっていることは俺だって認識してる。
でも昨日五年振りに再会した時、いきなり抱き締めてしまったことから、多分距離感がおかしくなり始めたんだろう。
だから、すぐに手を繋いだり、また抱き締め合ったり、付き合っていないにもかかわらずあんな距離感になっていた。
「それでさ、バンドの話したら、一緒にやりたいって言われた」
「……そうか、お前はどうするつもりだ?」
冬矢は既にこの話を知っているかのように驚かなかった。
「俺は一緒にやりたいと思ってる」
「そう言うだろうとは思ってたよ。でもちゃんとリスクも考えとけよ」
「うん。ルーシーが人目について有名になることで、何かトラブルに巻き込まれたりとかだよね?」
「わかってるじゃねぇか。俺たちだけじゃどうしようもない時が来るかもしれないからな。そういう時のために、予めできることは考えとけよ」
「うん……っ」
冬矢は、こういうことを考えられるから凄い。
俺一人ではできないことも冬矢がいれば、なんとかなりそうな気がしている。
二人だけで無理なら、信頼できる友達にも声をかけておく必要がある。それはこれからのことだけど、頭に入れておこう。
「――ねぇ……冬矢は俺のことばっかり気にしてくれてるけどさ、本当は深月と会ってたんじゃないの? それに今日だって……」
昨日も今日も俺の話ばかり冬矢にしていた。そして聞かれていた。
でも、俺がルーシーと会えているのは冬矢のお陰も大きい。
だから、昨日聞けなかったことをできれば聞いておきたかった。
「…………」
「そこまで俺に言いたくないなら、これ以上聞かないけどさ」
俺はそう切り出したものの、冬矢は黙り込んでしまった。
無理に聞くつもりはないが、聞けるものなら聞いておきたい。
「……あぁ、そうだ」
冬矢は重い口を開くようにゆっくりと声に出した。
「やっぱりね。――なら、ごめんとありがとうだよ」
深月との約束を放りだして俺の下に来てくれた昨日。そして恐らく深月を誘うはずだった今日のデートプラン。
ちゃんとその意味を理解して謝罪と感謝を伝えたかった。
「まぁ、今回だけじゃないしな。次また誘うよ」
「うん……応援してるから」
冬矢は簡単には引き下がるやつじゃない。
そういう努力を見てきたからわかる。
「なんで深月のこと気になるようになったの?」
「……少しだけなら話してやる」
全部を話すつもりはないそうだが、少しだけなら聞けるらしい。
冬矢から深月のことを聞くのは、これが初めてだった。
「俺さ、今まで付き合ってきたやつは全員あっちから俺に興味持ってきたやつだったんだ」
それはわかる気がする。
サッカーでとんでもない実績を出し、その姿も一部は見せている。
そして、生まれ持ったイケメンの顔に普段からのコミュ力。誰とでも仲良くなれる話しやすさは、女子にとっては魅力的だったかもしれない。
「最近になってわかってきたけど、俺は自分から興味持てないとダメなのかもしれない」
「人それぞれだと思うけどね。最初はそうかもしれないけど、後から好きになることもあると思うし」
「それはそうかもな。でも、そう思ったことも事実だ」
世の中には先に相手から好きになられて、一緒にいるうちに相手のことも好きになるパターンもあることもよく聞く。けど、冬矢はそのパターンにはならなかったということかもしれない。
多少なり恋愛感情はあったとしても、心の底から好きだとは思えなかったということなのだろう。
「――それで興味持ったのが深月だったんだ」
「あぁ。そもそもあいつって、他の女子とは全然違うだろ?」
冬矢の言う通りだ。
ツンデレを通り越しして、ほぼツンしかないような女子。中学の三年間一緒に過ごしてきても、その性格はずっと変わらなかった。
「仲良くなっていけば、大体のやつは俺に絆されていくというか、自分を見せてくるんだよ」
それは冬矢のコミュ力あってのことだろう。
俺だって、冬矢には悩み事を自然と話してしまう。
「でも、あいつは全くそうはならない。口調もほとんど変わらないし、ストレートに言葉も使う」
「深月の場合はオブラートに包まさすぎてるところもあるけどね」
中学ではあの言葉の強さにトラブルにならないか心配していたが、結局何も起きずにうまくやっていたようだった。
