悪を倒す正義 ー赤西守竜ー
『みんなをこれだけ困らせて……許さないぞ!』
テレビでは茶色いマントを羽織り、丸い顔をしたヒーローが、二本角の悪者と戦っている。
悪者はUFOのような機械に乗り、その機械から伸びる巨大なアームは水鉄砲を構え、水流を発射させる。丸いヒーローはその水流を華麗に躱しながらUFOとの距離を詰めていく。
そんな戦いを、我が息子は釘付けになって観ている。「いけ!」や「そこだ!」と、ヒーローを応援することもなく、じっと……まるで凍ってしまっているように、黙って、微動だにもせず、目の前で繰り広げられる壮絶な戦いに熱中している。
食卓にて、俺が卵トーストを食べながら竜也の様子を見ていると、知秋がコーヒーを運んできた。
「フフッ、ほんと、たつやは『スーパーパンマン』のときだけは大人しいのよね~」
知秋が笑った。本当にその通りだ。竜也は世間の子どもからしても、わんぱくな方だ。外出先でも、所構わず突然大声を上げたり、突然走り出したり、大好きな恐竜のオモチャを買ってもらえないと、すぐ床に倒れて駄々をこねる。なのに、このアニメを観るときだけは静かにしている。
「ホントだよ。まったく、俺の仕事にはひとっつも興味がないくせになぁ。同じヒーローなのになぁ……」
俺はコーヒーが入ったカップを受けとり、知秋に笑いかける。知秋もそれに応えるように、笑みをこちらに向ける。
そうこうしているうちに、丸いヒーロー、いやスーパーパンマンは、既に悪者に強烈な拳を見舞っており、悪者は空高く飛んでいった。
戦いを終え、危機を乗り越えたスーパーパンマンは、仲間や友人と共に食事をし、笑い合った。
俺はトーストを食べる手を止め、ちょこんと座る竜也のもとへ歩み寄った。
「竜也、スーパーパンマンは好きか?」
俺は次回予告まで黙っていた竜也に微笑みかける。
「うーん…… ふつー!」
竜也は俺の太ももに手を置き、耳が痛くなるほどの大声で言った。
ったく。なんでこうもハキハキとした声で中途半端なことを言うのだろうか。最近の子どもはみんなそうなのか。
「普通? 好きだから、観てるんじゃないのか?」
「うーーん、ちょっと好きだけどー、やっぱりちょっとやだ」
「好きだけどやだ」か。難しいな。
「なんでだよ~、スーパーパンマンは悪いやつからみんなを守るんだぞ? とても良いじゃないか」
俺は足の上に竜也を置く。竜也は、体をテレビに向かせたまま、俺を見上げた。
「でもスーパーパンマンは、いっつもサイキンせいじんをころさないよ? なんかいたおしてもサイキンせいじんはわるいことする」
竜也は舌ったらずにしゃべる。
確かに竜也の言うとおりだ。ヒーローが何度追い払おうが、悪者はその都度何度も住人を困らせ、そしてまた両者は戦う。
このアニメは子ども向けである。今こうやって深く考えているのは野暮なのだろう。しかしそんな子ども向けアニメだからこそ、疑問をもつ子どもに対して大事なことを教える必要があるのだと思う。
「竜也、いいか? よく聞け?」
俺は竜也を持ち上げ、体を俺の方へと向かせた。俺はじっと竜也を見る。
「悪いやつだからと、一方的に殺すだけタダだ。そうやって殺せば、悪者はもう二度と誰も困らせることはできないだろう。だがそれでいいと思うか? 悪いやつには悪いやつにとっての感情があり、理性がある。その思考を改めようとするのが人間だ」
竜也は真剣な目で俺を見るが、おそらく内容の8割は分かっていないだろう。しかし俺は続けた。
「自分と違う者を悪であると決めつけ、寄り添うことを放棄してしまうなら、そいつこそが本当の悪人であると俺は思うんだ」
俺は一生懸命伝えた。竜也も一生懸命理解しようとしていた。
正直俺も、今の竜也のような悩みを持っている。
俺たちはノゲムという獣から人を守る存在だ。ノゲムには明確な感情がない。ただ本能のまま人を襲う。もちろん、ノゲムも命を持つものだ。しかしだからこそ俺たちはそいつらを殺し、そして救うのだ。
そんな仕事に俺は誇りを持っている。命を扱う、繊細で高貴な仕事に俺たちは携わっている。しかし、全てのゲットリッダーがそんな信念のもとに戦っているわけではない。ときにはその強大な力を私利私欲のために使う者もいる。
ゲットリッダーとノゲムは紙一重だ。どちらも強大な力を持ち、その力を自分のために使うことができる。しかし人間には、ノゲムや動物にはない知性があり、理性がある。人は過ちを犯すが、その過ちを改めることができるのもまた人だ。過ちを犯した人間を正しい方向へと導く。それが俺たちゲットリッダーの仕事でもあるのだ。
やっと分かった。やっと自分の本音に気づくことができた。本人は不本意ではあろうが、まさか父親である俺が教えられるとは。やはり俺は大人として、父親としてもまだまだのようだ。
「パパ~、もうちょっと優しく教えてあげないと~」
知秋が口を挟む。
「そうだな。まあそのうち竜也にも分かるさっ!」
俺は竜也の両肩をポンと叩く。竜也は少し顔をしかめた。いかんいかん、力を強くしすぎてしまった。
「さぁ! 朝飯だ! いくぞぉ、そぉれっ!」
俺は誤魔化すように朝飯の話題を持ちかけ、竜也を持ち上げた。
「キャハハハハッ!」
竜也は天井すれすれまで高く上げられ、とても興奮したようすで、ゲラゲラ笑っている。
そうだ。俺はこの子の父親だ。殺人を犯すようなやつが親だなんて、間違っている。
俺は正々堂々と、あいつに向き合わなければ。
俺と知秋と竜也は食卓に座り、朝飯を食べた。
カリカリしてて、ふわふわで、笑顔に溢れた卵トーストだった。




