実際戦うってなると、結構怖いな。 ー潮田大翔ー
「ちょっとなにしてんの!? 早く……!!」
「これって、横常さんのやつだよな……」
ノゲムがこちらに近づいてくる。それでも俺の意識は、今目の前にある物体に集中していた。
俺は最悪なことを考えてしまう。
もしかして、横常さんは……
「ちょっとあなたたち! 何をしてるんですか! ノゲムがあなたたちを襲おうとしてるんですよ!? 逃げてください!」
いきなり、スーツ姿の女の人が駆け寄ってきた。
なるほど、会社勤務のOLさんがわざわざ俺たちを助けに来てくれたのか。早く逃げないと、この人の命も危ない……
俺は立ち上がった。しかし女性はそのまま思いがけないことを言ってきた。
「もしくは、戦ってください!」
驚いている俺をよそに、女性はキャリーケースから何か装置のようなものを取り出し、俺に突きつけた。麗華も横で驚いている。
「あ、は、はい!? ちょ、何言ってんすか!? てゆうかあなたなにもn……」
「説明はあとです!! 早くこれを使ってゲットリッダーになってください!」
女性は俺の腰に装置を押し付けた。瞬間、その装置からベルトの帯が出てきて、俺の腰に巻き付く。
やっとわかった。これはゲットリッダーに変身するための装置だ。なぜこの人が装置を持っているのか、なぜ俺に渡してくれるのかは分からないが……なるほど、今更逃げるという選択肢はないらしい。
自分でも驚くほど、自然と目の前の状況を捉えることができている。しかし戸惑う時間があるわけでもない。
今この状況で俺がとることのできる選択肢は2つだけ。今すぐこの場から走り去り、ノゲムの襲撃から逃げ惑うか、ゲットリッダーとなって自分の身を、延いては麗華や他の逃げ惑う人々を守り抜くかである。
そして俺は後者を選ぶ。
驚くほど普通に生きてきた俺が"ヒーロー"になれる。その事実は俺に複雑な感情を与えた。皆が憧れる特別な存在になれるうれしさ、人の命を守らなければいけないという大きな使命を背負う責任。様々な思いが俺に乗っかってくるが、今はそんなことを考えている時間はない。
俺が今戦わなくちゃ、麗華やこの女性だけじゃなく、この公園にいる人たちの命が危うい。
「早く……!」
女性の焦る声とともに右手の中にあるこの“鍵”も俺を急かしているような気がした。
俺は怪物と戦う。幸い、テレビの特集や、動画サイト等でたまに観ていたので、この装置の使い方、戦い方はだいたい分かっている。
「お……おいっ、怪物……! 今から、俺が……お、お前を、た、倒してやるっ!!」
半ば、びびりながらもチェンジャーを起動。ノートパソコンの起動音のような短い音が鳴る。鍵をチェンジャー上部の鍵穴に入れると「待機音」が鳴った。毎日うざったい、スマホの目覚まし音のような、気味の悪い音が鳴る。
キーを右に回したとたん、俺の目の前に人と同じぐらい大きいドアが出現し開き、そこからラッコに似た怪物が出てきた。青と水色の体色のその怪物は、両手に貝のような物体を大事そうに持っている。
俺は、俺の周囲を泳ぐように舞うノゲムに少しびびって硬直してしまう。
「『get rid』って叫んでください! 音声認識で変身できます!」
そうだ、そうだった、変身しなくちゃ……
「ゲットリッド!」
片言ではあるが、認識できたらしい。チェンジャーからの『change』という音声とともに俺の体に紺のスーツがぴったりと張りついた。それからノゲムが粉々に粉砕したかと思うと、十数個ものパーツになり、たちまちスーツにくっついていく。仕上げに俺の顔の周りを仮面のようなものが覆った。一瞬目の前が真っ暗になったが、すぐに視界がクリアになる。
俺は紺のボディーに水色や青のパーツがところどころに纏ったゲットリッダーになった。たぶん横常さんのやつのアンダースーツ違いなのだろう。
「よぉーし! 今から俺が、ここにいる人々を守ってやる!」
直後、ノゲムがこっちに向かって走ってきた。俺は右腰のホルダーから武器がデザインされているキーを取り出し、チェンジャーの左部に挿した。
『weapon 転送 Hotablade』
ベルトからシステム音が鳴り、目の前に鍔がホタテの形をした剣が転送されてきた。
「えぇ、いやホタテって……」
「グァァァァァァ……!」
「うぉっ! おりゃぁぁ!」
ピシャン!
俺は戸惑いつつも、向かってきたノゲムをホタブレードで斬りつけた。すると予想以上にダメージを与えられたようで、ノゲムは数メートル先へ吹き飛んだ。
「おお……これがゲットリッダーの力か……!」
「グァァァ……」
自分の力に少し驚いていると、ノゲムはすぐに起き上がり、こちらへまた走ってくる。
「油断しないでください! ファイブホーンクリサリスヒューm……いや、そのノゲムは防御力が比較的高いです。何度も攻撃してダメージを与えてください!」
女性はノゲムの名前を途中で言うのをやめ、的確なアドバイスをしてくれる。
俺は慣れない手付きで剣をふるった。幸い、ノゲムの動きが鈍いのか、攻撃されるよりも先に斬りつけることができた。
「おりゃっ!」
『グァァァ……!』
俺はそのまま何度も斬りつけた。次々と攻撃していくうちにノゲムの動きはより一層鈍くなり、やがて倒れてからすぐに立ち上がることはなくなった。
「今です! スキルキーを使って技を繰り出してください!」
「あ……は、はい! えぇっとー……これか?」
俺はホルダーからスキルキー、「スワローファイトリバーサルキー」を取り出し、ドライバーの右部に挿入、回した。
『attack skill 発動 Swallow fight reversal』
俺の持ってるホタブレードが鋭利な翼の形状に変化した。俺の頭には強制的に技のイメージが思い浮かぶ。
「グァァ……グァァ……」
ノゲムがこちらへ走り出すのとは対照的に、俺は一歩も動かず、剣を左脇に構え、ノゲムを待ち続ける。
「グァァァ!」
目の前に迫ってきたノゲムに、俺は「ホタブレード」で左下から斬り上げた。ノゲムの苦しそうな声が聞こえながらも、剣をゆっくりと下ろし、刃先を反転させ、右下からまた斬り上げる。
「グァ……ガグァゲグァァァ……」
ドーン……
たちまちノゲムは呻き声を上げる。ノゲムの体は爆発し、細かく赤い肉片がバラバラと散らばった。
俺はグロいものが苦手だ。ドラマや映画の血のりにすら抵抗を感じる。しかし何故だろうか、今は俺の中にそういった恐怖のような感情はなく、一種の高揚感のような、言葉では言い表せないような何かが俺を持ち上げてくれるような、そんな感覚が確かにあった。
俺は少し怖くなる。すぐにチェンジャーからキーをはずし、変身を解除した。
「大翔……」
後ろを振り返ると、戦いを見ていた麗華のただ唖然とした表情が見える。
スーツの女性は落ち着いた表情のまま、俺のもとへゆっくり歩いてくると、一枚の紙を俺に差し出した。
『ゲットリッダー最終試験のご案内』
「あなたは今日、偶然にもゲットリッダーとなりましたが、ご存知の通り、本来ゲットリッダーになるには厳正な審査が必要であり……」
俺は女性の淡々とした説明を聞きながらも、この数分で起こった出来事に実感を持てず、ただただ一点を見続けることしかできなかった。