深月のキャラが少し知られるようになってからは、しずは以外の子とも仲良くはしていたみたいだけど、結局いつもしずはと行動している。
「それでさ、去年のしずはの告白の時、あいつを支えたのが深月なんだろ? 詳しくは俺も聞いてないけどさ」
「うん。あの時ずっと廊下で待ってたから、多分そうだと思う」
俺が告白を断ったことで、しずはは多分凄く辛い状況だった。
でも、そのあと人が変わったようになったのは、深月のお陰しかないと思っていた。だから、今のしずはがあるのは、深月が傍にいたからだと思う。
「それ聞いてさ、ツンツンしてる割には、意外と友達想いなやつなんだって思った」
「今ではしずはの親友みたいだもんね。もしかすると去年の文化祭以降、二人はもっと仲良くなったのかも」
それは見ていればわかる。
しずはにとっては、千彩都以上に深月の方が強い絆で結ばれている気がする。
「俺は友達を大事にするやつは嫌いじゃない。けど、今まで付き合ってきた女子たちは、あーだこーだ友達の悪口を俺に言ったり、あの子とあの子は実は仲良くないとか言ったり、別に知りたくもない情報をペラペラ喋ってくる」
初めて、冬矢と付き合った女子がどんな人なのかわかってきた。
でも、これはあるあるなのかもしれない。姉も女子は裏が怖いと言っていた。
「まぁ、それが女子っていう生き物なのかもしれないけどな。でも深月は違う。そんなこと口に出してみろ、まぁ怒るだろうな。「そう思ってるなら直接言いなさいよ!」ってな」
「言いそう……」
冬矢も理解しているようだった。
でもそれは冬矢にとって、良いものではなかったらしい。
「正直、俺もまだあいつのことはよくわかってない。好きかと言われれば、それもまだよくわからない。だから今は知るって段階だよ」
「そっか。なんとなくわかったよ、冬矢の気持ち」
今までと違う存在。人に媚びない性格。ハッキリものを言える強さ。
他にも色々あるだろうけど、冬矢にとって深月は今まで出会ってこなかった唯一の女子なんだろう。
「あとは俺もお前と一緒だ。ハードルが高い方が燃えるだろ」
「はは、ハードルか……確かにそうかもね」
ハードルなんて考えたこともないけど、五年という月日を待ったことは、普通ではないよな。
好きな人のためなら、いくらでもハードルは上ってやりたい。
「やっと話してくれたね。冬矢は全然自分のこと話さないからさ」
「俺は人の話を聞くのは得意だが、自分のことを話すのは苦手らしい」
苦手という今の言葉を聞くと、自分のことを話したくないわけではないようだ。
俺が冬矢に聞こうとした時に遮ったりしてきたことも、ただ話したくないということではなかったのかもしれない。
「あと、サッカーのこと……まだ踏ん切りついてないんでしょ?」
せっかく冬矢が自分を出し始めたので、聞ける時に聞こうともう一つ聞きたいことを聞いた。
「…………バレてるか」
「ルーシーのお家でサッカーのこと聞かれた時にね、少し表情というか態度が気になったから」
「一年経ってこれじゃあ、未練がましいよな」
やっぱりまだ振り切れていないようだった。
「冬矢さ、一緒に入院してたおじいちゃんのこと、覚えてる?」
「あぁ」
「あの人も言ってたじゃん。怪我とかたくさんしてもサッカーは好きだからやってるって。だから無理にサッカーから遠ざけなくても良いんじゃないかな。別に未練って残ってても良いと思う。どうやったって心には残るんだから」
多分、サッカーを満足にできていた時の自分の姿はこれからも一生忘れないだろう。
それなら忘れようとするというより、うまく付き合っていった方が良いのではないかと俺は思った。
「そうなんだけどな。サッカーって言葉を聞くだけでも、最近は拒否反応が出てきてるんだ。苦笑いしちまうというか」
「そっか、ならまだうまく付き合うには時間がかかりそうだね」
「バンドやれば、綺麗さっぱり踏ん切りつくと思ってたんだけどな。そううまくはいかないらしい。あ、バンドはもちろんめっちゃ楽しいからな? そこは勘違いすんなよ」
「わかってるよ。文化祭の時の冬矢の顔見てるし」
文化祭ライブの時の冬矢の表情。あれは本気で楽しんでいた顔だった。
それはしずはも陸も同じで、俺もそうだった。
「俺もどうすれば良いかわかんねーけど、とりあえずバンドに集中するよ」
