僕の協力者 ー炭岡旬ー
「二階堂が知ってるのはこれだけらしい」
「なるへっそぉ……」
LEDの白明かりがまぶしく辺りを照らす研究室。僕はさっき得た情報を余すことなく、目の前の男に話していた。白髪混じりで、何日もシャワーを浴びていないような髪の毛をかきむしりながら、ディスプレイの前でキーボードを叩くこの初老は小高根賀利博士。ここ、WANON東京本部の部長であり、ノゲム研究室の所長でもある。
「彼がそれ以上何か隠していた様子は?」
「うーん……見た感じなかったよ? あの写真の拡散がとっても怖いみたいだし、それが出回らないためにはなんでも話すと思う」
「そうか……今更になるけどー、ちょっとばかしやりすぎじゃない?」
博士は御年55歳。少し親父臭いところもありつつ、その軽い口調はとても年齢に合っているとはいえない。
「いいじゃん。悪いことをしたのは事実なんだから」
「いやぁ……しかしねぇー……」
「前から言ってるでしょ? 僕たちの目的のため、真実を解明し、新しい兵器を完成させる。そのためには少しの犠牲も厭わない。先の計画と比べれば、こんな脅しぐらいかわいいもんでしょ?」
博士は作業の手を止め、まっすぐに僕を見つめた。
「旬 坊、くどいようだけどもう一度確認する。
どうしてもこの計画じゃないとだめなのか? こんなことしなくとも、他に方法があるんじゃ……」
「もう遅い。ここまで来たからには後戻りはできない。それに他の方法ってなに? 言ってみてよ」
博士は苦い顔をし、また髪をかきむしる。白く小さな粉が白衣に落ちる。
カサカサと髪をかく音だけが広い研究室に響き、沈黙の時間が流れた。
「そんなことよりもさ、あの装置はいつできそう?」
「ん? あぁー……それがー、設計図は出来上がってるんだけどねぇ……」
博士はディスプレイをこちらに向ける。
「これからこいつを使うってことでしょう? そうなるともちろん世間にも知られるわけで、会社にどう理由をつけて製造しようかと思ってさ……」
「なるほどね。確かに、この装置を使っても“ブラッドリンカー”を探す時間は多少かかるし、黙って製造してもすぐ邪魔される……そこらへんは考える必要があるか」
コンコンコン……
「小高根さん? 入りますよー」
僕たちが悩んでいると、突然ノックの音が鳴り、確認の声とともにドアが開いた。咄嗟のことに驚き、僕が隠れる時間はなかった。
博士は開いていた設計図のタブを急いで閉じた。僕はその間、ここにいる言い訳を考える。
「や、やや、や、やぁ、七花ちゃん、今日はどんな……って、そちらの方は?」
舞原七花のあとに続き、潮田大翔が現れた。
なぜこんなところに潮田大翔が?
僕は一層戸惑いつつも脳をフル回転し、どうにか辻褄の合う嘘を考える。
「え!? なんでこんなところにいんの!?」
同じく向こうも僕に驚いている。
「大翔くんこそなんでここにいるんですか!? 事務所にいるんじゃ……」
「あ、あぁ、なんか色々あってさ。彼女……舞原七花ちゃんにここの案内をしてもらってて」
「お知り合いですか?」
舞原七花が不思議そうに潮田を見る。
「そ。なんていうかー……俺たちの協力者……ていうか、まあそんな感じ」
「へぇ~……あ、はじめまして。舞原七花と申します。ゲットリッダーをやっておりまして、ここWANONの一員です。見習いですけど」
舞原七花。彼女は僕のことを知らないが、僕は彼女のことを知っている。世界中のゲットリッダー、特にこの地域のゲットリッダーについては、戦闘データや変身者の経歴、性格も全て、僕の頭の中にある。まあ例外はあるけども。
「初めまして。探偵事務所サンビレッジにて探偵助手をしております、炭岡旬と申します」
僕は名刺を彼女に渡した。そして潮田大翔に向き直る。
「ゲットリッダーについて、こちらの小高根博士に色々うかがってたんです。今度大翔くんが戦うときには少しでもサポートができるようにって。黙っててすみません」
僕は礼儀正しく頭を下げた。
「なるほどそういうことね。なんかー、色々ありがとな!」
