惨劇 ー大空心助ー
午後3時25分。6時間目の授業が終わり、長かった今日もとりあえずの終わりを迎える。
教室。子どもたちは帰りの用意をしながらも、ワイワイ騒いだり、男子はプロレスごっこだったりをしている。本当は担任である俺が注意をしなければいけないのだろうが、今日の長い長い仕事を終えた俺は疲れ果てていて、注意をする元気も残っていない。まあ放課後にもテストの採点やらなんやらで、結局仕事なんてものは山ほどあるのだが。
「はい、じゃあ帰りの会を始めまーす。みんな席に着いてくださーい」
俺は重い腰をあげ、教卓に立ち、子どもたちへ座るよう声を出す。が、みんな元気な子どもであり、一回の指示では座らない。
「ほらー、みんな早く帰りたくないのかー?」
俺は眠い目をこすりながらも注意する。すると、俺の目の前に座っているクラスの委員長が勢いよく立ち上がり、後ろを向いた。
「ほらちょっとみんな! 先生も疲れてるんだから早くして!」
疲れている様子がバレているようだ。これはよくない。また子どもたちにイジられてしまう。
「えー! 先生疲れてるの~?」
「どうして~?」
「なんでなんでぇ~?」
先程よりも騒ぎの声は大きくなりつつも、気を使ってるのか使ってないのか、みんな徐々に自分の席へと座っていく。
「はいはいわかったわかった。わーかったから、静かに!」
ようやくある程度収まってきた。
「はい、じゃあみんなもう時間もあれだし、早めに済ませます。えっとー……みんなに配りたいプリントがあるんだけど……ん? あれ……」
俺は教卓の中を手で探ったが、プリントは見当たらない。しまった、職員室においてきたようだ。
「ごめん、俺職員室にプリント置いてきちゃったから、ちょっと待ってて」
「「「はーい!」」」
返事だけはちゃんとするクラスだ。俺がいなくても、大丈夫だろうか。まあ学級委員長がなんとかしてくれるか。
他のクラスは既に帰りの会が終わったのか、多くの生徒が廊下を歩いているのが見える。早くしなくては。
俺は教室を出て、友達と話したりじゃれあったり、走り回ったりする生徒らを注意しながらも、足早に職員室へと向かった。
職員室では、すでに生徒の帰りを終えている低学年担当の教師らがいた。当然、1年の担任である相沢誠もそこにいた。
「大空先生、どうしたんですか? もうすぐ帰りの時間じゃないですか?」
「あぁ、あの例のプリントを持ってくるのを忘れてな。」
俺はデスクから人数分のプリントを取り出した。そのプリントには最近の不審な事件への注意と、その対策としての集団下校のお知らせが記されている。
不審な事件とは、この地域に住む人々が原因不明の怪我を負ったり、行方をくらましたりしている事件だ。不思議と、この件に関してメディアでは一切扱われていない。なんとも奇妙なことではあるが、この国の有能な警察が鋭意捜査中であるということなのだろうか。
「じゃあ、行ってくる」
「はい! いってらっしゃい!」
俺は足早に職員室を出ようとした。ドアに手を掛けたとき、微かだが、窓ガラスが割れた音が聞こえた。
「ん?」
他の職員にも聞こえたのか、皆手を止め、上方を向いた。
音がするのは上からだった。音がする方向、そしてほとんどのクラスが外に出ていたことから、窓ガラスが割れたのは俺のクラスなのかもしれない。そんな憶測が脳裏に浮かんだ。
「なんでしょうか、さっきの音」
相沢が不安そうな顔をしている。
「まさか、あいつらなんかやったのか……?」
ドガァァァァァァァン……
子どもたちのせいにしようとした途端、今度はひどく大きな爆発音のような音とともに、校舎が大きく揺れた。
「今の……なんだ……!?」
華奢な相沢は足元をふらつかせ、恐怖でより一層ひきつったような顔になる。
校舎に設備されている防災ベルが鳴り響き、さっきまでのありふれた日常が突然の緊張感に包まれた。
周りの職員もこの爆音に何か非常事態を感じたのか、保管してある防災ヘルメットを手に取る。
「緊急事態です! 恐らく校舎内で爆発のようなものが起こったかと思われます! 先生方は今外にいる生徒を適切な場所へ避難させてください!」
校長や教頭も慌てた様子で職員に指示を出す。職員らはベランダから校庭へと、足早に飛び出した。
相沢と俺もヘルメットを取り、外に出ようとするが、俺にはやるべきことがまだあった。
「校長! 子どもたちがまだ教室にいます! 爆発音の方向からして、教室で何か起こったのかもしれません!」
「わ、分かりました! とりあえず避難指示の放送を流すので、大空先生は今すぐ教室に向かってください! ただし、無茶はしないように! 火などで立ち入れないようなら、すぐに引き返してください!」
俺はヘルメットを装着し、教室のある2階へと向かった。階段を2段とばしで駆け上がっていき、教室を目指す。幸い、出火の様子はないようだが、血生臭い匂いが辺りを充満していた。
まさか子どもたちに何かあったのか、俺は気が気ではなかった。
教室の前にたどり着いた。俺はドアに手を掛け、勢いよく開けた。
開けた途端、さっきまでの血生臭い匂いがよりきつく鼻を突いた。俺は咄嗟に口周りを手で覆うが、そんな匂いもすぐに意識から消え去っていった。
「先生……」
教室には机やイスが散乱しており、壁や窓には赤い何かが不均一にこびりついていた。一枚の窓ガラスが割れていて、そこにも赤い何かがベタっと付いていた。
そんな教室の中央には赤黒い物体が散らばっており、廊下側の2つの端、それぞれに子どもたちが十数人いる。うずくまり、震えている者や、涙を流しているもの、嘔吐している者までいる。
俺はこの異様で悲惨な光景に言葉を発することもできず、この状況が何を表しているのか、すぐに理解することはできなかった。
中央に広がる赤黒い物体が、3人の子どもの成れの果てであったこと。それは、このときの俺が受け止めることのできる現実ではなかった。