「うん。俺も何か良い方法ないか考えるよ」
「お前はルーシーちゃんのことだけ考えとけ。俺はついででいい」
「もう考えてるよ。だからと言って冬矢のことは蔑ろにしないからね」
「全部掴み取ろうとするなんて傲慢だな。人間そううまくはいかないぞ」
また、中学生とは思えない達観したことを言う。
本当に人生を一周してきたのではないかとも思う。
「全部なんて思ってないよ。近くにいる大切に思ってる人くらいは気にかけてあげたいじゃん」
「そういうやつが増えすぎないと良いな。増えれば増えるほど、大変になってくぞ」
「大切に思える人が増えることは良いことじゃん。まぁ、言いたいことはわかるけどさ」
高校に入れば、多分友達がまた増えていく。
その友達が俺にとってどんな存在になるのか。それによって、俺の高校生活はまた変わっていくだろう。
「――駅ついたよ。降りよう」
「あぁ」
話しているうちに、最寄り駅へと到着した。
俺と冬矢は駅で降りて、徒歩で家へと向かう。
「じゃあ、またな」
「うん。また」
そうして、互いの家へと分かれる道で冬矢と別れた。
俺は家までの帰路で、ふと思った。
冬矢は俺の悩みをたくさん解決してきてくれたけど、俺は冬矢の悩みをそれほど解決してきていない。
俺も覚えていないくらい昔の言葉で、冬矢はサッカーを頑張れたらしいが、でもそれだけ。
こんなにいつも近くにいるのに、してあげられていることは少ないのかもしれない。
ルーシーもそうだけど、近くにいる人にもちゃんと目を向けたい。
今日はルーシーとの大切な思い出が増え、そして、冬矢からも聞きたいことが聞けた。
信じられないような日々が続く中、俺のクリスマスは終わりを告げた。
◇ ◇ ◇
二日後、十二月二十七日。
今日はルーシーが俺の家に来る日。
時間は夕方前。母は夕食の用意を姉と一緒にしていて、特に何もすることがない父は仕事もないのにPCを開いては難しい顔をしていた。足を見ると貧乏揺すりをしながらソワソワしていて、俺に似ていると思った。
『ピンポーン』
「きたっ!」
ルーシーには四時頃でどうかと連絡をしておいた。そして、家に直接来るということになった。
まずは俺の部屋で文化祭のDVDを見て過ごし、そのあと皆で夕食をとる予定だ。
チャイムが鳴ったので、俺はワクワクしながら玄関へと向かい、扉を開けた。
「こんにちはーっ!」
玄関の扉を開けると第一声。元気な声な声が聞こえた。
冬の寒さには全く負けない、その声を聞いているだけで元気にしてくれるような、そんな声。
「……鞠也ちゃん!?」
そこにいたのはルーシーではなく、トレードマークのツインテールを揺らし、元気に挨拶する鞠矢ちゃんだった。
「聞いてるよ。ルーシーちゃん来るんでしょ。ともちゃんから聞いてるよ」
「えっ?」
"ともちゃん"とは姉の灯莉の呼び名だ。
今日のことは姉から鞠也ちゃんに伝わっていたらしい。
「言ったじゃん。私が見極めるって」
そういえば言っていたかもしれない。なら、しょうがないか。
「あんまり邪魔しないでね。ルーシーも初めて俺の家に来るんだから」
「大丈夫大丈夫! 私今日このあと予定あるからすぐに帰るよ!」
「そうなんだ。とりあえず上がりなよ」
「はーい。おじゃましまーす!」
そうして、鞠也ちゃんは俺の家へと上がった。
まさか鞠也ちゃんが来るとは思っていなかったけど、俺はリビングでそわそわしながら再びルーシーを待つことになった。
『ピンポーン』
数分後、再度チャイムが鳴る。
俺はソファから立ち上がり玄関に向かうと、今度は鞠也ちゃんと黒豆柴のノワちゃんもついてきた。
「はーい! 今開けます!」
俺はそう声をかけながら、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
扉を全て開けると、そこにいたのは金髪の女神。
落ちかけの夕陽に照らされた逆光の中、こちらへと女神が微笑んでいた。
「……光流、きたよ。お邪魔していいかな?」
ルーシーは、両手の指をお腹の前でモジモジと絡め、少し恥ずかしそうしながらそう言った。
「うんっ! ようこそ我が家へ!」
俺は満面の笑みでルーシーを出迎えた。
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