「いえいえ、やりたいことを勝手にやってるだけなので」
「いやぁ、彼は勉強熱心でねぇ! 色々教えていたらランチ時を逃しちゃったよぉー、なんてねっ! あは、あはははは……」
相変わらず博士は嘘が下手だ。
「えっと……この方が小高根さん?」
潮田大翔が舞原七花に問いかけるが、彼女が答える前に博士が口を開く。
「オホン! 私は、小高根賀利と申します。一応ここの所長であります。ええ」
博士はわざと紳士っぽく振る舞い、おどけて見せる。
「ほら、面白い方でしょう?」
「あはは……そ、そうだね……」
潮田大翔は苦笑いしている。少し引いているようだ。
「それで? 七花ちゃん、今日はどういったご用件なのかな?」
「はい。こちらの大翔さんに小高根さんのご紹介を、と。
大翔さん、こちらの小高根さんはゲットリッドチェンジャーの設計者であり、スキルキーの開発者でもある、物凄い人なんです!」
「え、まじで!?」
潮田は目を丸くし、ひどく驚いている。
「それだけじゃないよ~? 僕は日本のゲットリッダースーツや武器の設計の最高責任者なんだ!」
博士は胸を張り、顎を突きだし、得意気な顔をする。
「えぇ!? すごいですねー! ……でも、最高責任者って、具体的に何をしているんですか?」
「各所から来るゲットリッダー関連の設計図を、安全性や能力などの観点から精査し、必要なら修正を加える仕事だよ! つまり全国のゲットリッダーの能力を、すべて僕が決めているといっても過言じゃない!!」
博士は体を仰け反り、天高く指を指した。
言ってることは正しい。しかし、そんな偉大な功績と腑抜けた見かけには差がありすぎて、どうしても話の信憑性にはかけてしまう。
「へ、へぇ~……す、すぅごいっすね……」
潮田大翔は再び博士との距離をとる。
おかしな挙動をする博士に引いているようだが、無理もない。普通の人間なら、この変人とは距離を置くものだ。事実、この広い研究室で博士以外の人は見かけないし、そもそも博士に、「舞原七花」という僕以外の知り合いがいたことですら、僕は今初めて知った。
「え、ということは俺の、「ゲットリッダー・ノーマ」の持つあの変なデザインの「ホタブレード」だったり、名前が親父ギャグみたいな「ホ盾」も、博士が目を通してるってことですか?」
「そうだよ~、設計者は全国各地にいるからね、中にはユニークな発想を持つ人間もいる!」
「ホ盾」の設計をしたのはアンタだろうが、というツッコミが頭に浮かぶが、今は飲み込んでおく。
「ほらぁ! 小高根博士、すごい方でしょう!?」
「ムフフフフフ……」
博士が気持ち悪く笑う一方で、潮田大翔はどこか納得のいかない表情をしている。自分の使う武器がふざけた名前、ふざけた見た目であることにまだ未練があるようだ。可哀想に。
『ピー、ピー、ピー、ピー……』
突然、無機質な音がなるとともに、僕のポケットにあるスマホもひそかに震える。
「おい、またノゲムかよ……」
潮田大翔は露骨に嫌な顔をする。
舞原七花の顔も、さっきまでのおっとりした表情から、キリッとした表情に変わる。
「行きましょう! 恐らく竜也くんも一緒に来てくれます!」
潮田大翔は大きくうなずいた。
「突然失礼しておいてすみません! またあとでゆっくりお話しましょう! ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「うん! 大丈夫だよ! お二人共頑張ってねっ!」
「頑張ってください!」
二人はうなずくと、走って研究室を出た。
またも室内は静まり返る。
「旬坊、どうする?」
「うん、一応行ってくる」
僕は肩掛けの鞄を取り出し、中からバイクの鍵を出す。
「なるべく無駄な変身は避けなよ? じゃないと……」
「分かってるって」
僕はヘルメットを持ち、研究室を出た。
まったく、こうも立て続けに戦わきゃいけないのなら、そろそろあの計画も、前倒しで考えなきゃいけないのかもしれない。
潮田大翔らに再び遭遇しないように注意しながら、僕は現場へと向かった。




